民事法入門〔第8版〕


「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その24
野村豊弘著、2019年11月、有斐閣、1,980円
民法改正にともない労働者の賃金債権の消滅時効期間を、「当分の間」は「3年間」とする改正労働基準法が、2020年4月から施行されている。民法では5年間であるのに、労働者の残業代請求権などの賃金債権だけが当分の間3年間とされている。
改正前の労働基準法における賃金債権の時効は2年だった。不払い残業代を請求する場合には、過去2年分までとなっていたわけである(改正前の労働基準法115条)。民法上、もともと金銭の支払いを求める請求権(債権)は、原則、10年間権利行使しないと時効によって消滅すると定めているが、雇用契約に基づく「使用人の給料に係る債権」は、1年と短く、労働者保護の観点から2年にしていたのが改正前の労働基準法115条であった。民法改正で一律、短期消滅時効が削除され、すべての債権は原則5年間の消滅時効となった。
ところが、労働基準法改正に係る労政審での議論で労使の話し合いが平行線となり、「民法改正にともなう労働者の賃金債権の消滅時効期間を5年間とするが、当分の間は、3年間とする」改正となったようだ(2020年3月に可決・成立)。残業代の不払い請求期間が2年から5年に増えることを使用者側が反対したらしい。いずれにしろ、当分の間は残業代の不払請求権の時効が2年から3年に伸びたことは頭においておきたい。残業代等の不払はももってのほかであるが、「今だけ、自分だけ、金だけ」の世の中で労働債権の時効が5年に伸びるのはずっと先のことになりそうだ。
(参考)【改正労働基準法】
第115条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
附則第143条
①第109条の規定の適用については、当分の間、同条中「5年間」とあるのは、「3年間」とする。(注)【第109条 記録の保存】
② 第114条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「5年」とあるのは、「3年」とする。(注)【第114条 付加金の支払:解雇予告手当、休業手当、時間外・休日・深夜の割増賃金、年次有給休暇】
③ 第115条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間」とあるの は、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く)の請求権 はこれを行使することができる時から3年間」とする。(注)【第115条 時効】
著者の略歴は、次の通り。
「1966年東京大学法学部卒業。学習院大学法学部専任講師・同助教授を経て、1979年同教授。現在、学習院大学名誉教授、日本エネルギー法研究所理事長、弁護士。主著は、『基本判例 民法』(有斐閣、2001年)〔共編〕、『法学キーワード(第2版)』(有斐閣,2003年)〔編〕、『分析と展開 民法I〔総則・物権〕(第3版)』『同民法II〔債権〕(第5版)』(弘文堂、2004、 2005年)〔共著〕、『民法II物権(第2版)』(有斐閣、2009年)、『民法I序論・民法総則(第3版補訂)』(有斐閣、2013年)、『民法Ⅲー債権総論(第4版)』(有斐閣Sシリーズ、2018年)〔共著〕。」(奥付の著者紹介より)
いつものように、ポイント抜粋しておきます。ただし、消滅時効のところだけで勘弁してください。
「【消滅時効の要件】消滅時効については,民法166条以下に規定されている。通常の債権については,起算点の違いにより,2つの時効期間を定めている(民法166条1項)。第1に,債権者が権利を行使できることを知った時から5年間行使しないときである。第2に,債権者が権利を行使できる時から10年間行使しないときである。第1の場合には,起算点が主観的に定められている(1号)。たとえば,当事者間で弁済期について確定期限を定めている場合(たとえば,弁済期を令和元年5月31日と定めている場合など)には,債権者は債権の成立時からそのことを知っているのが通常であるから,弁済期から起算し,5年で時効が完成することになる。これに対して,当事者間で弁済期について不確定期限(あるいは条件)を定めている場合(たとえば,建物の建築費用の借主が,その建物が完成し,請負人から引渡しを受けた時から1カ月後に弁済することを定めている場合など)には、貸主(債権者)が弁済期が到来したことを知った時(たとえば,借主が引渡しを受けて数力月後にそのことを知った場合)から,起算し,5年で時効が完成することになる。第2の場合には,起算点が客観的に定められている(2号)。すなわち,当事者の知不知にかかわらず,弁済期が到来した時から10年間で時効が完成することになる。平成29年改正前においては,起算点についてこのような区別はなく,権利を行使することができる時から10年間権利を行使しないときは時効消滅するとされていた(改正前166条1項167条1項)。したがって,実質的には改正により時効期間が5年に短縮されたといってよい。
債権または所有権以外の財産権は,権利を行使できる時から20年間行使しないときは,時効によって消滅する(民法166条2項)。なお,所有権は,権利を行使しないことによって時効消滅することはない。もっとも,他人が取得時効によって所有権を取得した反射的効果として所有権を失うことはありうる(1つの物について所有権は1つしか成立しない。第3章参照)。所有権の絶対性ないし永久性の理念に由来するものである。
人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については,客観的起算点による時効期間を10年(民法166条1項2号の場合)ではなく,20年としている(民法167条)。人の生命・ 身体の侵害を重視し,その損害賠償請求権をより強く保護する趣旨である。なお,不法行為に基づく損害賠償請求権についても,人の生命または身体の侵害による損害によるものである場合には,被害者が加害者および損害を知った時から,5年間で時効消滅するとされている(民法724条の2)。
【短期消減時効その他】平成29年改正前においては 特定の職業から生ずる債権について,3年~1年の短期消滅時効が定められていた。現代社会の取引実態に合わない,複雑で分かりにくいなどの批判があり,改正によってすべて廃止されることになった。
なお,債権の時効期間に関する民法の原則が5年と定められたことから,改正前の民法より短い5年間の消滅時効を定めた商法522条は削除された。」(第6章 時効、P78~80)