北川太一・柴垣裕司著『農業協同組合論(第4版)』2022年11月15日、(一社)全国農業協同組合中央会、261頁1,833円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その91
北川太一・柴垣裕司著『農業協同組合論(第4版)』2022年11月15日、(一社)全国農業協同組合中央会、261頁1,833円
摂南大学教授の北川先生と静岡大学准教授の柴垣先生の共著になります。
平成27(2015)年の農協法改正をどのように扱っているか興味があって手にしました。
JAが、法の許す範囲内で地域協同組合化の方向へ実態として進んできたという現実を踏まえた記述に、学者としての良心を感じました。
1956 (昭和31)年に出された平野私案(平野三郎議員による農業団体再編成案)で、「府県信連は農林中金の支所として単協から信用事業を分離する」という再編成案が示され、議論になったことは知りませんでした。
なお、参考資料が86頁もありますが、主要年表程度は残して17頁の厚さにした方が良かったのかなと思いました。参考資料は、「JA綱領-わたしたちJAのめざすものー」の解説、農業協同組合法抄録、主要年表、JA(農業協同組合)全国大会の主な決議内容、農業基本構想、生活基本構想の6本です。
何カ所かポイントになりそうな所を抜粋しておきます。
「近年、欧米を中心に新しい協同組合の捉え方が現れている。そこでは、伝統的な協同組合を「対抗型協同組合」と呼ぶのに対して、新しい協同組合を「企業家型協同組合」もしくは「新世代協同組合」と呼ぶことがある。
例えばアメリカ農務省では、協同組合を「利用に基づいて利益が分配される、利用者が所有し、利用者が統制する事業体」と定義し、次の三つの原則を示している。
①利用者所有の原則:協同組合を所有し出資する者がそれを利用する者である。
②利用者統制の原則:協同組合を利用する者がその統制も行う。
⓷利用者受益の原則:協同組合の利益は、その利用に基づいてその利用者に分配される。
このように協同組合とは、組合員自らが利用するために出資・運営する組織として捉えられており、協同組合を「利用者主導型経営」(User Oriented Firm)と呼ぶのに対して、株式会社を「投資者主導型経営」(Investor Oriented Firm)と呼び区別している。
さらに、「対抗型協同組合」や「企業家型協同組合」に次ぐものとして、ヨーロッパを中心に「社会的協同組合」(社会的企業)の存在が注目されている。社会的協同組合とは、利用者のみを構成員とせず、また組合員の利益ではなくコミュニティ(地域社会)全体の利益をあげることを目的とするものである。特に、福祉や教育などの分野において、一般の企業が参入してこない市場の領域(ニッチ:隙間と呼ばれる)に特化しながら、事業や活動を展開しているのが特徴である。」(第1章 協同組合の基本特性と協同組合原則、22頁)
「団体再編成問題は一時沈静化したが、1950年代半ば、行政(町村)合併問題が現実的になっていく中で問題が再燃化した。特に、1956 (昭和31)年に出された平野私案(平野三郎議員による農業団体再編成案)では、①農民の当然加入による系統農民会をつくる、②府県中央会は全国中央会の支会とする、③府県信連は農林中金の支所として単協から信用事業を分離する、といった刺激的な再編成案が示され議論が巻き起こった。これが、第2 次農業団体再編成問題である。
平野私案に対して系統農協組織は、農民組織の自主性を大きく損ねるものであることを理由にして反対運動を繰り広げ、その結果、平野私案を法案として提出することは断念された。
こうした戦後の農協再建期に起こった一連の農業団体再編成問題は、指導事業の位置づけをめぐる農協の制度的性格に関して、重要な論点を含んでいたといえる。」(第2章 JAの理念と組織・事業、92頁)
「系統農協では全国大会決議において地域協同組合化志向をみせるが、それを明確には宣言してこなかった。むしろ、わが国農業が衰退していく中で、組織面では准組合員を増大させ、事業面では非営農面活動、特に金融(共済含む、以下同様)事業に傾斜していくなど、現実面が先行して地域協同組合化路線が進んでいったといえる。そうした中で、JAクループが地域協同組合化の方向を内外にはっきりと宣言したのは、本章第1節で述べたように、lCAの「95年原則」が転機となり、1997 (平成9)年の第21回JA全国大会で正式決定されたJA綱領においてである。
2.「地域協同組合化論争」-その主要論点-
農協の制度変更を伴わない地域協同組合化、すなわち、職能組織としての性格が希薄化した農業協同組合の存立方向をめぐって、「地域協同組合化論争」が起こった。地域協同組合化論争とは、1970年代、日本の総合農協の将来方向をめぐって、あくまで営農面の事業を重視して農民(農業者)の協同組織としての性格を堅持することを主張する「職能組合論」と、農家正組合員だけではなく非農家の地域住民の准組合員加入を進め、そのために非営農面事業も積極的に展開すべきであると主張する「地域協同組合論」との間で起こった論争である。
その際の地域協同組合化に対する批判は、当時の農協が地域協同組合化することの是非と可能性についての疑問を呈しており、今でも重要な論点を含んでいる。指摘された問題点の第一は、地域社会における異質な人々を組織することができる結合原理とは何か、また、異質な人々の利害調整はどのように可能か、である。第二は、地域協同組合化によって拡大された生活事業等では、類似業務を営む企業との間で厳しい競争に直面するはずだが、総合事業兼営という経営形態で対応が可能か、である。第三は、農協が農業者の組織であるがために、農業政策等を通じてさまざまな利便性が与えられてきたが、地域協同組合となった場合、これらの条件が失われ、農協の存立にどう影響するか、である。第四は、地域協同組合となった場合、少数派となる農業者の利益擁護という機能を農協内部で確保できる保証はあるか、である。
JA綱領により地域協同組合化を内外に宣言した現在でも、これらの問題点が必ずしも解消できていないことが、JAの経営トップが地域協同組合化に戸惑いをみせている要因の一つと考えられる。実際、生活事業の位置づけが曖昧であるとの指摘もあり、また、地域貢献・地域連携活動への取り組みにおいてもJA間で格差が生じており、その理念と現実との対応にはギャップがみられる。JAでは今後これらの問題点に対処していかねぱならないが、その際、組織・事業基盤の変化を的確に把握しつつも、あくまで「農」を軸とした対応策をとっていく必要がある。
3.制度と現実との乖離
「地域協同組合化論争」は、組合員の性格が脱農業に向かう中で、農業を軸に組織された協同組合および協同組合制度がどのように対応すべきかを問うものであった。この問題に対し、農協の実際の対応と協同組合制度、すなわち農協法の対応は対照的であった。というのも、農協は組合員の脱農業化に対応して、信用・共済事業や生活店舗事業などの非農業面事業を拡大させ、「事業面での地域協同組合化」を推し進めた。同時に、農家組合員の離農と地域住民の組合加入に伴う准組合員の増大は、「組織面での地域協同組合化」とも呼ぶべきものであった。このように、農協は組織・事業基盤の変化に現実的に対応するために、地域協同組合化を進めてきた。他方、農協法は第1条の目的規定と正・准組合員制度を堅持して、その職能組合的性格を保持し続けた。ただし、同法第10条は農協が行うことができる事業を広く規定しており、事業面での農協の地域協同組合化を許容し得る法的根拠になっていた。
以上のように、一方では営農事業から信用・共済事業も含めた生活関連事業や地域開発事業に至る多様な事業を展開するとともに、非農家である准組合員を積極的に拡大してきた農協の現実とそれを許容する農協法第10条が存在している。しかし他方では、「農業生産力の増進」を目的とする農協法第1条が存在し、加えて、2015 (平成27)年の改正農協法での「農業所得の増大に最大限の配慮」規定や政府による職能組合への転換要求等があり、制度と現実の乖離はますます深刻化することが予想される。
こうした状況下で、金融事業の収益低下と生活購買事業の不振等による生活事業の縮小、JAの自己改革や2015年の農協法改正、信共分離や准組合員の利用制限の検討等を背景として、営農事業への回帰、すなわち職能組合への回帰を主張する動きも強まっている。他方、現状から鑑みて、JAの地域協同組合化は避けがたい方向であるとして、地域協同組合を前提としながら農協法第1条の改定(農業生産力増進規定の解除)、あるいは組合員資格の変更(メンバーシップ制からユーザーシップ制への変更)などが必要との見解も出されている。しかし、JAグループとしては、JA綱領や全国大会決議で地域協同組合化の方向性を明確に打ち出しているものの、農協法第1条の改定や組合員資格に関する見解は現時点では公になっていない。「制度と現実との乖離」という批判は甘んじて受けながらも、現実路線として「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」への道を歩んでいるところである。
JAが地域協同組合として存立していくにあたり、金融事業や生活事業はさまざまな地域課題に対応していくために不可欠の事業と考えられる。また、農産物直売所事業の成功にみられるように、営農面活動とその他の活動を有機的に結合させた「農を軸とした地域貢献活動」への取り組みは、これ以上の制度と現実との乖離を防いでくれよう。同時に、そうした活動を積極的に推進することにより、地域住民から「JAは地域に不可欠な存在」といわれることが、JA批判に耐え得る要件となろう(活動と事業との結びつきについては第3章〔10〕を参照)。」(第2章 JAの理念と組織・事業、107~109頁)
「地域農業を支え、JAを支え、地域社会を支えてきた昭和一桁や昭和10年代生まれの第一世代のリタイアによって、第二世代への組合員資格継承が進んでおり、第一世代からの世代交代は終焉を迎えつつある。
しかし、第二世代の多くを占める非農業者は、JAとの日頃の接点はほとんどなく、相続で組合員資格を継承すれば出資もしないので、JAの目的を理解した上で自らの判断で組合員になったわけではない。したがって、第二世代の組合員の多くは「JAを知らないのに、組合員の地位を持つ」という矛盾を抱えている。
そのため、世代交代後の組合員に対して協同組合の基本特性である三位一体性への理解と納得が得られるよう、「株式会社と協同組合の違いをどう『見える化』するか」「顧客にとどまらない、組合員相互の願いをともに叶える関係づくりをどう『見える化』するか」が問われている。」(第3章 JAが直面する今日的課題、132頁)
「2014 (平成26)年の農協改革の議論において、規制改革会議は、JAが職能組合を志向するならば経済事業を主体とした専門農協になることを、地域組合を志向するならば株式会社や生協へ転換することを求めた。 JAは政策代行機関ではないと位置づけたにも関わらず、農業団体として・の規制を強化しようとするのは矛盾である。
その一方で、政府はJAに金融機関としての体制整備を求め続けている。農水省の提言により出来上がったJAバンクシステムは、農林中央金庫に置かれたJAバンク中央本部をJAグループの信用事業における司令塔として位置づけ、自主ルールでありながら強制力ある統制を求めるものである。 2022 (令和4)年から早期警戒制度が単位JAに導入されたが、JAの現場には、収益性改善のための店舗機能の見直し・再構築、営農・経済事業の採算性改善、さらにリスク管理のための新たな負荷を求めている。そのため、支店・拠点の統廃合を進める動きが全国で加速している。これは、JAバンク中期戦略(2022~2024年)において、「JAバンクならではの金融仲介機能を通じて、農業・くらし・地域の持続可能性向上のため、地域の中核的役割を担っていく」としているように、地域におけるJAバンクの社会的責任が大きいことも影響している。
戦後、農協組織は、国の制度の影響を受けてきた経過を持つが、今後とも協同組合が、協同組合らしい持続可能な経営を確保するためには、地域に根ざした自主・自立の組織として自ら積極的に体質改善を図る必要がある。市場経済下の自主的な協同組合として、改めて協同組合の原点を強く意識し、定款自治の原則のもと組合員の意思に基づく運営、徹底した事業・経営環境への対応、ならびにJAや連合会の多様性を前提としたグループ運営が求められよう。」(第3章 JAが直面する今日的課題、140~141頁)
「各JAは、世代交代する自らの組合員構成の変化から目をそらすことなく、事業・経営実態や組合員の意識などを踏まえながら、准組合員の加入・運営参画のあり方について方針を持つ必要がある。このことは、JAの将来ビジョンを描くにあたり極めて重要な要素となる。
その結論は、極めて多様となり、JAごとの個性が際立つこととなろう。そして、中長期的には多様な対応方法がとられたことで、実態を踏まえた農協法の抜本的な改正が求められる可能性もあろう。例えば、「非農業者組合員にも総会議決権を認めるものの、農業者組合員の総数以下」、「役員の過半数は農業者だが総会での議決権は農業者・非農業者で区分なし」といった制度運用が可能になることも想定できる。もちろん、JAは「農業者の協同組織である」と規定した農協法第1条は堅持すべきである、という主張と論拠にも耳を傾ける必要があろう。
第2章第6節にあるとおり、1970年代に行われた「地域協同組合化論争」では、職能組合か、地域協同組合かをグループ全体で選択するという議論が行われた。実際「地域協同組合化論争」では、准組合員にも共益権を与え、正・准組合員の区別を廃止するか否かが重要な争点であったが、現実的には、信用・共済事業を含めた非営農面事業の積極的展開や准組合員の加入促進、准組合員の実質的な意思反映方策などは、当時の農協法の枠組みの中で対応がなされてきた。その結果、系統農協(JAグループ)は、地域協同組合化の方向へ大きく舵を切ったものの、地域協同組合そのもののイメージ・内容は多様になっている。
今後、求められることは、定款自治の下で、自主自立の「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」として各JAが自主的に結論を出していくことであり、そのためには、結論が多様であってもそれを容認する制度の見直しが求められよう。」(第3章 JAが直面する今日的課題、156~157頁)