又吉栄喜著『果報は海から』『士族の集落』1998年2月20日、文藝春秋、218頁、1,463円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その132

又吉栄喜著『果報は海から』『士族の集落』1998年2月20日、文藝春秋、218頁、1,463円

又吉さんシリーズです。又吉さんの本は、何とはなしに手にして吸い寄せられるように読んでしまう。私の生まれが南方だからだろうか。

一カ所抜粋しておきます。物語の最後に、こういうシーンが出てくると万歳を叫びたくなります。
「「和久、半島ではいい思いしたか」と老人は和久に聞いた。俺はいい思いをしただろうか、と和久は一瞬考えたが、うなずいた。
 「若者ならあたりまえだ。いい思いをせんとならん」と老人は言い、雨戸の陰に置いてあった泡盛をつかんだ。「山羊はわしからもらったとでも思え」
 「おじい、迷惑かけたなあ」
 義父が老人の茶碗と自分の茶碗になみなみと泡盛を注ぎながら言った。
 「どうせ、本島から肉屋が買い取りに来る頃だったんだ。親戚に売ったほうがずっとましだ」
 「だが、立派じゃないか、おじい。和久よ、女に貢ぐために、手強い山羊を盗んだんだからな。みあげたもんだよ。何もできん男と思っていたんだがな」
 二人は泡盛を飲み干し、お互いの茶碗に注ぎあった。
「昔はわしらもよくやったな」
「いい時代だったな、おじい」
「もう、戻ってはこんかな」
「何でも若いうちにやらんとな」
「若いうちが花さ」
「和久、おまえは花を咲かせたんだ」と義父が泡盛の三合瓶を差し出した。「茶は捨てろ。泡盛を飲め」
 和久はお茶を飲み干した。義父が注いだ泡盛も一気に飲んだ。
 「一人ではサバニも出せなかったんだ」と義父が言った。「偉いじゃないか、おじい。しかも半島までだよ。たいしたもんだよ」
 「島の男はこうじゃなければならん」
 俺は花を咲かせたんだろうかと和久はぼんやりと思った。広い庭には木や草の実はないが、小さい虫でもいるのか、恋人か夫婦のような二羽の灰色の鳥が飛び跳ねている。」(果報は海から、90~91頁)

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