萬代宣雄著『これからを生きるあなたとともに 過去を振り返り未来を描く』2024年5月、島根日日新聞社
「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その139
萬代宣雄著『これからを生きるあなたとともに 過去を振り返り未来を描く』2024年5月、島根日日新聞社
本新世紀JA研究会の初代代表(現在は名誉代表)である萬代氏の伝記です。波乱万丈と言ってよい物語が語られています。私たちが知っている事象も出てきます。
新世紀JA研究会の立ち上げ前夜の模様とTPP参加前後の模様を抜粋しておきます。
「 2003年(平成15年)にJAいずもの組合長を拝命し、希望に胸を膨らませ頑張ろうと一歩を踏み出しました。組合員からのさまざまな要望に応えるため、県連、全国連に対して問題提起をしてきました。また、政治に関する問題提起は市政、県政、更には国政など関係先をつなぎ解決に向けて努力を致しました。
組合長に就任後、3年目となる2006年(平成18年)の春だったと思いますが、全国農業協同組合中央会(JA全中)の評議員会に出席致しました。その際、若い頃「全国青年の船(農村青年の船)」事業で交遊を深めた当時の北海道農協青年部の宮田勇氏が全中会長であることを知り驚きました。「あなたもえらい人になったんだ」と何十年ぶりの感激の再会でした。
会議後、東京虎ノ門パストラルホテルでの懇親会に参加しました。知り合いも少なく、たまたま議論をしていた3人と、農政批判に花を咲かせ、単協の意見発信が取り上げてもらえない「むなしさ」などで意気投合致しました。
私は出雲弁でいう「ゴザなめ」(酔いつぶれて畳の上に酒をこぼして、ゴザをなめているような状態)の状態でしたが、鈴木昭雄氏(東西白河組合長)、福間完爾氏(元・全中常務)の2人を相手に「組合長になったが、なかなか思いが果たせないでいる。全国の改革意欲あふれる若い組合長に呼び掛けて、勉強会でも立ち上げようではないかね」と持ち掛けたのでした。その場で3人全員が「やろう」と決意したのです。
幸い福間氏は「協同組合経営研究所」に席があり、全国のJAの情報や動きを把握していました。新しい組織の立ち上げを一生懸命に準備をしていただきました。福間氏は全中のOBとは思えないほどの改革心の持ち主で、良いと思ったことは直ちに推し進めるという、ある意味では「異端児」的扱いをされるような逸材であったのです。
こうした人材に恵まれ、賛同して頂けるような全国のJA組合長や全中、全農、日本農業新聞社などに呼び掛けたところ、50団体に加入して頂き、半年後の2006年(平成18年)、全国から神々が集まる神在月の10月に、「新世紀JA研究会」の発会式と第1回の研修会を出雲で開催し、出雲大社で成功祈願をしていただきました。地元の国会議員、出雲大社宮司千家尊祐様にも参加いただきました。
一方では、私たちの会に対してJAグループの中から、「全中があるのに、なぜそのような団体をつくって騒ぐのか」と不要論もあり、全中の会議で議論されたこともありました。私は激論の中、改革のためには自発的研究、実践活動こそ全中が奨励すべきではないかと正当性を訴えました。理解を頂ける皆さまも多く、当時のJA全中会長、奥野長衛氏(2016年(平成28年)、JA三重県連合会長)より感謝状を頂いたりもしました。
私が初代代表でしたが、その後17年が経過し現在は5代目となり、54団体で運営されております。行政への要望を行い、組合員目線に立ったJA改革などの実績を上げることができました。これまでに全国研究会は29回、課題別セミナーは46回開催いたしました。JA組織内での改善・改革や農林水産省への要望活動と実現(国庫補助金返済義務の免除やJA直接の農業経営)など多くのことに貢献してきたと思っています。
東京での3人の出会いが切っ掛けで誕生した「新世紀JA究会」ですが、さまざまな「いじめ」もありましたが、多くの同志に励まされながら成果を上げることができました。17年の歴史の中、おおむね農水、全国のJAで認知される組織となりましたが、未曽有の農業・食料の危機に直面する現在、さらなる飛躍を期待してやみません。」(連載第29回 全国に呼び掛け「新世紀JA研究会」組織の立ち上げ、89~91頁)
次に、TPP決着について抜粋しておきます。
よくぞ、「TPP反対」「ぶれない自民党」で圧勝して政権に返り咲いておいて、すぐにTPPに参加して決着したものだと思いませんか。
「しかし近年。農林族と言われる皆さんの力の低下、あるいは農業軽視の流れが強くなり、農家の団結力、政治力の低下と相まって日本農業の推進力が低下していると思っています。グローバル化か進み、更には、竹中平蔵氏のように、費用対効果を第一と考える政治家、財界人、学者の影響力が強まり、農業の衰退が進行していると思います。
環太平洋連携協定(TPP)の国会審議では、国民に見せたくない箇所を黒く塗りつぶした資料が提出されましたが、自民党は内容が確認できないにもかかわらず、「良し」として議決しました。
TPPが合意され輸入農産物の関税が撤廃されると、国内農業がさらなる危機に陥り、国民の食料の安全性が脅かされることになり、国会では与野党を問わず、激しい論議となりました。そして衆参両院は、日本の農業を守るためにTPPの最終合意に向け、「重要5品目(米、麦、牛肉、豚肉、乳製品など)の関税を死守する」と決議しました。
それを背負ってアメリカとの交渉に行った当時の甘利政府代表と安部総理は重要5品目は守ったと堂々と胸を張ったのです。しかし、現実は30%以上の関税を譲歩していたのですが、自民党の国会議員の誰もが衆参両院議会の決議を守ったと言い切るのでした。
私は、議会での約束を破ってアメリカに譲歩した真相が分かれば、子供の教育にも良くないと思ったことを今でも記憶に深く刻み込まれております。このような事はほんの一例に過ぎません。政府官邸が力を持ちすぎて、このような事が現実に横行しているということです。
個人的に国会議員に対して直接「いかが思われますか」と尋ねてみると「少しおかしいですね」との返答がかえって来ます。「ではなぜ官邸に向かっておかしいと言えないのですか」と問うと「私の囗からそんなこと言えないです」とのことです。実に情けない話であります。
国会議員がこの状態ですので、国民の声を政府に届けて国政を動かすことは、困難と言うか、絶望に近いと言わざるを得ません。また長年、国内で優良品種を育ててきた「種子法」が廃止され種苗法も改訂され、次々と日本農業の根幹に関わる法律が改悪されました。」(連載第34回 日本農業の未来(上)国会議員は役割を果たしているか? 104~106頁)