リー・マッキンタイア著、西尾義人訳『エビデンスを嫌う人たち-科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』2024年5月25日、国書刊行会、371頁、2,640円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その141

リー・マッキンタイア著、西尾義人訳『エビデンスを嫌う人たち-科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』2024年5月25日、国書刊行会、371頁、2,640円

タイトルと帯に惹かれて手に取ったが、何を言っているのかよく分からなかった。私もエビデンスを嫌う人間の仲間であるらしい。私には、モンサント社のGMOや除草剤に対する偏見が沁み込んでいるみたいだ。いずれにせよ、解説を読まないと分からない本というのは、がっかりする。

著者、訳者、評者の略歴は、次の通り。
「リー・マッキンタイア Lee McIntyre
l%2年生まれ。哲学者。ボストン大学研究員(科学哲学・科学史センター)。『ポストトゥルース』(大橋完太郎監訳、居村匠/大崎智史/西橋卓也訳、人文書院)、『「科学的に正しい」とは何か』(網谷祐一監訳、高崎拓哉訳、ニュートンプレス)など著書多数。
西尾義人 にしお・よしひと
1973年生まれ。翻訳者。国際基督教大学教養学部語学科卒。訳書に、ピーニャ=グズマン『動物たちが夢を見るとき』、ヴァン・ドゥーレン『絶滅へむかう鳥たち』(共に青土社)などがある。
横路佳幸 よころ・よしゅき
1990年生まれ。2019年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。 2020年同大学で博士号(哲学)を取得。専門は哲学・倫理学。名古屋学院大学専任講師。著書に『同一性と個体-種別概念に基づく統一理論に向けて』(慶應義塾大学出版会)、訳書にダンカン・プリチャート『哲学がわかる懐疑論-パラドクスから生き方へ』(岩波書店)がある。」

評者の見解は、次の通り。何を言っているのだろうか。
「マッキンタイアは、社会心理学の成果を用いて信頼関係に基づいた対話の有効性を理論的に補強し、その『実践編』として様々な人々と実際に会って議論を交わし、ときには潜入取材まで敢行している。それゆえ本書は、豊富な知識と堅実な論証で裏打ちされた論考でありながら、科学否定論のリアルな実態に迫る重厚なノンフィクションでもある(解説・横路佳幸)」(カバー帯より) 

取り敢えず、読んで理解できた部分を抜粋しておきます。
「モンサント社の名前は聞いたことがあるだろう。2018年にバイエルに買収され、モンサントという企業名こそ使われなくなったが、その負の遺産はまだ人々の記憶に残っている-エージェント・オンンジ〔ベトナム戦争で使用された枯葉剤〕、PCB、そして長いあいた発がん性が疑われていた除草剤のラウンドアップなどだ。
 一部の人にとって特に腹立たしかっだのは、モンサント社の主要なGMO製品の一つに、除草剤に耐性をもつ種子が含まれていたことだった。ラウンドアップを散布すれば周囲の雑草は死ぬが、その苗は生き残るというわけだ。この製品によって、農家は条〔作物を植え付けた列〕の間隔を狭めることが可能になったが、もちろん、①モンサント社のすることはなに一つ信用できず、②口に入るものに除草剤をかけてほしくない人たちの不安は募るばかりだった。その不満は、2013年の反モンサント大行進として表面化することになる。
 しかしながら、大行進では、「GMOの摂取は安全ではない」ということと、「GMOのなかには従来より多くの殺虫剤と除草剤を使用できるものがあり、それを食べるのは安全ではない」ということが混同されており、それらを隔てる重要な区別にはほとんど注意が向けられなかった。
 歴史を考慮すれば、モンサント社を信頼できない気持ちも、ある程度は仕方ないのかもしれない。だが、それゆえすべてのGMOが疑わしい技術で作られているとまで言ってしまえば、それは議論の飛躍だ(そもそもゴールデンライスを開発したのは大学の研究者であり、モンサントなどの企業ではなかったことを思い出してほしい)。こうした飛躍は、ある識者が指摘しているとおり、「マイクロソフトOfficeの独占状況が不満だからといって、すべてのソフトウェアに反対するようなもの」なのである。GMOの研究をおこなっている企業の多くが農業関連企業なのは事実だが、それがどこで作られたものであれ、GMO製品が安全ではないという科学的証拠は存在しない。(第6章 リベラルによる科学否定? 251~252頁)

「つまり、扱う食品は同じであっても、その根底にある不確実性やリスク評価をどう扱うかについては、理念が異なるということだ。タリムスキーが書いているように、アメリカではGMO食品は有罪が証明されないかぎり無罪だが、ヨーロッパでは(実質的に)無罪と証明されないかぎり有罪とみなされる。またアメリカでは、政府が義務づけているリスク研究はなく、そうしたものは食品生産者の手に委ねられている。一方ヨーロッパでは、組成分析によってなんらかの懸念が生じた場合は、動物実験が義務づけられている。さらには、こうした試験を経て問題がないと判断された場合でも、すべてのGMO製品には表示義務が課せられている。」(第6章 リベラルによる科学否定? 267頁)

「もちろん今では、喫煙習慣が肺がんのリスクを高めることは広く知られており、タバコにまつわる科学否定論に同調する人もあまり見かけなくなった。しかしすでに触れた通り、科学否定論という大きな枠組みそのものは、社会の変化に伴い形を変えながらも今なお衰える気配がない。本書で取り上げられているのは、地球平面説の他、気候変動・ワクチン・遺伝子組み換え作物・新型コロナウイルスをめぐる否定論である。もちろんこれらにはすべて異なる出自と動機があり、各立場内部も決して一枚岩ではない。しかし本書で何度も言及があるように、どの科学否定論にも特筆すべき共通項がある。それは次の五つである。
1 証拠のチェリーピッキング 自分に都合のよい証拠や文献だけを「つまみ食い」すること。例えば「気候変動の主な原因が人間の活動であることを否定する文献はたくさんある」という意見をしばしば耳にするが、人為的な気候変動を支持する文献は専門家による査読を経た論文だけに絞っても優にその倍はある。
2 陰謀論への傾倒 闇の勢力が世間には秘匿された陰謀を企てていると信じ込むこと。例えば「新型コロナウイルスは自社のワクチンを各国に売り込みたいビッグファーマ(世界の大手製薬会社)が人工的に作り出したもの」というのは陰謀論の一種だが、信じるにはあまりにも根拠薄弱である。
3 偽物の専門家への依存 専門家としての権威を持つように見せかけつつ、科学的合意と矛 盾したことを述べる人物を信頼すること。例えば、循環器内科の医師がワクチン接種の危険性を様々なメディアで語るとき、彼らは疫学やウイルス学の専門家ではない。
4 非論理的な推論 藁人形論法や飛躍した結論等の誤った推論のこと。例えば「温室効果ガスが増加した原因は人間の活動だけではない」という意見が否定論者から出ることがあるが、それに異を唱える気候科学者はまずいない。重要なのは温室効果ガス増加の主な原因が人間の活動にあるかどうかであって、他の原因の存在が人為的な気候変動に対する反対意見になると考えるのは藁人形論法である。
5 科学への現実離れした期待 科学に「完璧な証明」を求め、不確実性がわずかでも残るような説や合意は信頼すべきでないと判断すること。例えば「遺伝子組み換え作物は100%安全とは言えない」というのは、科学に「絶対確実」を期待する点で誤っている。
 こうした五つの特徴は、相互に絡み合うことで科学否定論者の信念をより強固なものにする。その結果、科学否定論はときに社会に無視できない問題を引き起こすだろう。ひどい場合には、人命を奪うものにさえなりうる。」(解説 対立から対話へ、364~365頁)

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