新総合JAビジョン確立・経営危機に備える題別セミナー(第41回) 

―「食料・農業・農村基本法」見直しの視点―~基本法改正に備える 第1弾!~

1.日 時  令和4年11月17日(木) 13時30分~16時50分

2.場 所  ズーム(オンライン)・録画方式による

3.参加者  主にJA役職員

4.日 程   

時 間内 容
13時30分       (司会) 東京農業大学 名誉教授 白石 正彦
1330分~1335(開会挨拶) 新世紀JA研究会代表  JA菊池(熊本県)  代表理事組合長  三角 修
1335分~1340「解 題」 新世紀JA研究会 常任幹事 福間 莞爾
1340分~1425食料・農業・農村基本法の下での農政の展開~基本計画の変遷」 農林水産省 大臣官房政策課 企画官 加藤 史彬 氏
1425分~1435質疑
1435分~1520食料・農業・農村基本法~見直しの視点・その1」 公益社団法人 日本農業法人協会  専務理事 紺野 和成 氏
1520分~1530質疑
1530分~1540休憩
1540分~1625「食料・農業・農村基本法~見直しの視点・その2」 (株)農林中金総合研究所  客員研究員 清水 徹朗 氏
1625時~1635質疑
1635分~1650総合質疑
1650閉会

ZOOMの編集動画

「食料・農業・農村基本法の下での農政の展開~基本計画の変遷」 農林水産省 大臣官房政策課 企画官 加藤 史彬 氏

講演要旨

 今回、「食料・農業・農村基本法の下での農政の展開~基本計画の変遷~」というテーマをいただいた。まず、基本計画の根拠となる食料・農業・農村基本法について、その制定の背景に触れた上で、基本計画の変遷について振り返る。

1.食料・農業・農村基本法の制定

  1961年に制定された農業基本法は、高度経済成長の過程で顕在化した、農業と他産業との間の生産性と生活水準の格差の是正を図るため、経営規模の拡大等による生産性の向上、自立経営の広範な育成等を目指してきた。その結果、農業者の所得向上や生活水準の均衡など、一定の役割は果たしたものの、兼業農家の増加や農業者の高齢化、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉の進展など食料・農業・農村をめぐる状況が大きく変化してきた。これらを踏まえ、①効率的かつ安定的な経営の育成、②農業に加えて食料・農村という視点からの施策の構築、③市場原理の一層の導入、などを基本的課題とする「新しい食料・農業・農村政策の方向」、いわゆる「新政策」を1992年に取りまとめた。

これに基づき、翌年の1993年には、農業経営基盤強化促進法の制定により、認定農業者制度が創設されるなど、実定法の整備を進め、その後1999年に、食料・農業・農村基本法が制定された。現行基本法は、理念として、①食料の安定供給の確保、②多面的機能の発揮、③農業の持続的な発展、④農村の振興の4つを掲げ、もって国民生活と国民経済の健全な発展を図ることを目的としている。

2.食料・農業・農村基本計画

食料・農業・農村基本法の制定に当たっては、法律に掲げる基本理念や方向性について、実効性ある施策をもって担保できるようにすることが必要との観点から、「基本計画」を法律に規定し、情勢変化等を踏まえて見直していくことで、施策の実効性を担保できるようにした。

これは、農業基本法にはこのような規定がなかったため、1961年に制定して以降、我が国の経済社会情勢が大きく変わる中でその間実質的な法律改正はなく、法律と実際に行われている施策の関連性が特に意識されず、農業基本法が政策や行政の基本たり得ていないという点が課題となっていたことを受けて盛り込んだものである。

  計画の目標期間については、10年程度先を展望するものとし、情勢の変化を勘案し、おおむね5年ごとに変更することとされた。1999年の基本法制定以降現在に至るまで、計5回の基本計画が策定された。

① 2000年3月策定

前年の7月に施行となった食料・農業・農村基本法を受け、2000年3月に閣議決定となった最初の基本計画は、新しい基本法に掲げた理念を具体化する位置づけであった。

具体的施策としては、健全な食生活に関する指針の策定、不測時における食料安全保障マニュアルの策定、効率的かつ安定的な農業経営が相当部分を担う農業構造の確立、価格政策から所得政策への転換、中山間地域等直接支払の導入等を推進することとされた。

② 2005年3月策定

2005年3月に見直された基本計画では、2000年3月策定後の情勢変化(BSEや不正表示事件の発生、農業の構造改革の立ち遅れなど)を踏まえた農政改革が位置づけられた。

具体的施策としては、食の安全と消費者の信頼の確保、食事バランスガイドの策定など食育の推進、地産地消の推進、担い手を対象とした品目横断的な経営安定対策の導入、農地・水・環境保全向上対策の導入、バイオマス利活用など自然循環機能の維持増進、農林水産物・食品の輸出促進等を推進することとされた。

 ③ 2010年3月策定

  2010年3月に見直された基本計画は、①戸別所得補償制度の導入、②消費者ニーズに適った生産体制、③6次産業化による農山漁村の再生、の3つの政策を基本に、各般の施策を一体的に推進する政策体制の構築を目指した。

具体的施策としては、食の安全と消費者の信頼確保、総合的な食料安全保障の確立、戸別所得補償制度の導入、生産・加工・販売の一体化、輸出促進等による農業・農村の6次産業化等の推進、農業生産力強化に向けた農業生産基盤整備の抜本見直し等を推進することとされた。

④ 2015年3月策定

2015年3月に見直された基本計画は、その見直しに先立って2013年12月に策定された「農林水産業・地域の活力創造プラン」で示された施策の方向も踏まえつつ、農業・食品産業の成長産業化を促進する「産業政策」と多面的機能の維持・発揮を促進する「地域政策」を車の両輪として施策を展開していくこととした。

具体的施策としては、国産農産物の消費拡大、和食の保護・継承、農地中間管理機構のフル稼働、米政策改革の着実な推進、多面的機能支払制度、農協改革や農業委員会改革、東日本大震災からの復旧・復興等を推進することとされた。

 ⑤ 2020年3月策定

2020年3月に見直された基本計画は、引き続き、産業政策と地域政策を車の両輪として着実に推進していくことが課題とされた。

具体的施策としては、新たな輸出目標(5兆円)の策定、担い手への重点的な支援、中小・家族経営など多様な経営体による地域の下支え、関係府省等と連携した農村政策の総合的な推進、食と農に関する国民運動の展開、新型コロナウイルス感染症をはじめとする新たな感染症への対応等を推進することとされた。

3.食料・農業・農村基本法の検証・見直しについて

  以上、基本計画の変遷について振り返ったが、食料・農業・農村基本法そのものについても、制定から約20年が経過する中、国内市場の縮小や生産者の減少・高齢化など、農業構造が大きく変化し、また昨今では世界的な食料情勢の変化に伴う食料安全保障上のリスクの高まりや、気候変動、海外の市場の拡大等、我が国農業をとりまく状況が制定時では想定されなかったレベルで変化している。

このため、本年9月9日に開催された第1回食料安定供給・農林水産業基盤強化本部において、総理から、食料・農業・農村基本法について、制定後約20年間で初めての法改正を見据え、関係閣僚連携の下、総合的な検証を行い、見直しを進めていくよう指示があった。これを踏まえ、9月29日に、野村農林水産大臣より食料・農業・農村政策審議会に対して諮問を行い、新たに「基本法検証部会」を設置し、検証及び見直しに向けた検討がスタートしたところである。

食料・農業・農村基本法が、今日的課題に応え、将来を見据えたものとなるよう、丁寧に検証作業や見直し検討を進めてまいりたい。

講演資料

「食料・農業・農村基本法~見直しの視点・その1」 公益社団法人 日本農業法人協会  専務理事 紺野 和成 氏

「食料・農業・農村基本法~見直しの視点・その2」 (株)農林中金総合研究所  客員研究員 清水 徹朗 氏

講演要旨

 食料・農業・農村基本法の制定は1999年であり、それから23年が経過し、新基本法に大きな影響を与えた「新政策」からは30年が経過した。この間、外部環境や日本農業の構造は大きく変化しており、ここで基本法の見直しを検討するというのは妥当な判断である。ただし、見直しに際し、日本農業の実態を正しく把握するとともに、これまでの政策の検証を行う必要がある。

 1961年に制定された農業基本法は、高度経済成長や日本経済の国際化に対応した農業政策の方針を示したものであり、多くの研究者が参画して濃密な研究と議論を経て制定された。「基本法農政」は様々な批判を受けたが、日本農業は環境変化に対応し、生産性向上や農業者の社会的・経済的地位の向上が実現したことは正当に評価できる。

 農業基本法から31年経た1992年に「新しい食料・農業・農村政策の方向」が策定され、効率的な農業経営育成や条件不利地域対策が盛り込まれたが、これを法制化したのが食料・農業・農村基本法であった。その後の変化を見ると、グローバリゼーションの一層の進展、農業者の高齢化、中国の台頭と米国の地位低下、地球環境問題の深刻化などが指摘できる。

 新基本法の制定後、政府は米政策改革など強引な選別政策を進めたため農業者の反発を招き、2009年に戸別所得補償の導入を掲げた民主党政権が成立した。さらに、2012年に発足した第二次安倍政権は、TPP交渉に参加するとともに、規制改革会議を利用して官邸主導の強引な「農政・農協改革」を進めたが、日本農業の実態を踏まえない性急な内容であったため農業の現場は混乱し、そこで掲げた「農業成長産業化」(企業的農業の育成、六次産業化、輸出促進等)は十分な成果を上げていない。

 食料・農業・農村基本法の見直しに際し、検討すべき事項は以下の通りである。

1.食料安全保障

 日本にとって食料の安定的確保は引き続き非常に重要な課題であり、国際環境が大きく変化するなかで、改めてその意義と戦略を検討する必要がある。食料自給率は非常に重要な指標であるが、自給率のみにこだわるべきではなく、食料の安定的確保のための総合的な対策が求められる。

2.農業の担い手問題

 農業者の高齢化が進行しており、農業の担い手確保は重要な課題であるが、一部の大規模な企業的農業経営のみでは地域農業は維持できず、小規模な兼業農家や高齢農家も日本農業の重要な担い手として位置付ける必要がある。農業構造の改革は地域の実情に即して漸進的に進めるべきで、農地中間管理機構の運営を見直す必要がある。その一方で、法人経営の割合が増大しているのも事実であり、雇用労働者の確保が重要な課題であり、今後、外国人の雇用者の位置づけも必要になろう。また、認定農業者制度の発足から約30年が経過しており、制度のあり方の再検討が必要な時期に来ている。

3.農業経営の安定

 ウルグアイラウンドの結果、価格支持制度の改革が進められたが、農業所得の水準は不十分であり、生産費に見合った価格の実現や直接支払いの導入を検討する必要がある。特に、酪農経営は飼料価格の高騰と子牛価格の下落により危機的状況にあり、酪農所得の安定的確保のための制度の導入が必要である。

2019年から収入保険が導入されたが、対象が限定され、また「所得」の保険ではないため、加入率は高くない。農家にとって魅力ある内容に改革することが望ましい。また、青色申告を行っている農業経営は38万経営(全体の35.5%)にとどまっており、農業経営の改善のため農業簿記の普及と税務・会計知識の向上を進める必要があるが、そのために果たすべき農業金融の役割は大きい。

4.農業環境政策と農村政策

 地球環境問題が深刻化しており、農業分野においても環境の視点が不可欠になっている。政府は現在「みどりの食料システム戦略」を進めているが、高い目標(例えば有機農業25%)の割には政策手段が乏しく、畜産分野の取り組みが弱いことも指摘できる。土地改良事業や土地利用計画のあり方も含めた総合的な対策が必要である。

 また、コロナ禍でテレワークが進んだこともあり、農村部居住を希望する人が増加しているが、小規模な農園を持って生活するライフスタイルの推進が必要である。

5.農政機構と農業関係団体の改革

 農業構造の変化に対応して農政機構や農業関係団体の改革が必要である。特に、農業共済組合と農業改良普及組織については、これまで改革の検討が十分行われておらず、農業経営をサポートする組織として改革が必要である。

6.農業政策決定の仕組みの改革

 食料・農業・農村基本法に基づいてこれまで基本計画が5回策定されたが、農業政策の方針が審議会とは別の場で決定されることが度々見られ、審議会や基本計画が形骸化している。EUや米国の農業政策形成プロセスに学び、基本計画を実効性のあるものにする必要がある。また、政策決定に際し、農業研究者の活用を図るべきであろう。

講演資料

参考資資料