令和4年5月10日(火)13時30分~16時30分

時 間内 容
1330(司会) 東京農業大学 名誉教授 白石 正彦
1330分~1335(開会挨拶) 新世紀JA研究会代表  JA菊池(熊本県)  代表理事組合長  三角 修
1335分~1350「解 題」 新世紀JA研究会 常任幹事 福間 莞爾
1350分~1435「地域農業における農協の役割~農協法の目的」について
農林中金総研理事長  皆川 芳嗣 氏
1435分~1445質疑
1445分~1530  「農業の基本価値」とは
東京大学大学院教授 鈴木 宣弘 氏
1530分~1540質疑
1540分~1550休 憩
1550分~1630相互討議~「JAの目的・存在意義とは何か」
1630閉会

ZOOM編集動画

問題提起~農協(JA)の経営理念をどのように考えるか                 新世紀JA研究会 常任幹事 福間 莞爾

「地域農業における農協の役割~農協法の目的」について
農林中金総研理事長  皆川 芳嗣 氏

「農業の基本価値」とは
東京大学大学院教授 鈴木 宣弘 氏

講演要旨

農業は「生業」であるとともに、国民への安全・安心な食料供給による食料安全保障に加え、洪水防止・水質浄化など多くの多面的機能を発揮して地域社会に貢献している。つまり、農業振興の利益は、広く、地域住民・国民に享受されている。したがって、農業振興は、ひとり農家と農協の枠内にとどまるものでなく、地域住民も共に関わるべき活動なのだと言える。

我々は、長野県中央会委託調査を基に、国民が①食料安全保障確保のために農業振興に負担してもよい支払意思額は年1.6兆円、②洪水防止、③水質浄化、④生物多様性、⑤みどりの空間、⑥地域社会、⑦伝統文化、⑧安らぎ、⑨教育などを含めた、「広義の多面的機能」全体では10兆円規模に上る可能性を明らかにした。

この調査では、通常の多面的機能②~⑨に加えて、食料安全保障①を加えたものを「広義の多面的機能」として用いたが、これは、新世紀JA研究会が、大内力著『農業の基本価値』(創森社 2008年)などに依拠して提示している「農業の基本価値」にほぼ相当する概念と考えられる。

この調査結果は、長野県民や東京都民が「農業の基本価値」をしっかりと認識し、農業が維持されることは、農家だけの問題でなく、自分たちも応分の負担をしたいとの強い意思表示をしていると解釈できる。

ここで、農業の基本価値が維持されるための重要なポイントがある。それは、協同的な農業振興だからこそ、農業の基本価値が発揮できるのであり、「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業に任せたら、食料安全保障も、環境も、地域も崩壊する、ということである。

経済社会を、「私」(=個人・企業による自己の目先の金銭的利益の追求)、「公」(=国家・政府による規制・制御・再分配)、「共」(=自発的な共同管理、相互扶助、共生のシステム)、の3分野で捉えると、「共」は、「私」による「収奪」的経済活動の弊害、すなわち、利益の偏りの是正に加え、命、資源、環境、安全性、コミュニティなどを、共同体的な自主的ルールによって低コストで守り、持続させることができることをノーベル経済学賞を受賞したオストロム教授が論文で実証している。

農業・農村を目先の自己利益追求で収奪の対象とする「3だけ主義」の企業にとっては、全体の利益を高めようとする協同的組織=農協は、あってはならない「障害物」なので、「岩盤規制」「既得権益」などと称して協同的ルールを破壊しようとする。彼らは、農地をつまみ食いし、命、資源、環境、安全性、コミュニティなどに配慮せずに目先の自己利益追求に走りがちである。つまり、だからこそ、攻撃を跳ね返し、農協が農業振興を図る使命を果たすことが、国民の命・環境・地域・文化・国土を守ることにつながる。

また、農協は「生産者価格を高めるが消費者が高く買わされる」と考えられがちだが、これは間違いである。「3だけ主義」の企業は農家から買い叩いて消費者に高く売って「不当な」マージンを得ている。つまり、農協の共販によって流通業者の市場支配力が抑制されることによって、流通・小売マージンが縮小できれば、農家は今より高く売れ、消費者は今より安く買うことができる。こうして、流通・小売に偏ったパワー・バランスを是正し、利益の分配を適正化し、生産者・消費者の双方の利益を守る役割こそが協同組合の重要な使命なのである。

そして「真に強い農業」は生産者と消費者との支え合いによって実現できるのも事実である。例えば、カナダの牛乳は1リットル300円で、日本より大幅に高いが、消費者はそれに不満を持っていない。筆者の研究室の学生のアンケート調査に、カナダの消費者から「米国産の遺伝子組み換え成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられた。農家・メーカー・小売のそれぞれの段階が十分な利益を得た上で、消費者もハッピーなら、値段が高く困るどころか、これこそが皆が幸せな持続的なシステムではないか。「売手よし、買手よし、世間よし」の「三方よし」が実現されている。

農家は、協同組合に結集し、自分達こそが地域の食を守ってきたし、これからも守るとの自覚と誇りと覚悟を持ち、そのことをもっと明確に伝え、消費者との双方向ネットワークを強化して、安くても不安な食料の侵入を排除し、「3だけ主義」の地域への侵入を食い止め、自身の経営と地域の食と国民の命を守らねばならない。消費者は、それに応えてほしい。それこそが強い農業である。

すなわち、農家と住民(=准組合員)の協働が農業振興を実現し、それが食と命を守る。農業が振興されることで食料が提供できる。地域のみなさんは、スーパーなどだけでなく、直売所や、学校給食などを通じて、身近で安全・安心な食を享受できる。それが農家を支え、また、地域住民の農作業への参加も増えており、これが地域農業を支える。信用・共済事業などの利用も営農事業の原資として農業振興に還元される。こうして、自分たちの農と食をみんなで支えるというサイクルを農協が地域で回している。まさに「共助」「共生」である。これが、協同のルールで農家間、農家と住民間をつなぎ、生産→消費→生産と循環させる農協の力である。

4ショック(コロナ禍、中国の爆買い、ウクライナ紛争、異常気象)に見舞われ、国民の食料やその生産資材の調達への不安は深刻の度合いを強め、37%という先進国最低の自給率しかない我が国は、間違いなく食料安全保障の危機に直面している。お金を出しても買えない事態が現実化している中で、お金で買えることを前提にした経済安全保障は破綻している。

しかし、国産の増産こそが急務な今、逆に、コメ、生乳などの減産要請に加え、転作への交付金カットなど「農業潰し」政策が行われ、しかも、肥料、飼料、燃料などの生産資材コストの急騰下で、国産の農産物価格は低迷したまま、農家は悲鳴を上げている。今こそ、国内資源を最大限に活用・循環させ、困窮する農家を救い、早急に食料自給率を引き上げるために、政府だけでなく、加工・流通・小売業界も消費者も国産への想いを行動に移してほしい。今こそ皆で支え合わなくては有事は乗り切れない。その核になる農協の底力が問われている。

なお、農協による農業振興こそが「農業の基本価値」を高めると述べたが、拙著『協同組合と農業経済~共生システムの経済理論』(東大出版会、2022年)を毎日新聞で書評して下さった松原隆一郎・東大名誉教授は、筆者が明らかにした「農協共販が生産者・消費者双方に利益をもたらす」点を高く評価した上で、「協同組合は自然環境や漁獲資源を持続可能にすると無条件に前提されているが、戦後日本で農薬や化学肥料を農家に大量販売し、水田からトンボやカエルを消滅させる推進力となったのが農協だった。」と述べ、「「拮抗力」ある協同組合の相互扶助精神は、環境保全や資源保護をいかに取り込んでいくのか。本物の革新を期待させる書である。」と結んでいる。こうした批判と期待にどう応えていくかが問われていることも忘れてはならない。

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