新世紀JA研究会

ごあいさつ 新世紀JA研究会代表(JA水戸代表理事会長) 八木岡 努

思いもかけない新型コロナウイルス禍により、大変困難な事態に直面することとなりました。この問題は、われわれにグローバル経済・社会のあり方、食料自給の大切さなど多くの問題を提起しています。さて、この度「TheWave~JA改革」(第2号)に引き続き、第3号をお届けする運びとなりました。農協改革の集中推進期間が2019(令和元)年5月に終わり、JA改革は新たな段階に入ってきています。この間、これまでJA運動を支えてきた中央会制度が廃止され、監査も公認会計士監査に変わりました。
 新世紀JA研究会は、初代代表を務められたJAしまね元代表理事組合長の萬代宣雄氏の肝いりで、2006(平成18)年につくられました。研究会は、2006年10月19日~20日に行われたJAいずもでの第1回セミナー以来、今日まで年2回のペースで全国セミナーを開催し、これまで26回を数えてきています。(後掲・新世紀JA研究会の全国セミナー履歴参照)。
 また、こうした全国セミナーの開催にあわせ、2016(平成28)年の10月からは、「新総合JAビジョン確立のための危機突破課題別セミナー」を開催し、2019(令和元)年10月からは引き続き「新総合JAビジョン確立・経営危機に備える課題別セミナー」を開催してきています(後掲・新総合JAビジョン確立のための危機突破課題別セミナーの開催状況参照)。
 さらに、全国セミナーでのアピールに基づき、農業・JA改革、日本の種を守る活動、貯金保険機構の掛け金引き下げ・凍結などについて独自の要請活動を行い、多くの成果を上げてきています。
 とくに、貯保の掛け金引き下げ・凍結については、萬代名誉代表の呼びかけで派閥横断の自民党最大の「地域の農林水産業振興促進議員連盟」が結成され、本研究による要請活動の結果、2019年4月からJA全体で年間70億円にのぼる掛け金引き下げ・JAの経費節減を実現しています。
 貯保の掛け金に手をつけることは、これまでタブー視されてきており、正に不可能を可能にする結果を生むことになりましたが、これは官邸主導ではない派閥横断の幅広い政治力の結集が決め手となりました。コスト意識の希薄さから、JA関係者には関心を持たれない向きもありますが、これによるJAの経営改善効果は絶大なものがあります。もとよりこうした活動は、中央会などが取り組んでいる諸活動を補完する位置付けのもとに取り組んでいるものであります。
 いま、JAはこれまでの実質行政主導であったJAから、自主・自立のJA運動への展開が求められています。本書をその活動の一助にして頂ければ幸甚です。

はじめに

政府が主導する農協改革は、2019(令和元)年5月の改革集中推進期間の終了をもって、新たな段階に入りました。この間の農協改革の評価について、農水省はJAが行った自己改革について一定の評価を行い、JAもまた自己改革について成果があったとしています。
 このうち、農水省の姿勢は、改革集中推進期間の終了前と終了後ではまるで違ったものになっています。JAは自己改革で成果を収めており、とくに今後の最大の懸念・課題である准組合員問題については、与党が何とかするから余計な心配は無用で、この問題について騒ぐなということが強調されています。
 果たして、ことはそんなに簡単なものか、予断を許さない状況となっています。また、2020(令和2)年4月からは新たな「食料・農業・農村基本計画」が施行され、これに対するJAグループの対応が求められることになります。
 さらに、JA経営については、とくに信用事業について信連・農林中央金庫からの奨励金の削減が確実視されており、共済事業においても収益減が見通されます。このため、要員の適正配置、支店の統廃合やとりわけ営農・経済事業の収支改善について待ったなしの状況にあります。また、今回のコロナ禍は、これに追いうちをかけるかたちになりました。
 新世紀JA研究会では、2019(令和元)年7月19日に開催した第1回全国特別セミナーで「新総合JAビジョン確立のための提言」を決議し、引き続き課題別セミナーを開催することにしています。
 自主・自立のJA運動の推進が求められるなか、今後のJA改革推進のため、本冊子を積極的にご活用頂きたくお願い申し上げる次第です(集録した内容は、すでに「農業協同組合新聞」に「紙上セミナー」として掲載したものです)。

新世紀JA研究会

目 次

第1章 監査法人の対応の現状とJA監査契約のあり方
    第1節 公認会計士移行の留意点 日向彰(農林水産省 経営局協同組織課長)
    第2節 JAの体制整備の現状と課題・対策①─本店職員で確認チーム 川島徹(JA東京中央 リスク管理室長)
    第3節 JAの体制整備の現状と課題・対策②─不断のチェックと改善を 兵藤寿(JAあいち豊田 リスク管理課係長)
    第4節 JAの体制整備の現状と課題・対策③─事業別に本店へ機能集約・システム化によるIT統制へ 澄田貴(JAしまね リスク管理部担当部長)
    第5節 会計監査人選任にあたっての評価ポイント 戸津禎介(有限責任監査法人トーマツ JA支援室)
    【意見交換】監査は財務諸表に限定─非監査業務は別契約で

第2章 JA経営の危機と対応〈信用・共済事業〉
    第1節 最終決戦の地域金融 総合サービスで差別化を 谷山宏典(JAバンク中央アカデミー 系統経営層・経営戦略研修会講師)
    第2節 JA信用事業にかかる現状と今後の事業戦略 後藤彰三(農林中央金庫 代表理事専務)
    第3節 「ひと」の保障をさらに保有契約維持で経営安定 有長光司(JA共済連 常務理事)
    第4節 地域・准組合員とともに“食料農協”目指す 宗欣孝(JA福岡市 代表理事専務)
    【意見交換】家計簿アプリや電子通帳提供へ

第3章 JA経営の危機と対応(経済事業)
    第1節 北海道で生きる喜び─どんな過疎地でも「安心」を 大見英明(生活協同組合コープさっぽろ 理事長)
    第2節 酪農専門の総合農協─各JAの経営理念明確に 石橋榮紀(JA浜中町 代表理事会長)
    第3節 担い手につくる誇り─組合員が求める自己改革を 仲澤秀美(JA梨北 常務理事)
    第4節 コスト感覚を明確に─安易な人員削減と施設整理 水谷成吾(有限責任監査法人トーマツ JA支援室)
    【意見交換】商品一つを1円でも 小さな改革積み重ね

第4章 いま組合長・管理担当役員に必要とされるもの
    第1節 協同の理念の共感を─都市農業への理解さらに 宮永均(JAはだの 専務理事)…89
    第2節 「見積もり」根拠文書に─業務引き継ぎにも有用 髙山大輔(有限責任監査法人トーマツ JA支援室参事・シニアマネジャー・
        公認会計士)
    第3節 「人づくり」なくして 自己改革は完結しない 水谷成吾(有限責任監査法人トーマツ JA支援室)
    第4節 トップの「想い」中期計画に 水谷成吾 有限責任監査法人トーマツJA支援室)
    【意見交換】組合員と同じ目線で─准組合員600万人の重い事実

第5章 新たな准組合員対策について
    第1節 農業を買い支えて「生産する消費者」に 辻村英之(京都大学 農学研究科教授)
    第2節 生協との提携─農業振興に准組合員の参加を 三瓶壮文(JAはだの 改革推進室長兼組織部長)
    第3節 准組合員の新たな位置付け提案─畑と食卓をつなぐ運動へ 荒川博孝(JA東京中央 経営企画部経営企画課長)
    第4節 「食」で農業支える准組合員─強み生かし事業モデル 志村孝光(JA東京みなみ 常務理事)
    第5節 正准一体で農業振興─新たな事業モデルを 福間莞爾(新世紀JA研究会 常任幹事)
    【意見交換】「振興クラブ」具体化を SDGsの視点も加え
    【コラム・覚醒】 位置付けを明確化 「地域農業振興に寄与する者」 福間莞爾 新世紀JA研究会 常任幹事…149

第6章 農業への直接参入による農業振興について
    第1節 農協出資法人は経営継承の切り札─担い手確保、遊休農地防止にも 谷口信和(東京大学 名誉教授)
    第2節 農業を“面”で支援 生産から販売・人材確保まで─鹿児島銀行のアグリビジネス 馬門孝幸(鹿児島銀行 自然部主任調査役)
    第3節 「樫山農業」で世界を幸せに─担い手・JAと循環システム 樫山直樹 (有・樫山農園 代表取締役)
    第4節 規模のメリット追求─小規模・非農家ぐるみで 熊谷健一(農事熊井法人となん 代表理事組合長)
    【意見交換】参入は地域に合わせ 基本は農家の手助け
    【コラム・覚醒】 GAPと農作業安全対策 経営改善運動に繋げて 白石正彦 東京農業大学 名誉教授

第7章 JA運動に新たな潮流を
    第1節 黒字農協は共通財産─地域金融機関とも交流を 日向彰(農林水産省 経営局協同組織課長)
    第2節 JAは「総合事業」選択─農林中金は農業振興を支援 河本紳(農林中央金庫 常務理事)
    第3節 4つの産地パワーアップ事業─JA出資法人軸に 栗原隆政(JA鳥取中央 代表理事組合長)
    第4節 JAはだのと包括協定で地域づくり 渡邊たかし(パルシステム神奈川・ゆめコープ 専務理事)
    第5節 セミナーの合意を要請へ 「貯保」負担削減など実現─新世紀JA研究会13年の活動 萬代宣雄(新世紀JA研究会名誉代表・JAしまね元代表理事組合長)
    第6節 農協変える真の改革を─「目指す姿」を明確に示す 水谷成吾(有限責任監査法人トーマツ シニアマネージャー)
    第7節 人類が共通の未来像を 栗本昭(法政大学大学院・連帯社会インスティチュート)
    第8節 人類的な視野で挑戦─協同組合に使命と誇りを 白石正彦(東京農業大学 名誉教授)
    第9節 准組合員のあり方を提起─積極的な議論と情報発信へ 山田剛之(JA全中 JA改革推進課長)
    【意見交換】新たな事業モデルを 「農業振興クラブ」を核に

【資料編】
●新世紀JA研究会の全国セミナー履歴(第26回まで)
●新総合JAビジョン確立のための危機突破・課題別セミナーの開催状況
●新総合JAビジョン確立のための提言─JA運動に新たな潮流を─ 令和元年7月19日 新世紀JA研究会第1回全国特別セミナー
●課題別セミナーの進め方(令和元年10月) 新世紀JA研究会
●第27回JA浜中町大会アピール文(その1)
●第27回JA浜中町大会アピール文(その2)
●新世紀JA研究会・執行体制(令和元年度~2年度)

第1章 監査法人の対応の現状とJA監査契約のあり方
第20回課題別セミナー・2018(平成30)年9月21日

第1節 公認会計士移行の留意点 日向 彰 農林水産省 経営局協同組織課長

はじめに

 農協改革集中推進期間が2019年5月に終わります。これが農協改革の第1ステージです。そして2021年4月以降から改正農協法施行に伴う5年後の見直しが始まり、これが第2ステージとなります。これまでの農協の理事構成、中央会制度の見直しなどをふまえ、公認会計士監査が導入され、2019年度決算から監査が始まります。系統では、2017年6月にみのり監査法人をつくりましたが、いま各農協では監査法人の選定作業に入っているところだと思います。
 3月決算の農協では、2019年6月の総会で監査法人を決めて、内部統制の整備、公認会計士監査ということになります。最後に准組合員の利用規制ですが、農水省ではいま、正組合員、准組合員、員外3者の事業利用量を調査しています。2021年3月までの予定で、その結果をもとに、いろいろ検討することになっています。
 農協によっては、2020年3月には、2019年度の財務諸表づくり、2019年の春ころから期中監査の結果を踏まえ期末監査となり、会計士が財務諸表の適正さをチェックし、2020年6月に監査意見の表明が行われ、通常総会で決算の承認ということになります。
 では、農水省はなにをするかというと、監査コストの引き下げのお手伝いをさせていただきます。公認会計士監査は、農協にとって意義あることだということを理解し、農協経営に活かしてほしいと思います。

一、第三者の意見を聞く

 公認会計士監査を導入したのは、農協の信用、共済事業の規模が大きいという重い事実があります。信用不安を起こさないため、第三者の意見をしっかりもらって、適正に財務諸表がつくられ、健全に経営されているのだというお墨付きを得ることです。それが組合員、国民の信頼をえることです。信金や労金などにも信用事業を営んでいるところは公認会計士監査が義務づけられています。
 というのは、秋田県のおばこ農協の問題があります。農業白書でも紹介され、輸出や直接販売を行うなど立派な農協でした。しかし会計監査の財務諸表の作り方があまりにもいいかげんだったといわざるを得ない。公認会計士に聞くと、経済受託債務と債権に80~100億円もの差があり、おかしいと思わなかったのがおかしいと言っています。
 60数億円の赤字で、4%割れはなかったものの、11・11%あった自己資本比率が、あっという間に8%割れを起こしました。この重みを、しっかり受け止め、農水省もそうですが、緊張感を持っていただきたい。世の中の目はきびしくなっています。住専問題をくりかえしてはなりません。法律で公認会計士監査が決まっている以上、しっかり公認会計士とキャッチボールして、役職員にとっても監査を受けたというのは、リスク回避など、農協にとっていいことだという認識をもっていただきたい。

二、監査経費削減を支援

 では農水省は何を支援できるか。監査コストは上がることも下がることもあります。高くなると、国は補填して欲しいという声も多く聞かれました。しかし、医療法人、社会福祉法人などもみんな自腹でやっています。モラルハザードを起こしてはならないと思います。農協だけ支援すると必ず批判が出ます。いろいろな思いがあるのは承知していますが、ご理解いただきたい。JAグループが批判されるようにはなって欲しくはありません。
 その代わり、監査コストを下げるお手伝いをします。本年度、全中やあずさ監査法人と、公認会計士監査のマニュアルづくりに取りかかっています。監査法人選任の一助になれば幸いです。その上で、夏の概算要求で2億円の「監査法人のコストの合理化支援」を要求しています。農協の取り組みに任すといっても、離島の農協や大きな経済事業を展開する農協があります。コストを引き下げるための相談を受けます。その場合、中央会は、これまでの経営指導のノウハウを活かし、内部統制強化にリーダーシップを発揮していただきたい。
 また、農水省、金融庁、全中、公認会計士協会の4者で、農協が監査法人を選ぶにあたっての留意点について「JA常勤監事協議会研究レポート」をまとめました。参考にしていただきたい。農協が監査法人を選ぶ場合は、なぜこの法人を選ぶのかを説明できることが重要です。また監査法人を公募するという農協もありますが、その場合も、公募していることが、ちゃんと分かるようにしていただきたい。それが組合員の農協への信頼を高めることになります。
 お願いになりますが、全中監査機構のこれまでのノウハウの蓄積を新しい監査法人に引き継ぐためのしっかりした仕組みをつくってほしい。また、来年(2019年)5月、農協改革集中推進期間が終わった時点で、生産資材価格の引き下げ、農産物の有利販売などの自己改革で、農家の所得向上のためどれだけ頑張ったか、いったん総括しなければなりません。そのため、一つでも多く取り組み、組合員の評価を高めて、頑張っているよということを組合員に示してほしい。改革を評価するのは組合員です。
 農業者が農協を利用するかどうかが物差しです。その意味でも公認会計士監査は経営改善の一助になるのです。農協はリーダーシップを発揮し、農業者所得増大への高い評価を得て、それを農水省にバックしていただきたい。

第2節 JAの体制整備の現状と課題・対策①―本店職員で確認チーム 川島 徹 JA東京中央 リスク管理室長

はじめに

 平成29年7月に中央会・信連合同による「信用事業内部統制の整備にかかる説明会」で、取り組み概要、目的、今後のスケジュール、支援ツールについて説明を受けました。
 8月に本支店管理者を集め、公認会計士監査への移行に関する目的、今後の方向性、対応などについて説明を行い、共有を図りました。
 以後、本店職員による「内部統制整備状況確認チーム」を立ち上げ、打ち合わせを重ねながら、支援ツールの使い方や検証目線の確認を行いました。なお、今までの説明会資料や研修会資料をもとに、内部統制が導入される経緯、目的などを以下のように整理し、打ち合わせにおいて周知しました。

一、経緯・目的を整理

 ▽改正農協法によりJA全中の一般社団法人化、監査機構監査義務の廃止とともにJAに公認会計士監査が義務付けられたこと、▽公認会計士監査はリスクアプローチ手法を明確にしていることからも、財務諸表の虚偽表示に繋がるリスクのある項目・業務を対象とすること、▽内部統制に対する捉え方として、「ルールが作成(整備)されているか、そのルールに基づいて実施(運用)されているか」、加えて「リスクの抽出、それに対応すべきコントロールの理解、その理解度を高めるための指導」。そのような取り組みが重要であり、その適正実施によって「事務ミス防止や業務の効率化に繋がり、財務諸表の虚偽表示といった不祥事の防止・発見に繋がる」こと。このような考え方や目的を共通認識として、10~12月にかけて全支店の整備状況を確認する。
 年度が替わり、平成30(2018)年5月にPDCAサイクルの取り組みとして運用状況の再確認として前回10月に抽出された不備事項の改善状況を全支店臨店で行う。
 前回同様、確認ポイントを、(1)適正な事務手順に則った事務処理であるか、(2)役席者がリスクポイントを理解しているか、(3)過去の検査監査で指摘が多い事項に対して本店が指示した事項が定着しているかとし、確認結果の講評において「評価記述書は公認会計士監査目線で作成されていることから、習熟することによりリスクポイントの把握となり今後の監査対応のツールになり得ること」をあらためて伝える。
 また、今後、我々の事務レベルが公認会計士監査で問題視されない水準、すなわち監査証明を得られる水準に達することが必要と伝え、万一、監査証明が得られない場合は信用事業が継続できず、信用事業譲渡に繋がるシナリオを示し、危機意識を持たせた。
 7月には役員改選後初めての理事会でもあるため、あらためて公認会計士監査への移行、内部統制の重要性を説明するとともに、現状の取り組み、今後の取り組みについて報告するなど、随時、理事会への情報共有を図った。
 中央会・連合会が示す取り組みスケジュールは一区切りとなるが、引き続き本店職員による協議を重ね、臨店・研修を中心とした事務指導を展開し、内部統制の高度化に取り組む。

二、課  題

 ▽今回の取り組みで、本店が中心となった臨店指導体制が向上したと思われるが、この体制、取り組みをどのようにして継続していくか、▽今後の実施にあたり、確認手続を具体的にわかりやすく作成し、経験や知識の少ない管理者であっても確認できるようにする必要がある、▽しかしながら、現状、内部統制に関してシステム的なものは使用していない、▽内部統制を機能させるためには自律的に不備を抽出できる仕組み(PDCAサイクル)が重要と考える。そのためには、不備の発見機能となる「自主点検」、これを形骸化することなく効果的に行う必要がある。

三、対  策

 ▽今回の「内部統制」を一過性でなく継続的に行うには、本店所管部署による継続的な指導が重要と考える。具体的には、制定したルールや見直した事務手順について指示文書の発出にとどまらず、定着や理解度を確認するための臨店指導もしくは研修会の開催を積極的に行う、▽人事異動によって役席者が替わっていくことから、昨年度から始めた「新任役席者を対象とした信用事業の検証ポイント研修会」を、手法を見直しながら効果的に行う。
 さらに▽自主点検を形骸化することなく効果的に行うために、本店所管部署により点検項目の見直しを定期的に行う、上記の対策について「事務リスク管理委員会」を協議の場とし、中央会等のアドバイスを受けながら引き続きリスク管理室が事務局として対応していく。

四、取り組みを通じて

 ▽今回の取り組みを振り返り、各部署の臨店指導の意識が向上したと同時に、従来における事務の検証を監査室に頼っていたことに気づく。本来の事務検証とは本店所管部署が検査・監査の前に指導的観点を持って行うもの、そのような気づきに繋がった。
 さらに、▽JA東京中央の内部統制はけっして高度なものではなく、特別なシステムやツールを取り入れたものでもない。しかし、この取り組みを通じて得た「自律的に不備を抽出し、その不備について本店職員が支店に出向き、粘り強く指導する」こと。職員同士の関わりに重きを置いたこの考えを原点としていく。

第3節 JAの体制整備の現状と課題・対策② ――不断のチェックと改善を 兵藤 寿 JAあいち豊田 リスク管理課係長

一、財務諸表の正確性を

 公認会計士監査では、「財務諸表の正確性」が検証されることになり、財務諸表に係る内部統制の整備が、公認会計士監査を受けるにあたっての前提条件となります。内部統制文書の作成や会計基準の整理など公認会計士監査に向けた体制の整備状況が、監査工数や監査費用に関連し、組合の経営にも大きく影響を及ぼすこととなります。内部統制の体制整備の不備により、信用事業の代理店化への拍車がかかり、総合農協の解体につながりかねません。
 そうした背景の中、JAあいち豊田では「経営の信頼性の向上と確保」を目的に、内部統制の体制整備を役職員の責務と位置づけ、組織一丸となって取り組んでいます。
 具体的には、平成29年5月にリスク管理課を事務局として、内部統制整備にかかるプロジェクトを立ち上げて内部統制文書の作成に着手し、「公認会計士監査に対応できる体制」の構築を目指してきました。また、平成30年5月からは、公認会計士に業務委託し、一般的な立場から当組合の体制整備上の課題や会計処理上の課題等を整理し、対応策の検討をしながら取り組みを進めています。
 併せて、内部統制の体制整備を通じ、各部門、事業所の業務処理の統一化・効率化を図りつつ、職員の業務処理レベルの質的向上や定着化に向けた組織風土の醸成にも取り組んでいます。
 内部統制文書に関しては、経済部門では、作成支援ソフトを使いながら業務フロー図、業務記述書の作成を進めてきました。業務の洗い出しからはじめ、業務の流れ、内在する事務リスクや会計リスクの抽出、そして、そのリスクに対するコントロールを確認しながら“形”にしてきました。

二、RCM作成中心に

 本年度は、その形に公認会計士の目線を加え、現在はリスクコントロールマトリクス(以降「RCM」)の作成を中心に進めています。また、信用部門については、信連から支援ツールが提示され、既存の事務統一手続きと双方で監査に対応できるとし、内部統制文書の作成不要との考え方で整理されています。
 しかし、信用部門で支援ツールによる巡回点検を行ったところ、現場から、「会計に影響がある項目のみのリストアップにとどまるため、店内周知が難しい」との声もあり、既存の事務統一手続きと支援ツールで監査に対応できる体制をつくることは困難であると判断し、説明できる体制とするためにRCMを作成することとしました。現在、県連が提示した支援ツールを基に、「説明できる体制」に必要な項目を追加記載し、RCMの作成を進めています。そして、共済部門についても、県連合会からチェックリストの提示を受けました。
 共済部門では、業務が多岐にわたることから内部統制文書の容量が多くなること、年2回の仕組み改訂がなされることから、内部統制文書の更新を頻繁に行わないといけないこと等の課題があり、公認会計士と共済部門と事務局で協議した結果、県連が提示したチェックリストを基にRCMを作成していくこととしました。各部門の業務に関し、RCMを整備し、監査を受ける側・する側の双方にとってスムーズに監査ができるような体制を目指しています。
 会計基準に関して、当組合では中央会からの指導を基に処理しています。公認会計士監査では中央会の指導を踏まえて、JAとして、「何を根拠に」、「どういった判断をしたのか」を説明できることが重要となります。現状の処理方法が一般的に公正・妥当と認められる会計基準に則しているか等を公認会計士に確認しながら、課題の把握と、その対応について検討している最中です。
 とりわけ、減損会計については、組合の経営に大きな影響が及ぶこととなります。一般資産と共用資産を区分けする判断基準や事業所ごとの損益が管理できる体制の整理などの課題があり、その対応を検討しています。今後、収益低下が見込まれる中、先を見据えた対応を考え、健全かつ適正な会計処理を通じて、経営の信頼性の向上を目指しています。
 内部統制整備に関しては、体制を構築したら終わりではなく、PDCAサイクルが重要となります。JAあいち豊田の今後のスケジュールとしては、公認会計士によるウォークスルー調査や運用テストを通じ、内部統制文書の精度を高めるとともに、内部監査および主管部署によるチェックと指導・改善を繰り返しながら、公認会計士監査に対応できる体制の醸成に取り組んでいきます。

第4節 JAの体制整備の現状と課題・対策③ ―事業別に本店へ機能集約・システム化によるIT統制へ 澄田貴 JAしまね リスク管理部担当部長

はじめに

 平成27年3月に県内11JAと県域連合組織(監査機能および代表調整機能等を除く中央会機能、信連、全農県本部のうち県域機能)が統合し、県域1JAとなりました。
 運営の基本として、本店では事業特性をふまえ、「集約と効率化」を兼ね備えた県域全体の事業展開を進めるとともに、旧JA単位に置く地区本部を組織・事業の拠点として地域特性を生かした事業運営を基本とし、地区本部損益管理を行っています。
 事務処理体制は、信用・共済事業は業務手順が統一されていることもあり、県域で事務の集約化を順次すすめてきているものの、経済事業では、事業が多岐にわたる上、地区本部ごとに事務手順・処理方法が異なり、一本化しきれていない状況となっています。

一、取り組み経過

《平成28年度》リスク管理部門に内部統制担当者を設置し、経済事業を最優先に内部統制整備に着手した。
 ▽28年時点での手続書等の作成状況の確認。
《平成29年度》内部統制整備方針を策定し、公認会計士監査に向け内部統制整備に取り組んだ。
 ▽財務諸表に影響の大きい主要事業の業務について、手続書が事務処理とかい離している場合の修正および未作成の場合の新規作成、▽財務諸表にかかる内部統制のキーコントロールを選択し、統一的な手順として事業ごとに「業務フローとチェックポイント」の作成。
《平成30年度上期》内部統制文書をもとに運用評価および要改善事項の是正に取り組んだ。
 ▽「業務フローとチェックポイント」をもとに、運用評価のためのチェックリストを作成、▽中央会、JA監査部およびリスク管理部による評価チームの編成、▽運用評価実施にあたり、モデル地区本部を選定し公認会計士の評価を受けることで、チームメンバー全員による評価目線を確認、▽全地区本部を対象に主要事業の運用評価を開始、▽運用評価の結果、要改善とした項目について対象部署に対する是正要請。
《平成30年度下期》引き続き運用評価の継続と、要改善事項に対する是正状況の確認作業の実施を予定している。

二、公認会計士監査に向けての課題と対策

 平成31年度というゴールが決まっている中、当JAの置かれている現状をふまえ、次の3つのポイントを押さえたうえで、それぞれの課題を明らかにし当面の対策を講じることとした。

ポイント(1) 内部統制文書の整備

(1)課 題
 ▽主要事業の業務手順・手続きが旧JAから引き継がれたままであり、県域で統一されていない、▽日本版SOX法(J・SOX)の系統への導入を見越して、過去に内部統制支援ツールを使って整備された内部統制3文書がそのまま運用されているため、更新が複雑で現場で対応しきれていない、財務報告に関連しない項目(法令関係手続きあるいは不祥事対応等)もあるため、手続書が広範囲にわたっている、「業務フローとチェックポイント」で明示したキーコントロールが手続書に反映されていない。

(2)対応策
 ▽当面は財務報告にかかるキーコントロールを反映した統一的な「業務フローとチェックポイント」による監査対応。ただし、地区本部ごとに独自対応もあるため、現時点では必要に応じ地区本部別に加筆せざるを得ない、▽手続書は必要な時にひも解く手引書的な役割として、その都度修正をかけることとし、事務手順の統一化、システム統合等にあわせ、最終的には一本化。

ポイント(2) 内部統制文書に沿って適切に運用するための仕組み構築

(1)課 題
 ▽「業務フローとチェックポイント」による各事業の運用評価の結果、形式ではよいが、実質において適切に運用されていない。(※形式=帳票の記載や押印の漏れがないか等の確認。実質=帳票の何を確認しているか、どのような点に留意しているか等の確認)▽複数地区本部で同様の要改善事項が散見されたことから、当該事業にかかるキーコントロールが正しく理解、運用されていない。

(2)対応策
 ▽本店事業部門による地区本部に対するキーコントロールの徹底、▽本店および地区本部内部統制担当部署によるモニタリングの強化と、要改善項目に対するアフターフォローの実施、▽監査部門による定期的検証。

ポイント(3) 内部統制の必要性を認識するための職員啓発

(1)課 題
 ▽内部統制整備に関して必要性の認識が薄く「負担感」「やらされ感」が強い、▽内部統制の必要性はわかるが、具体的に何をしておけばよいか分らない。

(2)対応策
 ▽内部統制整備を解説した資料をもとに、地区本部役職員研修会等での啓発、▽事業部門担当部課長会議等での運用評価結果報告と対応策の検討、実践。(※内部統制の必要性について職員が実感できるのは、事務ミス・不祥事対策についての内容であり、コンプライアンス研修会等を通じて内部統制に対する共通の認識を持たせる手法も必要)。

三、今後の取り組み

 当面は内部統制の定着化を目指し、上記3つのポイントにある課題を着実に克服しながら、不備の解消と適切な運用を徹底することで、公認会計士監査に対応することとしている。
 今後の取り組みとして、次期中期計画策定にあたり事業ごとに本店へ一定の機能を集約するとともに、事務手順についても統一化を進めることとしている。
 情報システムに関しては、購買・販売事業など基幹系システムの再構築、地区本部ごとに運用している拠点系システムの統合、本店・地区本部間のデータ連携機能の強化等に取り組み、JA全体の事務の省力化・均質化・高度化を目指すこととしている。
 システム化によるIT統制の充実は、手作業による非効率性や事務リスクを低減させ、内部統制の目的の一つである「事業の有効性および効率性」に寄与するとともに、名実とも1JAとして機能することになるという点において、その役割は大きい。こうした取り組みの成果として、監査時間の抑制が可能となり監査費用の削減が期待できると考える。

第5節 会計監査人選任にあたっての評価ポイント 戸津禎介 有限責任監査法人トーマツ JA支援室

はじめに

 農協法の改正を受けて2019(平成31)年10月1日以降、農協等の会計監査は従来の中央会監査から公認会計士監査に移行されることになりました。公認会計士監査の受監に向けて、いよいよ多くの公認会計士や監査法人(以下監査法人等)から会計監査人を選任することが必要な時期となっています。
 具体的な選任は、日本監査役協会の『会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針』やJA全国監事協議会の『監事が農協等の会計監査人予定者の選定において留意すべき事項』等が公表されており、これらに従って進めていくことが通例と考えられます。
 選任プロセス自体の説明は、平成29年10月の講演で説明しましたので、本論では、実際に会計監査人選任の場でいただいた質問をもとに、会計監査人の選任を進めるための具体的な留意点を伝えることで、選任に向けての理解の深化や、系統全体に蔓延しているよくある誤解の解消を目指します。
 具体的な話をする前に、改めて農協等の会計監査人の選任にあたっては、透明で的確な選任過程を経ることの必要性を再確認させていただきます。選任にあたっては、透明で的確な選任過程を経ることで、監事、役員の説明責任を果たすことが重要になると考えます。
 具体的には、組合員に対して、監査品質はもとより、組合経営に資する監査法人等を会計監査人として選任したのだと説得的な説明を行い、特に外部(政府、マスコミ等)の目を意識し、現状維持ではなく、自己改革を進めるため適任の監査法人等を選任したことを主張できるような選任をすることが重要と考えます。
 このような透明で的確な選任過程を経ることの重要性は、ここ数か月で急激に高まっており、以下のような背景があるものと考えられます。
 ◇既定路線に従い会計監査人を選任するとしても、十分な検討をせずに選任してしまうと、農協改革が骨抜きになっているとの批判を受ける恐れがあるとの周知が進んでいる。
 ◇今後、農協の経営環境が厳しくなることが見込まれるなかで、単に財務諸表を批判的に検討するだけでなく、経営課題の解決に向けて示唆を与えてくれるような指導的な機能を発揮する会計監査人に対する期待が高まっている。
 ◇農林水産省による報酬調査の公表や監査法人等による具体的な提案活動が進んだ結果、監査報酬の水準が想定より高くなる恐れが高まった。
 ◇会計監査人の選任過程を常例検査の対象にする可能性が出てきている。
 ◇透明で的確な選任過程を経ることの必要性を十分に認識いただいたところで、実際に会計監査人選任の場で、各農協からよく質問のある8つのポイントに絞って具体的な話をさせていただきます。

ポイント(1)「品質管理」
 品質は監査の根幹をなすものであるため、監査品質の水準は関心が高い領域です。監査の品質は、見た目で良し悪しの判断が難しく、通常、監査法人の提案書には品質管理体制に関する膨大な情報が盛り込まれることから、見極めるべきポイントを絞り込む必要があります。
 審査担当のパートナーの設置や難易度の高い事案の解決をサポートする機能があるか、などの仕組みの有無に加えて、過去の金融庁(公認会計士監査審査会)や公認会計士協会の検査結果を確認することが最低限確認すべきポイントと考えられます。

ポイント(2)「情報セキュリティ」
 監査は多くの秘匿情報を扱いますが、近年、監査法人による情報漏えい事案が少なくありません。そのため監査クライアントは、監査法人に重要情報の管理体制を整備・運用することを求める傾向が強まっています。見極めのためには、情報セキュリティマネジメント規格の取得状況など、情報セキュリティ強化に向けた取り組みを確認することが有用です。

ポイント(3)「業界理解」
 公認会計士監査はリスクアプローチにより行われます。リスクを正しく把握して、リスクに対応する監査手続きを立案して対応するわけですが、リスクを把握するためには、総合事業の理解も必要ですし、そもそも株式会社と協同組合の違いを理解しておくことが必要になります。
 今まで一般事業会社ばかり監査していた公認会計士が協同組合や総合事業に対する基本的な理解を持ち合わせていないのではないかとの不安は大きいようです。系統への業務提供等の実績を把握することで、不安が顕在化しないことを確認することが考えられます。

ポイント(4)「非監査業務」
 農協を取り巻く今後の厳しい経営環境に鑑みれば、公認会計士が持つ知見を経営に活用していくことは有用であり、会計監査だけに限られてしまうことは実にもったいないと感じます。多くの農協では、公認会計士からの様々なアドバイスを期待していると思われますが、会計監査人が非監査業務を提供してはいけないとの誤解が蔓延しています。
 まずはこのような誤解を正すことが重要ですが、一方で非監査業務の提供を志向しない公認会計士がいることも事実です。公認会計士の知見を今後の農協経営に活用していくために、非監査業務に対する考え方や知見の有無を確認することを勧めます。

ポイント(5)「業務監査」
 これまで業務監査が農協経営の高度化に貢献してきたことから、今後公認会計士監査に移行した場合に業務監査の取り扱いがどのように変化するのかが大きな関心事になっています。公認会計士監査は会計監査を目的としているため、農協から特段の要請を受けない限り業務監査は実施されません。公認会計士の指導的機能の発揮や非監査業務の提供を通じて代替されていくものと考えられます。

ポイント(6)「是正指導」
 監査はJA全国監査機構、指導は中央会という歴史からか、公認会計士監査になったら公認会計士は指導機能を発揮してくれなくなるとの誤解をよく耳にします。公認会計士によって、指導的機能を発揮するための意思・能力に差があることも事実ですが、少なくとも指導機能の発揮は制限されるものではありません。
 どの程度指導機能の発揮が期待されるのかを、意思や能力の点から見極めることを勧めます。せっかく公認会計士監査が導入されるのですから、公認会計士を経営課題の解決に役立つ存在として取り込んだ方がよいことに異論はないと思われます。

ポイント(7)「監査チーム」
 悲しい事実ですが、監査は誰がやっても同じということはなく、監査法人、もっと言ってしまうと、だれが担当するかによって監査のスタイルは大きく変わってきます。提案書では通常、監査担当者の氏名や担当者の経歴が記載されますし、プレゼンテーションの場を通じて個性を見極め、自らの組織に合うスタンスの公認会計士であるかを見極めることが重要です。

ポイント(8)「監査報酬」
 監査報酬は、最も関心が高い項目であり、多くの質問が寄せられています。内訳ごとの監査時間の合理性を確認することはもとより、次のような大前提を確認し、実質的な負担を理解することが重要と考えます。
 (1)監査時間および監査報酬は、概算なのか確定なのか?
 (2)監査時間および監査報酬は、工数のかさむ初年度を前提にしたものなのか、数年後の安定的な状況を前提にしたものなのか?
 (3)初年度特別価格で、2年目以降報酬が上がる可能性はないのか?
 (4)非監査業務が提供されている場合、監査報酬に取り込まれる部分はどれくらいあるのか?
 以上のように、監査人選任にあたっての具体的な留意点を説明しました。冒頭に申し上げたとおり、会計監査人の選任の目的は組合員のために現状維持ではなく、自己改革を進めるため適任の監査法人等を選任することにあります。その目的を忘れることなく、上記の留意点を踏まえ、各農協がベストな会計監査人を選任いただくことを強く祈念します。

意見交換 監査は財務諸表に限定―非監査業務は別契約で

 澄田(JAしまね) 公認会計士監査では、手続き書が必要なのでしょうか。当JAでは、 全中が示すチェック項目を中心に対応したい。手続き書をそろえろと言われても無理。監査法人からみて、どのように対応すればいいのでしょうか。
 戸津(監査法人トーマツ) 監査の効率化、ひいては監査費用の低減のためには、何らかの文書化が推奨されます。といいますのは、もし何らの文書もない場合、監査人からの質問に対して全て口頭で回答しなくてはなりません。これは監査を受ける側もする側もある程度の非効率が生じます。RCM(リスクコントロールマトリックス=財務報告に係わるリスクとリスクに対応するコントロールを対比して一覧化したもの)や全中・中央会で推奨する「業務フローとチェックポイント」など、何らかの文書の用意が望ましいでしょう。
 公認会計士監査は決算書のどこに間違いがある可能性があるのか(リスク)から逆算して監査をする事務手続を特定します。そのため、リスクをどのように低減できているかをある程度説明できることが重要です。
 福間(新世紀JA研究会) トーマツさんの報告で、会計監査法人選任の手順について説明がありましたが、全国のJAのなかで、この手続き踏んでちゃんとやれる農協は、どの程度あるのでしょうか。
 戸津 説明した手順はあくまで目安であり、日本監査役協会の実務指針を参照したものです。ポイントは監事が対外的に合理的に説明できるか、であり、その意味ではどこのJAでも何らかの方法で選任理由をまとめられると考えています。
 福間 監査の結果、監査意見が出せないということはあるのですか。また、公共性が高いということで、農協では信用事業を別にするべきだというような監査意見が出るようなことはあるのですか。
 戸津 まず前段については、一般事業会社では大規模な粉飾が発見された、あるいは企業と会計監査人との間で会計処理の見解に不一致が生じて解消できないなどの理由で、適正意見が出ない事例はあります。監査論としては農協監査でも可能性はゼロではないですが、相当に低いのではないかと考えています。
 後段については、公認会計士監査はあくまで決算書が正しいかを確かめることが目的ですので、そのような指摘をする制度ではないとご理解ください。
 白石(東京農業大学) 会計監査人は非監査業務はやらないという話があるが、内容的には重なる部分もあるのでは。
 戸津 公認会計士監査は批判的機能と指導的機能の両輪で成り立っています。そのため、監査の過程においては批判的機能により課題を発見しつつ、監査を受ける側が独自での改善が難しい場合には、指導的機能を発揮して改善に役立つ助言をすることもあります。これは会計監査に付随する非監査業務といえる場合もあるかもしれません。
 このほか、独立性を害さない範囲での非監査業務も一般事業会社では広く行われています。責任や業務の範囲を明確にするため、会計監査契約とは別に非監査業務を契約する場合も多いです。
 寺田(JAあいち豊田) 愛知県でみると、中央会の指導力が強く一体感ある取り組みをしていますが、トーマツさんからみて、ちょっと違うことやっているな、と感じられるところがありますか。
 戸津 目的が達成されれば、その方法は様々で問題ありません。会計監査人と相談・協議をして進めれば問題ないと思われます。
 藤川(JA下関) 信用、共済はある程度進んでいますが。営農経済は手つかずの状態です。山口県は12農協が1県1農協をめざしていますが、それぞれの農協のやり方を合わせるのではなく、全く新しいやり方が早いのではないかと思っています。
 澄田 1県1JAの経験として、条件の違う農協を一括りするのは難しい。最低のところは抑えておく必要があります。合併して一つのやり方でというのは分かりますが、公認会計士と相談し、ここだけはというところを抑え、その後システム統一を進めていくという長い目が必要ではないでしょうか。
 福間 信用事業兼業は必要です。しかし監査の目からみて、経済は千差万別なので、難しい。兼営している組織についての監査意見はどうなるのでしょうか。
 戸津 繰り返しになりますが、公認会士監査では、信用事業を分離せよというような提言はしません。
 井上(監査法人トーマツ) 農協は信用譲渡すれば、会計監査を受監しなければならない義務はなくなりますが、政治的にそういう流れができないように内部統制をしっかりやる必要があります。つまり、内部統制ができていない農協の監査を引き受けると、監査法人そのものも問題になります。このような共倒れは避けなければなりません。
 宮永(JAはだの) 3月決算以外の農協は公認会計士を選任するための時間がもうあまりありません。内部統制ができていないとどうなるのでしょうか。
 戸津 農協は上場企業ほど内部統制が義務付けられていません。従って、個々のJAが、重要なところをきちんと抑えておけばいいのではないでしょうか。
 宮永 本当にしっかり対応できるのか。監査難民が出ないようにしなければならない。JAは内部統制が法制化されていないから、それでいいというものでもない。
 荒井(JA東とくしま) われわれのように山村を抱えたJAでは、所得向上のため総合事業は不可欠です。経営効率化のため支所・店舗の統廃合を進めていますが、施設を地域の活性化に活用したいと思っています。そうした中山間地帯については、法的措置についてもいい知恵はないか考えています。
 白石 何のための監査か。組合員のため、社会をよくするための協同組合の監査だということをこれから考えていく必要があると思います。
(発言者の敬称・肩書きは略しました。以下同じ)

第2章 JA経営の危機と対応(信用・共済事業)
第21回課題別セミナー・2018(平成30)年11月1日

第1節 最終決戦の地域金融 総合サービスで差別化を 谷山宏典 JAバンク中央アカデミー 系統経営層・経営戦略研修会講師

一、国内金融機関の動向

 国内金融機関の最新状況に目を向けると、地域金融は最終決戦フェーズを迎えています。日銀および金融庁は低金利での貸し出し競争を問題視しており、これらリスクに比べ低金利な融資による景気悪化時の損失拡大懸念を表明しています。
 地域銀行は貸し出し利鞘の縮小を貸し出し残高の増加で補おうとしているものの、 資金利益は継続的に減少しており、また本業(貸出・手数料ビジネス) の利益は悪化継続、2016年度決算では地域銀行の過半数が本業赤字でした。過熱的な投融資の拡張は、将来の景気の下押しにつながりかねないとみられています。「地銀の7割は5年後に赤字」(金融庁)との調査報告もあり、地方金融機関のあるべき姿が問われているといえます。
 そもそも、銀行業は資産規模が大きいほど経費率が低い、規模のビジネスという事業特性を有しています。国内において比較的競争優位を保っているいくつかの事例(富山第一銀行・香川銀行・北國銀行・南日本銀行・佐賀共栄銀行)を研究考察すると、規模の経済に起因するコスト削減は必要条件として、量や金利競争といった銀行本位の戦略からの脱皮を模索している点が特徴的です。
 より具体的には、(1)徹底的なコスト削減努力に基づく店舗改革・事務効率改善・キャッシュレス・フィンテック活用、(2)中小企業の本業支援を強化すべく経営計画立案サポート・コンサルティング・協業、そして(3)顧客本位目線での個人ローンアドバイス・資産運用・預かり資産活用、などが特徴的でした。
 コスト削減という必要条件に加え、十分条件として、全ては「顧客・利用者・組合員に役立つ、頼りになる、安心できる、拠り所になる」と強く感じてもらうことで初めて「無いと困る金融機関」と呼ばれる存在になるということであり、その結果、金融機関が生きるための収益を稼がせていただけるという発想を持つことが重要であると考えられます。
 キーワードとしては、顧客中心主義、カスタマーセントリック、顧客本位、CSV(共通価値の創造)、顧客の購買代理(バイヤーズ・エージェント)、フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)などが挙げられ、金融機関は勝ち残りのための本質思考が問われています。

二、脱皮できぬ蛇は死ぬ

 では、このような時代において、JAバンクはどうあるべきか。革新への道としてどのようなものが考えられるか。その答えは「脱皮できない蛇は死ぬ」です。「失われた26年」と言われるように、日本経済がバブル崩壊の後始末やデフレで苦しんでいる間に、世界は先に行ってしまった。デジタルトランスフォーメーションによる競争環境の変化により業界を隔てる境界線が消滅し、あらゆる業界で技術のディスラプション(創造的破壊)が起きています。
 各メガバンク共に店舗縮小・人員削減に着手しており、アマゾンやフェイスブックといったテクノロジー企業による金融業参入も時間の問題とみられるなか、我々が目指すべきは、他社では手に入らない違うものを作れる組織・企業となること、つまり、決して規模は一番ではないが、付加価値で勝負、差別化できる組織・企業となることです。規模のビジネスという銀行業の事業特性の中、コストリーダー戦略で戦えるJAは例外的であることを強く認識することが求められています。
 「ピンチはチャンス」です。変化と言うのは断層のように突然、大きく現れるものであり、今まで通りではピンチの奈落に落ちてしまいますが、一方、このピンチも見方を変えれば、高齢者ビジネスや生きがい・高齢者就農、未病と健康、食事と運動、安心安全の食を求める消費者志向、田舎の価値向上など、我々にとっては千載一遇のチャンスといえるのではないでしょうか。
 あくまで金融の面から最近のJAの状況を観察させていただくと、単協ごとに個体差がつきつつあると見受けられます。コスト削減の取り組み(店舗統廃合、ATM)、非金利競争への取り組み(非金利で成長)、ローンのクロスセルへの取り組み、相続の総合対策、賃貸住宅総合取引(稼働率アップ)、資産運用(資産形成層)対策への準備、部門間連携の当たり前化(TAC営農、生活)、地域住民の農業応援団化(シニア就農、直売所充実)、人材意識改革(CS、営業力強化、中央アカデミー、ブロックシンポジウムの積極利用)などへの取り組みレベル差異が結果として違いを生んでいる要因であると推測されます。

三、超おもてなし経営も

 JAの付加価値、差別化を考える切り口としては、以下の3つ、つまり「お財布シェアの最大化」、「超おもてなし経営へホスピタリティ」、「総合サービス提供」が考えられます。より具体的には、商品で差別化せずアドバイスや提案サービスで差別化、決済・貯金や融資・ローンおよび資産運用・資産形成商品を軸としたクロスセルの徹底、お客様ロイヤリティの徹底追求、基本に忠実だが飛び抜けたサービス品質を志向、総合事業から総合サービスへ(情報の集約点である信用の機能拡張、発揮)などを提言させていただいています。

第2節 JA信用事業にかかる現状と今後の事業戦略 後藤彰三 農林中央金庫 代表理事専務

一、JAバンクを取り巻く環境認識

 JAバンクを取り巻く環境については、人口減少・高齢化による農業構造の変化や事業基盤の縮小、マイナス金利の長期化による資金収支の悪化等、構造的に厳しい状況にあり、将来にわたって続くことが想定されます。
 一方、他業態においても厳しい経営環境は同様であり、地銀・信金等による経営統合・合併、業態を超えた事業連携、デジタルイノベーションやAIの活用による要員捻出・強化部門への投入等の動きが見られ、さまざまな角度から事業戦略を模索している段階にあります。JAバンクとしても、将来の勝ち残りをかけて、速やかに事業変革を進めていく必要があります。
 また、各県域・JAが創意工夫のもとに進めている「自己改革」については、農協改革集中推進期間の期限である平成31年5月まで、残り約半年となるなかで、その成果を確実にあげるとともに、組合員・利用者との対話や幅広い情報発信等を通じて、地域のより多くの方々に、JAグループの取り組みを認知・理解いただく必要があります。
 併せて、収支環境が大きく変動するなかにあっても、各事業が持続可能な収益構造を構築するために「信用事業運営体制のあり方」を検討することが必要と認識しており、各JAにおいて検討をお願いしています。今後の収支見通しを踏まえながら、事業変革に向けた具体策の検討・議論を十分に行い、どのような体制(総合事業体を継続、合併等の組織再編による経営基盤強化等)のもと、どのような変革を行っていくのかをJA中期経営計画等に反映し、平成31年5月までに結論を得ることが必要となります。
 
二、JAバンク中期戦略(2019~21年度)

(1)はじめに

 JAバンクでは、JAバンク基本方針に定める総合的戦略として、3か年ごとに「JAバンク中期戦略」(全国戦略)を策定しているが、本年度(2018年度)が、2019~2021年度の次期JAバンク中期戦略(以下、「次期中期戦略」)を策定するタイミングにあたり、これまで信連等と検討・協議を重ねてきました。
 次期中期戦略の策定にあたっては、2022年度以降に予定している店舗事務の改革(新たなシステム導入による手作業事務の自動化等)や、日々進化を続けるデジタルイノベーションの活用等を通じて、JAバンクが、社会・環境の変化へ適切に対応し、農業・地域に新しい価値を提供し続ける姿を将来像に置いたうえで、今後3か年で取り組む施策について整理を行いました。

(2)次期中期戦略の概要

 次期中期戦略では、総合事業としての強みを発揮しながら、組合員・利用者目線による事業対応を徹底するとともに、持続可能な収益構造を構築することで、農業・地域から評価され、選ばれ、必要とされる存在であり続けることを大きな方向性としています。
 このため、次に掲げる4つの柱について、重点的に取り組んでいきます。

 ▽一つ目の柱「農業・地域の成長支援」
 農業者の成長ステージに応じた資金供給はもとより、販路拡大や経営管理高度化といった経営課題に対する幅広いソリューションの提供等を行っていくことで、農業者の満足度向上に取り組み、農業所得増大および地域活性化を実現します。

 ▽二つ目の柱「貸出の強化」
 農業融資やJAバンクローンなど農業・地域の資金ニーズへ適切に対応するとともに、貸し出しの維持・伸長を通じて収益確保に取り組みます。
 具体的には、貸し出し実施体制の整備や人材育成の強化などを通じて、資金ニーズへの対応力を強化し、金融仲介機能を発揮していくことで、農業融資シェアや貯貸率を維持・向上させ、農業・地域への貢献と一層の存在感発揮を目指します。

 ▽三つ目の柱「ライフプランサポートの実践」
 これまでの、ともすれば貯金単品の獲得を目的とした「集める」取り組みは取り止め、年金・給振等を通じて貯金が「集まる」構造への転換をはかり、利用者基盤を維持します。このような「集まる」貯金を入口・きっかけに、組合員・利用者のライフプランやニーズに立脚した金融商品・サービスの提案を徹底します。
 具体的には、投資信託・相続相談等の提案態勢を構築したうえで、組合員・利用者のライフイベントや希望する人生設計に合わせた資産形成・資産運用の提案等を通じて、組合員・利用者との関係深化を目指します。

 ▽四つ目の柱「組合員・利用者接点の再構築」
 店舗事務の改革等を通じて機能別に再編する、店舗類型の将来像を見据えながら、今後3か年で、合理化が必要な店舗・ATMの再編や店舗機能の見直しに取り組みます。
 また、再編を契機として、ライフプランサポートの実践を意識した渉外態勢の構築・再配置や、店舗における相談機能の強化等に並行して取り組むとともに、デジタルイノベーションを活用した非対面チャネルの強化を進めることにより、組合員・利用者の利便性・満足度向上とローコストな事業運営の実現を目指します。
 また、上記の実践にあたっては、金融機関標準の適切な内部管理態勢構築、およびJAバンク基本方針等の枠組みに沿った健全性確保が前提であり、組合員・利用者の信頼確保に向けて、継続的に取り組んでいきます。

 全国が取り組む方向性として次期中期戦略をまとめましたが、地域における課題はさまざまであり、各県域・JAにおいては、将来の収支見通しや地域特性に応じた施策の具体化・重点化、独自施策の追加等を行い、実効性の高い県域戦略・JA中期経営計画等を策定のうえ、実践体制を整える必要があります。
 農林中金としては、それらの確立に向けた検討が、「信用事業運営体制のあり方」について十全な結論を出すことにもつながると考えており、引き続き、サポート・フォローに注力していきたい。

第3節 「ひと」の保障をさらに 保有契約維持で経営安定 有長光司 JA共済連 常務理事

 これから共済事業の現状と取り組みについて報告します。
 今日の少子高齢化は共済事業にも大きな影響を与えています。人口が減少するなかでも共済や保険はそれなりに普及していますが、必ずしもすべての人が保障に加入しているわけではありません。例えば、同じ世帯で共済にご主人だけ加入していてご家族は加入していないケース、また組合員であっても共済に加入していないケースなどが見られます。
 そうした人にどうやって契約していただくかがポイントです。新規でJA共済に加入した人、これを共済連ではニューパートナーと呼んでいますが、平成29年度ではこのニューパートナーは32万人でした。これは当初目標の62・8%にあたります。共済以外の民間の保険もありますが、まだまだ頑張らなければ、と思っています。
 また、共済連では3Q運動で全戸訪問活動を展開しています。この運動で、平成29年度には547万世帯を訪問しました。これは目標の97・5%にあたります。
 そのなかで、「ラブレッツ」の活用を進めています。「ラブレッツ」とは、共済事業で使っているタブレット端末ですが、これにより共済契約の流れをわかりやすく説明することができます。いろいろな事務手続きが短時間ででき、JAの契約処理が効率的にできるようになります。この端末について、いま普及に努めているところです。
 JA共済は「ひと・いえ・くるま」の3本柱が基本です。自然災害が増えるなかで、「いえ」の保障はかなり普及が進み保障が拡大しました。しかし、「ひと」の保障に関しては必ずしもまだいきわたっていないのが実情です。

 次に平成29年度の主要な事業の実施事項についてですが、現在、地域活性化に向けた地域貢献活動の取り組みを強めています。農業分野では担い手サポートセンターへの活動支援、直売所への施設助成、無人ヘリコプターの導入支援などを行い、平成29年度には、前年度より65・5%増の1825件の活動を行いました。農業以外でも、同じく前年度より34・8%多い2414件の活動を実施しました。また共栄火災と連携して個人農業者・担い手経営体への保障提供、個人農業者への保障(農業者賠償責任保険)提供なども行っています。

 一方、事務の軽減化も大事です。JA全体の事務を100%とすると、共済の事務にかかる時間は18・8%です。その事務のなかでも新契約事務や、毎月の掛金収納などの共済事務が約半分を占めています。その部分に「ラブレッツ」を利用することで時間短縮を進めます。
 「ラブレッツ」でペーパーレス、キャッシュレスによる処理が実現すると事務負担が大きく軽減できます。平成29年度末では「ラブレッツ」の活用により21%の業務負担を減らすことができました。対象を拡大するとさらに10%の業務量削減が可能となり、全体でおよそ30%の削減ができるとみています。
 例えば書面での契約申し込み処理が30分かかるところ、「ラブレッツ」だと事務所に戻る必要がなくなることに加え、10分ちょっとで処理を終えることができます。現在、JAでは共済の事務処理の概ね70%から80%がペーパーレス、キャッシュレスで処理されています。旧契約の変更など、まだペーパーレス対応できていない部分もありますが、今後順次進める予定です。

 次に経営収支ですが、生命総合共済・建物更生共済合計で平成27年度新契約高が18兆3000億円、平成28年度の新契約高は17兆6000億円でした。また、平成29年度には建物更生共済の転換が増えたこともあり、新契約高は32兆円となりました。一方、保有契約高は27、28、29年度でそれぞれ273兆円、267兆円、259兆円と、すこしずつ減っています。新規契約も大事ですが、保有契約を維持することも重要です。
 支払共済金で変動が大きいのは建物更生共済です。平成28年度における建物更生共済の支払共済金の額は2300億円余りでした。これは熊本地震など、自然災害によるところが大きく、翌平成29年度の建物更生共済の支払共済金の額は平成28年度の約半分になっていますが、今年度については、あちこちで台風被害や豪雨などの自然災害が増えていることから、今年度の支払共済金の額は平成28年度に近い金額になるであろうことを考えておく必要があります。
 次に運用です。しばらく低金利が続いていますが、共済の保障期間は長いので、それほどの影響はありません。ただし、公社債利息収入の減少等により正味財産運用益は減少し、正味運用利回りも低下しています。平成29年度の正味運用益は9589億円を確保、正味運用利回りは1・75%でした。
 共済事業の基礎利益は「費差」(予定していた事業費と実際にかかった事業費の差)、「利差」(予定利率に基づく予定利息と実際の運用益の差)、「危険差」(予定していた事故共済金と実際の事故共済金の差)からなり、このなかから契約者割り戻しを行います。平成29年度の基礎利益は7463億円。内訳は費差が1188億円で、利差が886億円、危険差が5388億円でした。
 平成30年度の割戻し率は費差、危険差は据え置き、利差は公社債等の利回りの低下を踏まえ、1・70%から1・60%への引き下げ、また会員への出資配当も1・80%から1・75%への引き下げとなりました。
 配当以外には、奨励金で各種の助成措置を講じております。平成27年度から100億円規模の特別奨励を実施し、平成28年度からは共済証書等の契約者への送付を連合会から直接行っています。これにより郵送経費を連合会が負担することからJAの手間に加えコストを省くことができます。同じく平成28年度から地域・農業活性化積立金を創設し、JAが行う地域・農業活性化の取り組みに助成するなど、さまざまなお手伝いをしています。
 平成30年度事業計画では、(1)事業基盤の確保と「ひと」保障を中心とした取り組み強化、(2)共済事業としての自己改革の着実な実践、(3)事業を取り巻くリスクへの対応力強化、の3つを基本方針に掲げています。
 平成30年度は、29年度に引き続き、少子高齢化のなかで十分保障されていない、「ひと」の保障を拡大するとともに途中解約を防ぎ、保有契約底上げのため、地域・エリアの特性に応じた推進を進めていきます。その活動の中心はLAです。LAへの指導、サポートにかかる取り組みを進めるとともに新しい技術を順次取り入れ効率化を進める方針です。

第4節 地域・准組合員とともに“食料農協”目指す 宗 欣孝 JA福岡市 代表理事専務

一、JAの概況

 JA福岡市は、都市型JAとして、人口約158万人の福岡市の8割程度をカバーしているJAです。市内には、もうひとつのJA、JA福岡市東部があります。JA福岡市管内は、天神や中洲といった市街地もあれば、農村地域、中山間地もある、とてもバラエティーあふれる活気ある地域です。
 JAの正組合員は、平成30年3月末で6578人、准組合員3万2690人、計4万人ほどです。女性の比率は高いものとなっています。平成10年ころ、組合員減少という状況を認識し、平成12年から「組合員加入促進運動」を展開してきた結果、拡大の一途です。今次3か年においては、准組合員規制がどうのこうのと言われていますので、既成事実化というか、それまでの倍の目標で進めています。
 今後は、准組合員の意思反映をどうするかについて改革していきます。ただ、准組合員にも、いろいろあります。正組合員の分家、離農した方、土着型で昔から取引のある方、この方々はある程度、JA運営にも興味があると思いますが、そうではない准組合員もいるでしょう。そこを分類して制度設計を行う必要があると考えます。
 支店数は32です。発足56年になりますが、支店統廃合は1度も行っていません。そのうち22は母店で、合併前の村の農協です。10は戦略的に配置した子店です。統廃合してこなかったということは、まあ贅肉を残している状況ですから。こういう厳しい環境下、今後は「母子店一体化」という取り組みを進めていく予定です。母店と子店は、組織は一つですから、なんとかやれると思います。統廃合という言葉は使いません。
 職員は約450人です。貯金は3970億円、9月末では4041億円と順調に増加しています。貸出金は2007億円ですが、9月末で2037億円とこちらも増加しています。販売品販売高は43億円で、歴代2位の販売高となりました。10年ほど前には31億円台まで落ち込んでいましたが、この金額は農業所得増大が求められるなか、都市型JAとして誇っていいのではないかと思います。
 経営理念は、「私たちは人と自然とのかかわりを大切にし、地域に愛されるJA福岡市を目指します」です。現3か年計画の基本方針は、「我々は福岡市食料農業協同組合を目指して、組合員の農とくらしを守り、地域へ安定的な食を提供します」です。福岡市食料農業協同組合という表現は10年近く前から言っていました。現在の農協改革のなかで、准組合員の規制が言われていますが、そもそもJA=農協は国民、地域住民に対して、安全な食を提供することも一つの使命です。そう考えると、地域住民の方々も大いにJAと関係するものであり、准組合員を規制すること自体がおかしな話であるということになります。そのような観点で我々は外部に訴えています。

二、小回りのきく規模

 JA福岡市の置かれた状況としては、利ざや縮小による信用収益の減少があります。しかしながら、そこは共済や他事業でなんとかカバーしています。また、隣のJA福岡市東部との合併協議を進めていましたが、県下1JA構想が発表され、相手方組合員から、様子を見るべきだとの意見があり、凍結となりました。その県下1JA構想についてですが、個人的意見としては、当JAは参加すべきではないと思っています。先の見えない今だからこそ、小回りのきくコンパクトJAの方がベターだと考えるからです。
 全国のJAで自己改革を進めていますが、当JAでは、従前から改革・前進していました。よって、新しいことを始めているかというと、それは難しい面がありますので、これまでもやってきたことを〝不断の改革〟として、組合員に訴えてきたところです。農業面では、昭和56年からの減農薬の稲づくり、平成16年からの米の買い取り制度、さらには、コスト低減の取り組みなどです。また、都市型JAとして、組合員の資産運用相談や税務・法律相談に昔から力を注いできました。近年では民事信託相談も全国に先駆けて開始しています。さらに、協同活動として、支店行動計画や支店だより発行なども、先駆けて開始し、これは全国のJAに広がっています。
 信用・共済事業については、他JAとあまり変わりはないのではないでしょうが、強いてあげるなら、LA制度は導入せず、複合渉外ということです。また平成7年度から、渉外への報奨金は廃止しています。しかし、他JAのLA専任に負けずに、共済を挙績しており、全国表彰も毎年20~30人受けています。報奨については、支店業績評価制度としており、支店全体を表彰しています。さらに、支店の垣根を越えたFSTの実施や、クロスセル・アップセルの意識を持たせることで、信用・共済、ともに実績をあげていくよう指導しています。
 共済事業は毎年順調であり、保有高も維持しています。これも、JA福岡市独自の保障額評価が寄与しているものと思います。あくまでも「お客さまに必要な保障を売る」という観点を示し続けていることが要因でしょう。
 信用事業について、貯金は順調に増加していますが、貸出金は2000億円をようやく維持しているという状況です。しかしながら、本年(平成30年)上期は30億円の純増をみています。これは今年から、銀行への借り換えが減少したことが大きいと考えます。とは言いながら、他JAの方から、融資が多いですね、といわれるのですが、これは古くから相談事業をしっかりと進めてきたこと、数年前から設置している融資相談マネージャー制度が機能してきたことが要因と考えます。

三、〝循環型総合事業〟で

 以上述べてきましたが、当JAでは、信用で9億円、共済で3億5000万円の事業利益を稼いで、それを営農指導や販売事業、相談事業に投下し、それで組合員満足を感じてもらい、さらに所得を増大していただき、それをもって、信用・共済事業の利用をしていただくという「循環型総合事業」という考え方を進めているのです。こういう点と、前記の不断の改革、これらについて組合員に理解してもらうため、今夏に組合員訪問活動を展開したのです。
 また、組合長は総代・協力委員訪問、私はTACに同行しての担い手農家や若手農業者訪問、指導経済常務は共販部会長訪問と、多様な訪問活動により組合員と対話し、理解を深めてもらい、下期のアンケート調査につなげることとしています。
 今後も、我々役職員は、正組合員に対しては、「皆さんが信用・共済事業という協同活動に参画してくださるので、営農・販売・相談事業という人件費のかかる事業に、その収益を投下できるのです」と訴え、営農・販売・相談でJAがしっかり応えることで、「やっぱりJAはなくては困る。購買・信用・共済を利用しよう」と感じていただくよう努めていきます。
 そして准組合員に対しては、「我々JA福岡市は、万一食料が不足するという有事の際は、正組合員農家が丹精込めて生産する米・野菜などの農産物を優先的に供給します。だから皆さん、おおいにJAの直売所などで日ごろから農産物を購入していただくことはもちろん、信用・共済事業もどんどん利用してください」と伝えていこうと考えています。

意見交換 家計簿アプリや電子通帳提供へ

 石井(JAセレサ川崎) 家計簿アプリについては、JAバンクも提供を検討しているのですか。
 農林中央金庫 マネーフォワード社と連携した家計簿アプリや電子通帳の提供を検討しているところです。他業態が平成30年10月に開始した「全銀システムの24時間365日稼働」について、JAバンクの検討状況はどうですか。
 農林中央金庫 JAバンクは平成31年11月からの参加を予定しています。システム更改等のスケジュールも考慮し、参加時期を検討した経過があります。同様の理由で、参加時期を遅らせた銀行もあります。
 石井 都市部のJAでは、他業態との競争も厳しいものがあります。JAバンクは後手に回っている感もありますが、メガバンク等に劣後することなく、早め早めの対応をお願いしたい。
 竹下(JAしまね) 共連事業との連携強化について、タブレット端末の共用化などの説明がありましたが、他に検討している施策があれば教えていただきたい。
 農林中央金庫 全国段階では、さまざまな階層で連携施策について議論をしているところであり、実現可能な施策から順次、展開していくという考え方です。信用・共済事業に共通して土台となるような研修の共同開発、CS・ES向上に向けた全国プログラムの共通化など、テーマごとに検討をすすめているところです。
 八木岡(JA水戸) 先日、信用・共済事業が連携した「相続・終活セミナー」を県内で初めて開催しましたが、大きな反響がありました。組合員・利用者が相談に来られた際の対応力を高めるため、職員研修の強化等についても期待したい。
 福間(新世紀JA研究会) 准組合員については、単なる事業利用者ではなく、食の面から農業振興をともにすすめる存在として、はっきり位置づける必要があると思っています。准組問題に関して、何か議論していることがあれば教えてほしい。
 農林中央金庫 (金融仲介機能をはじめ)信用事業に求められる役割をしっかりと発揮して農業・地域の成長を支援していくこと、こうした取り組みについて組合員から理解・評価を得ていくことが必要と考えています。次期中期戦略策定に向けた系統協議においても、こうした点を確認しながらすすめてきたところです。

第3章 JA経営の危機と対応(経済事業)
第22回課題別セミナー・2019(平成31)年1月17日

第1節 北海道で生きる喜び どんな過疎地でも「安心」を 大見英明 生活協同組合コープさっぽろ 理事長

一、経営破綻から再建へ

 コープさっぽろは北海道全体を事業エリアに、2018年3月で組合員数約170万人を有し、全世帯の6割強を組織しています。店舗数108で、職員は正規職員2157人に、契約社員1937人、それにパート1万805人。2017年度の総事業高は2820億円で、うち店舗1915億円、宅配840億円。1990年代の後半、経営破綻に陥り、1998年、日本生協連からのトップ派遣と資金投入を受け、経営を再建しました。
 経営再建の過程で、人員のリストラを断行し、正職員450人、パート1000人規模の人員削減を1年で達成。役員30%、正職員15~20%の給与カットを3年で実施しました。瀬戸際からの脱出で、職員が危機意思を共有。この他、不採算店舗や事業から撤退ないしは縮小するとともに、既存店舗の標準化などを進めました。
 特に人事制度を、これまでの平等主義から成果主義へ変え、能力主義的な仕組みにしました。そのなかで降格人事や人事考課も導入。日本の企業では馴染みの薄い降格は、本人が納得できるような動機付けが重要です。降格した職員は、自分を見直す期間にもなり、その後の人事異動で復活できる仕組みも取り入れました。

二、ボトムアップ組織に

 経営再建前は組織が肥大化して複雑になっていました。これが経営悪化の一因でもあるのですが、これを防ぐため屋上屋を重ねることのないよう、組織はなるべくフラットにしました。現在、専務1人、常務3人の体制です。小売業は労働集約産業で、人が全てです。人は給与で辞めることはありません。重要なのはその人の存在理由があるかないかです。パートのまま店長になって好成績をあげる女性職員もいます。
 協同組合でも、資本主義社会にあっては競争に勝たねばなりません。同じ小売業に勝つには、相手以下のコスト構造をつくること、現場力を高めることが事業の成長を左右します。そのためには組織内の情報開示を徹底し、一人ひとりが自己責任を貫徹できるボトムアップ型の組織風土にする必要があります。
 その一つとして、子会社を含めた部門ごと、あるいは大卒を対象にした「仕事改革発表会」を行っています。また平成17年からQC(品質管理)作業カイゼンのIE教育等を実施し、2300人が受講しています。人材確保のため、複数のコースを選択できる複線雇用、ベトナム人を中心とする外国人就労研修生の受け入れ、契約職員の正規化、4年間で100万円を助成する大学生育英奨学金制度などもあります。相対的貧困化対策の一つで、教育の機会均等を生協として側面から支援するというものです。

三、環境・少子化対策も

 このほか、10年で生協として実施した数多くの取り組みがあります。2008年の洞爺湖サミットをきっかけに、牛乳パック回収からエコリサイクル事業を立ちあげ、環境貢献を年間4億円の事業として成功させました。またレジ袋有料化で、「未来の森づくり基金」を創設。年間3000万円の基金で、環境教育・子育て支援事業を実施。道内の非営利植樹団体の活動を支援しています。
 さらに北海道内127市町村で移動販売車「おまかせ便カケル」を運行。店舗から1時間圏内で90台が配達します。毎週2回、同じ家に行くので、あてにされ、利用者の生活の一部になっています。それが利用増につながり、利用者約3万人で、事業高25億円の黒字経営です。
 生活困難者支援では、配食事業と安否確認を行っています。道内5工場体制で約8000人に車両240台で弁当を宅配。このほか、アトピーのアレルギーに対応した幼稚園給食を60園で実施。さらに産後食や健康管理食(やわらか食)、医療・介護食、病院給食などにも事業を広げています。配食サービス事業の規模は15億円で、これも黒字化を実現しました。これらは食のライフラインを支えるというコープの重要な社会的使命の一つだと考えています。
 さらにファーストチャイルドボックスを第一子新生児に贈っています。これはフィンランドで行われている取り組みで、2018年からスタート。生後8か月ころまでに使う衣類や紙おむつ、母乳パッドなど30点ほどを箱詰めして届けるものです。北海道の出生率は1・29で最悪の状態にあり、少子化対策にコープとして若い世代に少しでも手助けしたいと思っています。

四、実践通じて理解と信頼

 コープさっぽろは、北海道に生かされたコープです。北海道で生きることを誇りと喜びとするという理念のもとに事業を展開しています。リーダーの基本的な責任は、組織関係者の全てがこの使命を知り、理解し、それを実践できるようにすることにあります。
 具体的に、当面のミッションは、(1)超高齢化社会に、北海道のどんな過疎地でも生活できるインフラとなる、(2)循環型社会に貢献する、(3)健康寿命の延伸を図り、医療費の削減に貢献する、を掲げています。そして北海道で宅配利用54万世帯達成を目指します。
 協同組合は組合員さんの願いを実現する組織です。いま組合員さんに起こっている生活問題に真正面から立ち向かい、解決のための事業を実践することが大事です。実践を通じて協同組合への理解が深まり、多様な要求に応える実践を重ねることで、組合員さんの協同組合への信頼が高まります。

第2節 酪農専門の総合農協 各JAの経営理念明確に 石橋榮紀 JA浜中町 代表理事会長

はじめに

 JA浜中町は、北海道東部に広がる根釧原野の釧路と根室の中間点の太平洋に面した海岸地帯にあります。夏期の冷涼な気候のため作物は牧草だけです。
 そのため農業形態は酪農と肉牛の飼養に限られ、販売物は生乳と牛個体のみです。いわば酪農、畜産に特化した農業で組合員、地域のみなさんと地域社会を支えている酪農専門の小さな総合農協です。

【JA浜中町の概要】
○組合員戸数=
 ・正組合員208戸(生乳生産169戸)
 ・准組合員224
○機構=11課1室16係、1事業所1取扱所
○子会社・子法人=(有)コープ浜中、(株)酪農王国、(株)若牛の里、(有)就農者研修牧場
○草地=1万5000ha
○乳牛=2万2699頭
○生乳生産量=10万114t
○販売額=127億9600万円(浜中町予算の2倍)(うち生乳100億1600万円)
○資材扱い額=45億2500万円

 農協改革は、政府の規制改革会議に言われて久しいですが、その8項目の提言に関して、最後の金融事業の譲渡項目以外はJA浜中町で、すでに実施済み、あるいは取り組んで数年がたち、その一つひとつが成果を上げています。正直に言って、何をいまさらという感じでした。
 農協改革で言いたいのはJA綱領についてです。農協や連合会の総会などで朗誦されるあの綱領は、全国の仲間との連帯や協調あるいは環境を守ることなどについて謳っていますが、内容はともかく、どれだけの人があの条文を空(そら)で言えるのでしょうか。
 いちいち書いてある冊子を取り出し、表紙をめくらなければ朗誦できないのでは、それが自分のものになっていないということです。少なくとも役職員くらいは空で朗誦できるものなければならないと思います。
 そうでなければ日々の業務のなかで組合員や地域のためになるかどうかの判断ができません。立地する環境も作物も違うので全国一律である必要はありませんが、それぞれの農協が地域で力を発揮するためには、農協独自にも「経営理念」が必要ではないでしょうか。
 その思いで制定した浜中町農協の経営理念は「組合員の営農と生活を守り、地域社会の発展に貢献します」です。農業地帯の農協は地域の経済をけん引する力であり、地域のインフラである、との意識をしっかり持たなければなりません。

一、飼育技術全て数値化

 経済事業改革として取り組んだ項目を時代順に列挙しました。いずれも組合員と地域の農業生産力・生産性増強のためにやってきたことです。経済事業改革の目的は組合員の所得向上に貢献できるかどうかだと考えています。

【JA浜中町の経済事業改革】
・生産力、生産性増強のための取り組み
・草地の拡大
・家畜人工授精所の開設
・乳牛育成牧場の設置
・酪農技術センターの設置
・コントラクター事業開始
・生産資材価格低減への挑戦
・輸送事業のアウトソーシング

 草地の拡大、家畜人工授精所の開設、乳牛育成牧場の設置、コントラクター事業などは組合員一人ひとりの生産力拡大につながり、ひいては地域全体の生産・販売力拡大になりました。
 JA浜中町が全国初で取り組んだものとして誇れるものに酪農技術センターがあります。酪農の生産現場で利用されるあらゆる要素を分析し、従来の経験と勘でやってきたことをすべて数値化し、それに基づいて営農設計をすることができるようになりました。
 このため、新規就農者でも大きな間違いをしないで営農に取り組むことができます。その上、品質改善やコスト低減にも役立ち、価格のアップや所得の向上にもつながります。
 このセンターの数値は組合員へ供給する資材の扱いに大きな力を発揮します。つまり徹底的に無駄を省くことにつながります。草地に撒く肥料は、土壌分析の結果に基づいて設計するので不必要な成分は使わないため、それだけ価格を引き下げることができます。管内の肥料は農協の設計による独自の肥料であり、近隣地域では一番低価格になっていると思います。
 牛の飼料も同じです。成牛用の配合飼料もセンターの飼料分析に基づく飼料設計で生産し、余分なものは入れないので、その分価格も抑えられています。この価格交渉も十数年前からやっており、その結果、組合員の生産コストを下げ、所得を向上させることができました。
 現在では低価格が当たり前になっているものに、搾乳時に乳頭消毒に使うディッピング液があります。30数年前、日本では1社独占の高価格でした。これを安くできないものかと取り組んだのが輸入でした。
 そのためには日本の薬事法をクリアしなければなりませんでしたが、協力会社と3年の歳月をかけて取得し、価格を半分にすることができました。これは全国に販売して喜ばれました。今では多くの業者が扱っており価格も安定しています。
 酪農は運搬業です。広大な草地に撒く肥料、牛が毎日食べる配合飼料、毎日生産される生乳、そして販売される子牛や親牛、牧草収穫時はもちろんですが牛舎の周囲で毎日動いているトラクターの燃料である軽油や暖房用の灯油などもあります。
 しかし浜中町農協にはそれらを運ぶトラックは1台もありません。運搬事業はすべてアウトソーシングで、地域の運送会社2社に任せていますが、結果としてすべてを農協が抱えてやっていた時よりも効率や組合員の利便性はよくなっているのが実態です。

二、組合員が事業を評価

 左記は経営改革の項目です。組織として取り組んできたものを列挙しました。JAの経営改革とは構成員・出資者・利用者である組合員のための組織として、組合員の経営・生活の向上に対する負託に応えられる組織として活動できているかどうか、同じく利用者である地域住民にとって信頼に足るものとして存在しているかどうかの問題です。合理化や統合が改革ではないのです。

【JA経営改革】
・担い手講座、学習塾、英語塾
・酪農ヘルパー事業の開始
・就農者研修牧場の設立
・農協事業評価制度の実施
・地域生活インフラのコープ、コンビニなどの新設、拡充
・JA浜中デイサロン開設
・異業種連携事業への取り組み

 このなかで経営改革として最も効果があったものとして、農協事業評価制度の実施が挙げられます。平成15年度から取り組んできましたが、各セクションで10数項目の評価事項があり、それを組合員、女性部、青年部に重要度、満足度で五段階評価をしてもらい、加えて職員の自己評価とのギャップを分析し、それを総会時に「農協の通信簿」として冊子にまとめ公表するのです。
 各セクションではその評価に基づいて改善点を協議し実施します。勘違いをしてやってないか、本当に必要なことなのかなどが明らかになります。かつて全農にこの取り組みを提言したことがあります。

第3節 担い手につくる誇り 組合員が求める自己改革を 仲澤秀美 JA梨北 常務理事

一、気象情報会社と提携

 JA梨北では、10年以上前から経済事業改革に取り組んでいます。JA改革が騒がれた時、「取り組んできたことは間違えていない」という手応えさえ感じました。営農指導事業では「気象に打ち勝つ農業」が「梨北農業づくり」の根幹を成しています。平成24年度から(株)ウェザーニューズと契約し、気象情報を入手しています。もはや異常気象ではなく、常態化する気象変化に営農指導員が挑み、未熟な営農指導員の育成には再雇用制度による熟練の職員、あるいは生産者から選抜した「農の匠」が対応しています。
 多様な担い手の中核である生産部会こそアクティブメンバーです。生産部会と共に産地を守り農業を継承する。農業後継者や新規就農者を生産部会につなぐこともJAの役割です。作る技術はあっても労力がない高齢者のため、農福連携・産学連携で労働力を提供しています。
 担い手経営体部会ではJAが潤滑油となり、連携による有効化・効率化を図っていますが、そこではJAを利用しているか否かは関係ありません。すべてを囲い込もうなどとは思わず、JAは都合のいい時にだけ使われる時代が到来していると考えています。

二、価格でなく物語性で

 販売事業では「廃棄ゼロ」を目指しています。段階的な「梨北ブランド」で、すべての農畜産物にブランド(ロゴ)を付与し、農業者所得の向上につなげます。「このロゴが付いているものは安全だから安心だし、おいしいよね」と、言われたいのであれば仕掛けるようにしています。「モノ」ではなく「コト」を売る。「売れるモノ」を模索するだけではなく、「売れる物語(ストーリー)」を作る。終わりのない、比較による「~よりも」戦略ではなく、ストーリーのある差別化による“オンリーワン”戦略です。
 昨年8月、シェラトン都ホテル東京でメイドイン梨北フェアが開かれました。小さな産地ですが作っている農畜産物が多岐にわたるため、当管内産によるフルコースの料理ができます。「生産者にエールを送りたい」という物語にホテルが賛同してくれました。生産者は「誰かが食べている」と思っているが、それを見たことはありません。一流ホテルのシェフによってきらびやかな料理になり称賛される様子を生産現場に伝えたい。生産者が作ることに「誇り」を持たなければ、農業が滅びてしまうのではないでしょうか。
 穀倉地帯では多くの営農施設が必要であり、需要が増加しています。利用料を据え置いた設備投資は、総合事業体でなければできません。信用事業が代理店方式になれば、利用料は数倍になります。信用・共済事業で得た資金を農業振興に充当しており、JAを利用することが農業振興につながり、利用者への還元は安全・安心な国産農畜産物を食することにつながるのです。「あなたの体、6割外国産だよね」、ドキッとする。食料を外国に委ねれば、〝兵糧攻め〟にあうでしょう。
 購買事業では、全農も一商社として対応しています。系統組織ではありますが、全農からの仕入れは50%未満。平成11年度から肥料・農薬の自己取り値引き、平成21年度から燃料の複数取り引きによる割引、24年度から商系と取り引きを行い、28年度から農業収支帳票(申告用)を配付しています。
 価格のみの競争は、わが首を絞めることになります。「何を売るか」よりも「誰が売るか」が大事で、要は自分が信頼されることです。経営をするために手数料はもらうが、組合員から「お前たちのために手数料を払う」と言ってもらえる仕事をする。「わがJAを運営するために手数料を払う」という意識の醸成は、アクティブメンバーの育成につながるものです。

三、遠くの子どもよりJA

 管内の地区別の高齢化率は17%から62%。買い物困難者のために配置購買・移動販売車、そして一声運動(「必要なものはありませんか?」)を展開しています。全戸訪問の外務活動は安否確認にもなります。外務活動で自分を売る。遠くの子どもより近くのJAでありたい。JAが果たすべき役割は続き、終わりはありません。終わりがあるとすれば、すべての組合員がJAを必要としなくなった時…。たった一人でも必要とするならばJAは存続しなければなりません。
 アクティブメンバーシップの強化には、自己改革の「見える化」が必要です。「自己改革している」と自己満足に浸るのではなく、強い想いをあらゆる場面で伝える。トップ広報から世間話に至るまで、自己改革を常に語る。政府もしくはJAが組合員に問うた時、「JAは変わったぞ」と言ってもらうためには、伝え方を間違えてはいけません。農協たたきの農協改革に毅然と立ち向かい、自己改革で存在価値を取り戻す必要があります。
 JAは、政府が求める改革ではなく組合員が求める改革をしなければなりません。組合員のためにJA組織はあるのです。総合事業の優位性を発揮した「組合員メリット」と、総合事業体の最大の特長である事業クロスセル(関連商品提案)によって組織基盤を強化する。「JAにしかできない」「JAだからこそできる」総合サービスを提供し、多様な広報手段で「JAの見える化」を図り、ニューパートナー・ニューファミリーを獲得しなければなりません。「JAが何かしてくれる」ことを組合員が待つようではダメです。JAは、組合員のわがままを聞く組織ではありません。JAは、アクティブメンバーの「願いを叶える組織」です。

第4節 コスト感覚を明確に 安易な人員削減と施設整理 水谷成吾 有限責任監査法人トーマツ JA支援室

一、漠然とした問題意識

 全国の農協で経済事業の収支改善について意見交換すると、経済事業に対して漠然とした問題意識を持っているだけで、本質的な原因追求を怠ってきたのではないかと感じることが少なくありません。そのような農協では、経済事業の収支改善は「できたらいいね」の努力目標になっていることがほとんどです。
 これまでは経済事業の赤字部分を補填する信用事業という打ち出の小槌があったので、「経営事業の赤字は当たり前」などと悠長なことを言っていられました。その結果、「業務に無駄がありそう」「物流に無駄がありそう」などと漠然とした問題意識は持っていても、部門別損益計算を理解し、どこに改善すべき無駄があるのかを把握している役職員は多くありません。

二、場当たり的な改善策

 経済事業の解決すべき課題を理解していない農協に対して、全国連主体でさまざまな改善策が提案され、それらしく取り組んでいるものの一向に成果が出ないというは当然です。農協の経済事業は、何をするか(改善策)を検討する前の段階です。このまま収支改善に取り組んでも、思いつきの施策が形式的に実施され、成果の検証もないままに消えていくことになるでしょう。
 農協現場に危機感がないなかで、いくら全国連が音頭をとっても経済事業改革が進むことなど期待できません。まずは、各農協が「経済事業の赤字は今に始まったことではない」と言って臭いものに蓋をするのではなく、何が「組合員のための非効率」であり、何が「改善すべき無駄」なのかを明らかにすることで、農協が取り組むべき経済事業の収支改善を具体化することが必要です。

三、サービス低下を防ぐ

 漠然とした問題意識で経済事業の収支改善に取り組む農協が陥りがちなのが、安易な「人員削減」と「施設の集約」です。部門別損益計算を眺めてみれば、持ち出しているのは「人件費」と「施設費」であり、経済事業の実態をあいまいにしか把握していない役職員が、ここを改善することが一番効果的だと考えるのも無理はありません。
 しかし、人件費と施設費は組合員に対するサービスレベルに直結する費用であり、職員数(人件費)を減らせば、組合員に対するサービスも低下するおそれがあり、施設(費)を減らせば、組合員にとって不便になるおそれがあります。それでも、「背に腹は代えられない」と、安定経営のために採算性の悪い事業・事業所を廃止することが農協らしい事業のあり方と言えるのでしょうか。都合よく「組合員のため」と言い訳し、経営が苦しくなったら切り捨てるのであれば、農協を資本の論理で改革しようとする規制改革推進会議の主張と変わりません。

四、収支構造の要素分解を

 経済事業の収支改善に取り組むには、「〝この辺〟に無駄がありそうだ」と問題を大雑把に捉えるのではなく、「〝ここ〟に無駄がある」と漠然とした問題意識を明確にする必要があります。そのために、まずは、経済事業の収支構造を要素分解し、問題の所在を見極めることです。役職員が「なぜ赤字なのか」を理解したうえで、農協の経済事業に対する想いを整理して、収支改善に向けた取り組みを方向付けていかなければなりません。
 組合員のために非効率を受け入れようという経済事業を、どんぶり勘定で運営していればコスト過多になることは当然です。「組合員のため」という“赤字”の大義名分があるために、費用対効果(採算性)を問うことが悪であるかのように錯覚し、コスト感覚が鈍くなっています。
 そのうえで、「経済事業にはその程度の人材しか配置していない」という負い目もあり、経済事業に抜本的な改革など期待できないなどと諦めてはいないでしょうか。「組合員のため」という言い訳で経済事業の赤字を正当化し、問題の本質から目を背け、「昔からやっていること」を継続しているだけなら、収支改善が進まないのは当然です。

意見交換 商品一つを1円でも 小さな改革積み重ね

 石橋(JA浜中町) 経済事業の改革は組合員の所得向上につなげることが使命です。そのため、やれることは何でもやってきました。購買品の仕入れで価格交渉は当たり前のこと。8項目の改革目標を定め、信用事業を除いてほかの事業はすべて取り組みました。
 従って、JA浜中町では改革はとっくに終わっており、正直に言って何をいまさらという感じです。改革は言われたからではなく、常に組合員のために取り組むものだと考えています。経済事業改革は、結局のところ仕入れの問題です。
 ホクレンから仕入れたのでは、コープさっぽろに勝てないことが分かり、仕入れ担当者が直接交渉するようにしました。仕入れ先の業者などから、「JAと交渉するときは腰を据えて掛かるように」と言われるようになりました。
 仲澤(JA梨北) 営農指導事業は購買の生産資材の利益で賄うのが本来の姿であり、それを目指しています。その中で購買手数料を下げるようにしてきました。一方で全農からの仕入れは半分以下です。肥料、農薬の仕入れは全農も含め3社くらい比較し、安いところを選んでいます。まず全農ありきではありません。
 生産者には、一つの商品でも、1円でも安く供給する心構えでやっています。共済事業はJAの利益の60%位を占めていましたが、今は30%ほどになりました。それだけ経済事業の足腰が強くなったことです。各職員が、常に仕事の一つひとつに疑問もって臨むようにと話しています。昨年と同じ稟議は突き返します。まだまだ経済事業の改革は進めていきます。
 八木岡(JA水戸) 仕入れを含めて経済事業の見直しが必要だと思っています。JA水戸では商系と共同で農業資材店を出しました。今はなくなりましたが、当初「魂を売るのか」などと批判がありました。組合員にどのように理解してもらうかが重要です。
 井上(監査法人トーマツ) 基本的にはマスコミ取材は断らないことです。ただで宣伝してくれるのですから。ここにこういう問題あるから仕入れ先を変えるのだというように問題の所在と目的を明確にして伝えるべきです。このためのパブリシティだと思います。
 大林(JAグリーン近江) 懸命に営農経済事業改革をやっていますが、トーマツさんの話のように、JAにはデータがたくさんありますが活用できていないように思います。業務の縦割りのせいでしょうか。販売実績のある農家で購買の少ない組合員があります。そこへ足を運べば伸びるのですが、それがうまく生かされていません。
 萬代(前JAしまね) 全農の資材が高いという声は聞いていますが、同じ価格なら全農を利用するべきではないか。協同組合の精神です。その感覚を持って全農自身も改革の努力が必要です。利用者も価格の比較だけでなく、もし全農がなくなったらどうなるか考えていただきたい。
 こうした問題は全中の指導が必要です。農協、農業をどの方向に導くか、全中は、今まで以上に指導力を発揮して欲しい。農水省も全中の指導権限を剥奪した以上、食料自給率や農村・環境の維持など、政府としての責任があります。
 日向(農水省協同組織課) 指導権限は別にして、農協改革は上から下へではなく、中央会は農協から信頼が得られるように、農協は組合員から信頼されるようになってもらいたい。農協改革の本質はここにあります。
 白石(東京農業大学) 経済事業改革をテーマにした今回のセミナーでは、危機意識を認識し、それを具体的に示し、〝見える化〟が必要だということが確認できたと思います。それには時間が掛かりますが、JA浜中町やJA梨北のように、自信を持って、小さな改革を積み上げて行くことが重要ではないでしょうか。

第4章 いま組合長・管理担当役員に必要とされるもの
第23回課題別セミナー・2019(平成31)年2月22日

第1節 協同の理念の共感を 都市農業への理解さらに 宮永 均 JAはだの 専務理事

 はじめに

 いま組合長や管理担当役員に求められるのは、農業協同組合のアイデンティティ、特性の位置付けを明確にして組織・事業・経営を再構築することです。そのなかでもJAはだのでは、都市農業の活性化が最重要課題だと考えています。というのも2022年に生産緑地制度が30年の期限を迎えます。この後どうなるか心配です。
 管内には、市街化区域に約200haの農地があります。うち100haが生産緑地ですが、ほとんど後継者が見当たらず、団塊の世代が70歳を超え、次の農業の姿も描けません。
 次に協同組合理念を組合員と共に共感し、組織の結集力を強化することです。支所運営委員会や組合員座談会を通じた対話活動などで組合員との結びつきを強めなければなりません。また「縦・横・斜め」のインフォーマルな職場づくりを進め、協同組合のことが分かる職員を養成することが大事だと考えています。
 一方、いま多くの農協で公認会計士による監査移行への準備中だと思いますが、重要な課題に准組合員の事業利用規制への対応があります。「利用規制はない。大丈夫だ」という声もありますが、本当にそうでしょうか。さらに信用事業代理店化への対応も考えなければなりません。

一、監査対応は先をみて

 公認会計士監査では、当面、移行に伴うレビュー(事前調査)と“タスク”のクリアが必要です。全国監査機構監査をもってレビューとすることができると言われていますが、その根拠がはっきりしていません。また会計士監査に対応するには内部統制の強化が重要ですが、事務統一手順書の基準で大丈夫なのか。検討が必要です。
 これまでの政府・規制改革会議の「改革」を振り返ると、他業態とイコールフッティングの考えできており、非営利法人の監査基準はありません。“タスク”には12項目もの実施事項があり、これをクリアしなければなりません。本当にできるのかな、と心配していますが、一つひとつクリアしていかなければなりません。
 JAグループのみのり監査法人は60名の公認会計士と、農協監査士500名で対応すると聞いていますが、公認会計士施行令には農協監査士の規定はありません。十分に対応できるのでしょうか。
 さらに公認会計士監査の費用とJA賦課金負担の問題があります。政府は改正農協法で「監査を受ける農協の実質的な負担が増加することがないように配慮する」となっていますが、農水省は「監査の負担を税金で補償できない」としています。実際のところはどうなのでしょうか。JAはだのの2018年度の賦課金は2185万円で、19年は公認会計士監査費用1500万円、賦課金1685万円で、合計3185万円となり、1000万円増額になる見込みです。
 2019~21年度の農林中金からの奨励金は現状に近いが、それ以降は分かりません。JAは経営収支悪化で、賦課金負担の増加、監査コストの引き上げはなかなか対応できないのではないでしょうか。しっかり精査して考えなければなりません。中央会の賦課金を削るしかない、となりかねません。公認会計士監査は法律で決まっています。先をみて対応が求められます。

二、准組合員の組織化を

 准組合員の利用規制について、農水省は2019年度の予算で、調査費を計上しています。当局は用意周到に準備しているのです。農水省は農協改革が始まって3年、認定農業者へのアンケート調査をやっており、農協改革の実施状況を調査しています。JAの調査では90%超がJA改革を評価していますが、認定農業者の評価は半分にも達していません。調査結果は規制改革推進会議の農協評価に直結します。組織を挙げて、組合員の理解を得る取り組みが求められます。
 准組合員問題は、農業者がJA組織の一員として准組合員を必要としているかが問われているのです。もう一度、正・准組合員の理解が得られる活動の取り組みが必要です。准組合員利用規制は都市農業の最重要課題であり、限られた時間のなかで、みんなの知恵を出し合い、一丸となって取り組んでいく方針です。
 新世紀JA研究会では、准組合員の組織化について検討していますが、JAはだのでは、秦野市、農業委員会の三者による「はだの都市農業支援センター」が中間管理組織としての機能を果たし、特定農地貸付法を活用して、10a1万5000円で農地を借り、利用者に年間100平方m6000円で貸し付ける事業を行っています。約250人が家庭菜園を営んでいますが、うち90人が准組合員です。また市民農業塾では修了した90人のうち、70人が就農し、うち60人が非農家出身で12 haを利用しています。また、はだの農業満喫CLUBは650人の会員を組織しています。
 昨年から始めた体験農園は園主が栽培指導し、種や苗、肥料などは園主が用意し、市民に農業に親しんでもらう事業です。これらは准組合員の農業理解の活動の一つと考えています。利用権設定や特定農地貸付法などの仕組みや制度を活用してさまざまな農業参入、利用権設定で、さらに拡大していく方針です。

第2節 「見積もり」根拠文書に 業務引き継ぎにも有用 髙山 大輔 有限責任監査法人トーマツ JA支援室参事・シニアマネジャー・公認会計士

 はじめに

 平成31年度からいよいよ公認会計士監査制度が開始されます。公認会計士監査対応のポイントは、(1)内部統制の整備・運用の徹底、(2)会計処理の根拠の整理が大きな柱になります。今回は後者の会計処理の根拠の整理について話します。キーワードは「役員による会計への興味と積極的な関与」と「会計監査人の活用」です。

一、会計上の見積もり

1 会計上の見積もりとは
 JAにおける会計処理は多岐にわたりますが、公認会計士監査で特に重点的に監査される領域が「会計上の見積もり」と呼ばれる分野になります。主要なところでは、(1)減損会計(2)資産除去債務会計(3)退職給付会計(4)税効果会計といった会計基準が挙げられます。
 これらの会計基準はJAで将来の見積もりを行い、伝票を起票する点に特徴があります。つまり、ゆるぎない事実に基づく起票ではないため、その判断過程次第で伝票金額が大きく異なってきます。このため公認会計士監査では「決算書が誤るリスクが高い」と判断し、より重点的に監査を実施することになります。
 会計上の見積もりに関する公認会計士監査は、その見積もりを行った根拠をJAから聴取し計算過程を確認することで行われます。そのため、JAでは公認会計士に対する見積もりの根拠を説明する準備が重要です。

2 対応のポイント
 私はこの見積もりの根拠を説明するにあたり、予め文書を用意することをお勧めしています。その理由は大きく3つです。
(1)監査において想定外の決算修正を防ぐ
 うまく説明ができないがゆえに公認会計士に根拠を理解してもらえず、決算を修正せざるを得ないという状況を回避できます。
(2)監査費用の発生を低減させる
 公認会計士監査において会計上の見積もりの監査はそれなりの時間がかかります。公認会計士側も独りよがりな想定数値をJAに押し付けることはできず、説明いただいて初めて監査が成り立つからです。文書を活用したスムーズなやりとりは監査時間の削減効果が期待できます。
(3)経理業務の引き継ぎに役立てる
 専門性の高い経理業務ひいては会計上の見積もりに対して、人事ローテーションは非常に頭の痛い課題です。人が代わると知見がリセットされてしまう可能性があるためです。この点、見積もり根拠を丁寧に文書に残しておくことは、経理業務の引き継ぎに大いに役立つことでしょう。
 このうち特に私は(3)が重要かと思います。と言いますのは、公認会計士監査のために何か重い準備をすることは不健全だと思うのです。組合のために必要な取り組みをする、オマケとして公認会計士にも活用させて一石二鳥を狙う、この順番が重要だと考えます。そうしないと、職員の皆様のモチベーションが下がり続けると思います。(3)のために文書化を行い、あわせて(1)と(2)の効果も得るのです。

3 対応の仕方
 会計上の見積もりを文書化するといっても、イメージがわかないかもしれません。いくつかの側面から説明します。
 まず、会計上の見積もりでは多くのエクセルによる表をお持ちかと思います。その表の意味、行、列の項目の意味は説明できるでしょうか。また、1つめの表から2つめの表へ検討過程が移行する場合、その背景を説明できるでしょうか。後輩へ教えるように、後任へ引き継ぐように文書化されれば筆は進みやすいかと思います。
 次に、役員のみなさんはこれらの見積もり会計基準にきちんと理解いただけているでしょうか。会計は経理担当者が分かればいい、というわけにはいきません。役員が興味を持つポイント、理解しておきたいというポイントを重点的に文書化しましょう。
 最後に会計監査人からのアドバイスをもらいましょう。公認会計士監査で説明をしてほしい項目はだいたい決まっています。であればそれを会計監査人に教えてもらい、予め合意しておけば安心です。

二、収益認識基準への対応準備

 2021年4月1日以降開始する事業年度から「収益認識に関する会計基準」が適用されます。この基準は一般事業会社だけでなくJAにも適用されます。
 適用開始までまだ2年ありますが、一般事業会社での捉え方は「もう2年しかない」です。と言いますのは、影響が大きい場合には、その仕訳の根拠となるデータ蓄積のため、システム改修を必要とする企業もあるためです。影響の範囲、準備の規模を把握する作業に一般事業会社は追われています。
 ここでは詳細は省きますが、会計基準の対応にあたっては会計監査人を活用しましょうということです。実際に監査をする会計監査人と、会計処理の判断について目線を予め合わせておくことはかなり有用です。会計監査人を活用しましょう。

     ◇   ◆

 本年1月に農水省から公表された「公認会計士監査の着眼点とそれへの対応について」では以下の記載があります。
 「組合の役職員においては〝受け身〟の監査ではなく、組合の経営や業務の効率化などのために、様々な業種の監査経験を有する会計監査人の知見・ノウハウを積極的に活用する視点を持つことにより、費用対効果の面からみても公認会計士監査をより有益なものにできるといえます」。
 ここで伝えた内容は決して経理ご担当者に押し付けることなく、役員主導で、そして会計監査人を活用して成就していただきたいと思います。

 ※この内容は登壇者本人の私見であり法人の見解ではありません。

第3節 「人づくり」なくして 自己改革は完結しない 水谷 成吾 有限責任監査法人トーマツ JA支援室

一、改革できない職員

 2019年5月末の農協改革集中推進期間の終了が迫っても、依然として農協現場に改革の機運は高まらず、「組合員との結びつきを強化する」というスローガンを掲げる一方で、農協らしい職員が減少し、職員と組合員との結びつきは希薄化しています。
 農協職員と話をしていて特に気になるのが、金融機関に勤めているというような意識で農業に対する知識が全くない職員がいることです。
 そのような職員と話をすると「農業を知らなくても共済は推進できますよ」と、農業を知らないことを恥じるというよりも、むしろ農業を理解することの必要性が分からないという感じです。そのうえで、働き方改革を都合よく解釈して、地域住民との交流の場への参加を拒み、組合員とすれ違っても挨拶もできないという職員が少なくありません。
 農協職員の仕事へのモチベーションは、「評価にかかわるため」「怒られたくないため」など自分勝手な理由が中心で、推進活動も「組合員に必要だから提案する」のではなく、「ノルマ達成のために推進する」というのが実態です。結局、多くの職員が改革の必要性は理解しても、短期的な数字をつくる癖から抜け出せていないのです。

二、人事制度の影響が大

 どのような職員が育つかは、農協が採用する人事制度に大きく影響されます。特に、「人材育成・教育制度」「キャリアパス・ローテーション制度」「人事考課制度」は職員の成長を方向付けます。

【人材育成・教育制度】
 組合から提供される育成・教育の機会を通して、職員は知識や能力を蓄積し、成長していきます。そのため、組合から提供される育成・教育の機会が端末の操作方法や事務手続きに関するものだけの場合には、職員は事務処理能力には長けていても、自ら考え自律的に行動できるような人材には育ちません。

【キャリアパス・ローテーション制度】
 農協は総合事業を運営しているがゆえに、職群をまたぐ人事異動によってさまざまな成長の機会を与えられる(適材適所の実現)一方で、場当たり的なローテーションを実施すれば、キャリアがあいまいになるだけではなく、それまでの実績を台無しにすることにもなりかねません。

【人事考課制度】
 職員は組合から評価されることに積極的に取り組み、評価されないことには関心を示しません。そのため、組合から評価されることが共済推進等の実績数字だけであれば、数字さえ獲得していれば問題ないと考える職員が増加します。

「求められる職員像」を起点にして一貫性のあるトータル人事制度を構築する

 まずは、各農協において建前ではなく、役職員が納得し共感できる「求められる職員像」を明確に示すことが必要です。この「求められる職員像」は、役職員の想いがこもったものでなければ意味がなく、系統指針を焼き直ししただけのお題目やスローガンをいくら掲げても効果はありません。
 そのうえで、「求められる職員像」を具体化した等級基準を作成して、人事制度の骨格を形成します。この等級基準が人事考課の基準になるとともに、報酬の基準にもなります。さらには、能力開発上のニーズ(成長目標)を明確化することにも貢献します。等級設定において大切なことは、組合として職員に期待する事項(能力、職務内容、役割、成果など)を明示し、それにもとづくキャリアパスを提示することで、職員にとって自らに期待される事項と成長段階が明確になることです。
 次いで、組合が期待する事項に対して、職員個人がどの程度それに応えているのかを測定し、処遇、登用、配置、教育につなげるための人事考課の仕組みを作ります。前述のとおり、職員は組合から評価されることのみに関心を持つため、人事考課制度が職員の行動に重大な影響を与えることに留意しなければなりません。
 最後に、等級および人事考課結果から提供された基準・根拠にもとづき報酬を支給するための報酬制度をつくります。ここでは、組合として何を認め、何に対して報酬を払うことが妥当かを判断します。

三、トップの意志明確に

 人事制度の設計において何よりも重要になるのがトップの明確な意志です。人事制度の設計とは判断の連続であり、無数の見解の相違のなかで、トップダウンで組合の重要な価値観を示すことにほかなりません。わが農協は職員に対して何を求めるのかを明確にすることから始まり、職員の何(能力、情意、成績など)を評価して、何(年齢、能力、役割など)を基準に報酬を支払うのかを明確にします。
 その際、人事制度に対して寄せられる様々な意見に対して玉虫色の答えを出すことなく、価値観が合わない職員には辞めてもらって構わないというほどの覚悟で人事制度の設計をやりきることが必要です。

第4節 トップの「想い」中期計画に 水谷 成吾 有限責任監査法人トーマツ JA支援室

一、近視眼的になる中期計画

 改革という大きな変化に直面している現在の農協には、大局的見地から農協の将来を見通したうえで、役員が本当に挑戦したいと思える〝目指す姿〟が必要です。しかし、どれだけの役員が自らの〝目指す姿〟を自分の言葉で組合員や職員に語り掛けているのでしょうか。
 役員の想いが見えないなかで出来上がる中期経営計画は、いくつかの数字を更新しただけで基本的には前年踏襲型の中期経営計画であり、短期的な数字づくりのための中期経営計画です。〝自己改革〟を掲げてはいるものの、結局、多くの農協において大切なのは短期的な財務目標(ノルマ)を達成することであり、中期経営計画はノルマ達成のためにやるべきことを列挙した行動計画が3年度分並んでいるだけです。そのような中期経営計画に対して、どれだけ魅力的な言葉やスローガンで飾り付けたとしても、組合員や職員の心に響くことはありません。

二、場当たり対応策排し

 このような状況のもと、これまでとは違う中身のある中期経営計画を作成したいと考えているのであれば、書店に溢れる「中期経営計画のつくり方」に関する書籍も、連合会等が提供する中期経営計画作成マニュアルもあなたの悩みを解消してくれないでしょう。求められているのは、中期経営計画作成マニュアルを活用して必要な情報や分析を積み上げて、中期経営計画としての体裁を整えることではありません。
 農協の中期経営計画に足りないのは、情報でも、分析でも、ノウハウでもなく役員の「想い」です。連合会等の指示に従って体裁だけを整えた中期経営計画には、中期経営計画の最重要要素である役員の「想い」が注入されていません。皆さんの中期経営計画は、見ればそこから役員の「想い」が読み取れるでしょうか。組合員から必要とされる農協の姿がそこに書かれているでしょうか。政府の〝農協改革〟に応えることを主眼に置いた場当たり的な対応策の列挙ではなく、役員として組合員に対して「何がしたい」「何をすべき」と考えているかが伝わってくるでしょうか。

三、先が読めぬからこそ

 最近では、環境変化が激しいことを理由に中期経営計画を否定し、「環境変化が激しく3年後を見通すことは困難です。このような状況において3年の中期経営計画をつくることは、環境変化に対する柔軟性を損なうだけ」など、場当たり的な経営を正当化する役員もいます。そのような意識だから、自律的に考え、創造し、改革するという発想になれず、政府の進める〝農協改革〟に右往左往するばかりで、言われたからやるという受け身の改革になっているのです。
 変化する環境下だからこそ、役員が本当に挑戦したい中期経営計画をつくることが重要であり、役員の「想い」が何よりも大切です。役員自身のゆるぎない決意・やると決めたことはやりきるという覚悟に裏打ちされた中期経営計画が、役員自身・職員・組合員を突き動かすのです。環境分析資料にもとづいて中期経営計画をつくっても、前提となった環境が簡単に変化する時代です。
 今の環境を前提に正しい中期経営計画をつくることにあまり意味はありません。そうであるならば、人口減少、高齢化の進展、国内農業産出額の減少など、外部環境の変化に対応するために「こうしなければならない」と考えるのではなく、農協の役員として「こうしたい」、「こうすべきだ」という「想い」を優先するべきです。

四、夢は人を引きつける

 役員に選任されたときに、あなたにはどのような「夢」がありましたか。それぞれが役員になったら「こんなことに挑戦してみたい」、「こんな風に地域農業に貢献したい」など、夢や理想を掲げて役員に就任したのではないでしょうか。それでも、いったん役員(経営者)になると、目の前に経営課題が山積であり、「やりたい仕事」の前に「やらなければならない仕事」が押し寄せてきます。
 気がつけば夢や理想をきれいごとと切り捨て、目の前の仕事に取り組む毎日であり、日々繰り返す意思決定に対する不安やストレスを誰も理解してくれません。いつしか、組合員や職員から寄せられる夢や理想も「現実を見ずに勝手なことを言う人のわがまま」にしか感じられなくなっているのではないでしょうか。
 夢や理想だけでは経営できないのは事実ですが、それでも役員が描く夢や理想に対して人やお金が集まってくるのも事実です。それなら自分の夢を追いかけてみませんか。あなたが本気になって実現したい将来像・実現すべきと考える将来像を組合員と話してみてはいかがでしょう。貯金残高や共済保有高ではなく、役員の「想い」を聞いた組合員は〝自己改革〟を実感するのではないでしょうか。「想い」が強ければ強いほどそこには人が集まってくるはずです。それこそが〝自己改革〟のスタートです。

意見交換 組合員と同じ目線で 准組合員600万人の重い事実

 八木岡(JA水戸) JA水戸は早めに全組合員調査を行い、1月一杯で取りまとめました。そこで分かったのは、小規模農家からの要望が強くなっていることでした。これまでは認定農業者や担い手への対応を深掘りしようということですが、そうではなく、もっと裾野を広げて、組合員に寄り添って欲しいということだと思います。どちらを優先するかではなく、経営としてどう折り合いをつけるかということです。
 水谷(トーマツ) 対話は、本当に改革につながる意見交換かということが重要です。要望の全てに応じることはできませんが、きちんと応え、何を変えたかを示さないと、対話だけで終わってしまいます。農業経営者に向き合うには、同じ目線に立てるかが重要です。市況がどうの、天候がどうのという言い訳はできません。農業経営者はそれを数字としてみているのですから。幅広く意見を聞き、必要であれは専門家に対応させるなど、少しずつ、着実に対応していくことが大事ではないでしょうか。
 石田(JAみどり) 公認会計士監査への対応では、リスクコントロールマトリックスを整備し、チェックリストも作成。ここまでやればまずいいだろうというところまでできたと思っています。水谷さんの講演にあった「人づくりなくして自己改革は完結しない」というのは、まさにその通りで、これからの農協を支える人物を育てたいと思っています。
 高山(トーマツ) JAみどりの監査対応は進んでいる印象を受けました。監査対応が一定の水準に達したら、次には監査のためではなく、どうしたら組合員のためになるかを考えていただきたい。また監査対応について、JAの経済事業は内容が幅広く、規模も大小さまざまあるので、JA全中は600余りのJAをすべてフォローできるものではありません。そのJAに見合ったものが必要です。ただ全中の指針は、いわば最低限の及第点です。その水準に達していないJAはまずいと思います。
 指針は示せても、監査の内容そのものは示されません。自分たちで考えることです。同じ愛知県でも都市農協のJAみどりと農業地帯のJA愛知みなみでは大きく違います。方針は示しても、手取り足取り連合会が指導できるものではありません。中期計画も人事制度も、上(県中央会)がつくったものではなく、自分がつくったものと言えるようになることが大事です。
 福間(新世紀JA研究会) 改めてトーマツの二人にお聞きしますが、「自己改革」とはなんでしょうか。
 水谷 「改革」と言う以上は、今とは違う姿になるということでしょう。農協改革については当初、外圧が必要と思いましたが、それではJAが本当にやりたいことにはならないということが見えてきました。何を変えるかも自分で考える。人に言われてやるのは自己改革ではありません。やりたいが、今までできなかったことを工夫しながらやる。これが自己改革だと思います。
 高山 販売高300億円のJAの顧問をやっていますが、これまでのやり方を大きく変えていなくても、組合員はJAの事業に満足しています。そのようなJAもありますが、国民から見るとJAは一つです。ただJA改革が進んでいますが、それがJA全体の底上げにつながっているのかという問題があります。
 宮永(JAはだの) 政府主導でいろいろな調査が入っていますが、自分たちは販路拡大、所得増大などJA改革に取り組みました。しかし調査対象となった認定農業者の満足度は半分程度です。満足しているのはJA役職員だけというギャップをどう埋めるかが問題です。政府は調査結果で、准組合員の利用規制などを判断すると言っており、その意味でJAは、いま危険な状態にあると言えます。
 水谷 改革と言いながら、仕事の延長でやっているのだと見られ、組合員はそれを改革とは認識していないように思えます。改革とは何かを実現することですが、それがいっこうに見えないのです。JAは伝え方が下手ですが、改革は、やっていることの質、量を十分考えなければ、組合員から「ああ、その程度ね」と捉えられかねません。
 農家との勉強会などでは、JAが自己改革でやっていることは、これまでずっとわれわれが言ってきたことだが、国が改革だというと、すぐ動く。本音のところ「なぜ今までできなかったのか」という不満が聞かれます。
 福間 今年(2019年)の5月に改革集中推進期間が終わり、どういう評価、総括になるか。中央会制度が改革で全面廃止となり、戦後の農協運動では最大の衝撃です。ひきかえは准組合員の利用規制です。自民党が、JAが自主判断すればいいと言ったことで准組合員問題は終わったかのような話になっていますが、農協から一定の距離を置く600万人の、農家でない准組合員がいるということを忘れてはいけません。一方で正組合員は400万人強。自民党が何を約束しようと、国民からは、農協はどういう組織かと問われます。
 戦後70年農協を指導してきたのは全中であり、JAグループなのです。そこできちんと答えを出すべきです。調査で、どうすべきか組合員に聞いているようでは混乱するばかりです。JAのあるべき姿を問題提起して引っ張っていくのが上部団体であり、リーダーの役割です。すでに農業は農家だけで振興するのは難しい状況です。もっと広く、准組合員を含めて主体的に動くことで、発展の道があるのではないかと思います。
 八木岡(JA水戸) 准組合員を問題にする前に、農協は何のためにできたのか。使命は何かを議論することで、農協の使命、それを支える准組合員の立ち位置が見えてくるのではないでしょうか。食料だけでなく、種子、水、漁業の問題について、国民のコンセンサスとするための議論を起こすなかで、准組合員の立ち位置が決まってくるのです。
 佐藤(JA山形市) 自己改革といっても、今までやってきたことばかりです。改めて全中が言うようなことで、することはありません。組合員は自分の生活を守るため、したたかに生きています。農協はそれに対応していくべきで、中央会の言うことを聞いていればいいというのではなく、農協が自ら考えることです。
 宮永 今さら何が徹底した話し合いかとも思いますが、多くのJAでそれができていないことが問題です。監査でクリアすべきタスクも示されています。それをクリアするにはどうすべきか、内部統制・自分たちでどうすべきか、石田参事の指摘のように、自分で取り組むべきです。しかし多くのJAでそのことが十分には分かっていないように思います。
 高山 公認会計士監査では時間切れにならないようにしてほしい。会計士は活用してなんぼの世界です。何をどこまでやるかは交渉次第です。監査契約であり、「契約」ごとなのです。各種のセミナーにも出てこないJAもありますが、本当にそれでいいのでしょうか。中央会の法的な指導権限がなくなるということは、責任も取れないことになるのです。各JAに責任をもって頑張ってもらうしかありません。

第5章 新たな准組合員対策について
第24回課題別セミナー・2019(平成31)年3月15日

第1節 農業を買い支えて「生産する消費者」に 辻村 英之 京都大学 農学研究科教授

一、フェアトレードと産消提携

 タンザニアのキリマンジャロ山の西斜面にあるルカニ村。日本において高い人気を誇るキリマンジャロ・コーヒーの産地である。森林保全的な農法として注目されているアグロフォレストリーが、キリマンジャロ・コーヒーの生産にも適用されている。コーヒーの木は直射日光に弱く、木陰を好む。そのための日陰樹として、森林の林木や村民の主食であるバナナの木が活用されている。ここにさらに畜産が結合され、経営内部の資源循環性「バナナの茎・葉→家畜(飼料)→家畜糞尿→バナナ・コーヒー(堆肥)」が高い(高価な肥料・飼料を購入しない低費用の)、農林畜複合経営が確立されている。
 2011年にFAOの世界農業遺産(GIAHS)に認定された、この魅力的なキリマンジャロ山中の伝統的な農法が、2001~02年度の「コーヒー危機」(コーヒーの国際価格の史上最安値水準への暴落)を主因とし、ルカニ村において崩壊しはじめた。コーヒーとは対照的に直射日光を好む(それゆえ邪魔になる林木の伐採を促す)トウモロコシへの転作、コーヒーに代わる現金収入源としての林木の過剰伐採・販売が進んでしまったのである。これをくい止めるため著者は、ルカニ村・フェアトレード・プロジェクトを企画した。
 フェアトレードは、(1)生産者が費やした生産コストと、生産者の一定の利益(→生活水準)を保障する最低(輸出)価格の保障、(2)産地の社会開発プロジェクトの経費とするフェアトレード・プレミアム(還元金)の支払い、の二つの買い支え方で、農業者・産地を支援するものである。ルカニ村・フェアトレード・プロジェクトは、(2)の支え方で、図書室の完成、中学校の建設、耐病性が高い(無農薬栽培を可能とする)コーヒー苗木の普及などを実現した。さらに(1)の支え方で、コーヒーの生産意欲を回復させ、コーヒー産業の復興や森林再生を後押ししている。
 しかしフェアトレードは、この二つの買い支え方がゆえに、小売価格が高くなってしまう(消費者への販売が困難になる)弱点を持つ。従来のコーヒーの品質(香味)に、「生産者支援できる」新たな品質が上乗せされているのがフェアトレード・コーヒーである。小売価格の高い部分は、この「生産者支援できる」品質に対する支払いとなる。「生産者支援できる」ことがうれしく、積極的にその代金を支払う消費者が増えるよう、同プロジェクトは、毎年夏にコーヒー・スタディツアーを実施し、消費者にルカニ村に来てもらっている。新たな品質(生産者支援する力)の成果を自ら確認してもらい、また生産者との交流を深めて、「友人を支えたい」気持ちを育んで欲しいからである。

二、産消提携の買い支え方

 最低「価格」を保障するだけのフェアトレードには、収入「価格×販売(収穫)量」リスクまでを軽減できないという弱点もある。言うまでもなく、自然に依存する収穫量の変動を抑えられないからである。その一方で、欧米で普及が進むCSA(Community Supported Agriculture・コミュニティが支える農業。フランスではAMAP)は、地元の有機農業を支えるために、生産・生活を持続できる最低収入「販売代金(価格×数量)」を保障する。
 最低「収入」を生産前に決めて「コミュニティ」(消費者グループ)が前払いし、農業者はこの支払いの一部を利用して契約数量の収穫をめざす。収穫できた全量を生産者が集荷所まで運び、消費者はその集荷所に集まって野菜ボックスなどに入った有機農産物を受け取る。消費者が要望する有機農産物を自ら生産できないため、持続的生産の費用を先払いして、代わりに地元の農業者に生産してもらう。この生産委託がCSAの原理的事例である。
 以上のフェアトレードによる(1)価格保障、(2)還元金、CSAによる(3)前決・前払い、(4)全量買い取りの4つを、農業が直面する大き過ぎる価格・収穫量(および両者を掛け合わせた収入)の変動リスクに対応できる、望ましい買い支えの仕組みと考える。
 ところでCSAは、日本の産消提携を元祖にすると言われている。実際、産消提携の1事例「共同開発米事業」(JA庄内みどり遊佐支店・共同開発米部会と生活クラブ生協による減農薬・無農薬米をめぐる生産・消費の支え合い事業)においては、(1)市場価格より29%(3434円/60㎏)高い生産者価格、(4)豊作のため契約量10万俵を超える10万6000俵の購入、(3)価格・数量を3月末(生産前)に確定(その契約量の6割を生協組合員が年間予約登録)、(2)生産者価格の0・5%分(1・6円/㎏)を組合員が「共同開発米基金」として積み立て(同年の総額891万円)など、4つの買い支えのどれも度合が高い(2009年度)。

三、競争から「共創」へ

 消費者にとっての品質・価格の「競争」メカニズムは、「よりよいものをより安く」の追求である。一方で生活クラブ組合員が、上記の高度な買い支えを実現できている背景には、「消費者が要望する品質の食料を食卓に供給してくれる農業者を消費者が買い支えたい」あるいは「買い支えるのが当然」という理念・規範がある。
 この「産消提携の理念・規範」は、支えたい気持ちを芽生えさす「活発な農業者との交流」に加え、品質や価格を生産者と消費者が共に創るという「共創」メカニズムへの参画で、生活クラブ組合員が農業に対する高い当事者意識を持ち、確立されている。その当事者意識を、生活クラブは「生産する消費者」(生産者と共に食品を創り上げる消費者)と呼称している。
 (1)消費者による品質の要望→(2)生産者による新たな品種・栽培方法の実験→(3)消費者による新たな品質の評価→(4)新たな品質の確立、という手順での品質形成が、品質の「共創」メカニズムである。(1)生産者による「生産原価」の提示→(2)「市場価格」の参照→(3)生産者と消費者の討議→(4)「妥結価格」に到達、という手順での価格形成が、価格の「共創」メカニズムである。 

四、准組合員と共創する地域農業

 JAの自己改革において、准組合員を「農業振興の応援団」と位置付けるとともに、「マーケットインに基づく生産・販売事業方式への転換」を強調している。
 マーケットイン(消費者ニーズ)に基づく方式であればまさに、准組合員制度という日本農協の特質がゆえに、「消費者ニーズ」(消費者が求めている農産物・食材の品質・価格)をこの上なく近いところで捉えられるJAの強みが生じる。
 地域農業の応援団(あるいは支援団)として准組合員を実質的、本格的に位置付けるためには、上記のCSAに類似の(たとえば「コミュニティ」を准組合員グループとし、集荷所を農産物直売所とするような)取り組みが求められるのではないか。そこには、地域農業に対する支えたい気持ちや当事者意識を准組合員が持てるよう、上記の「活発な農業者との交流」や「共創」メカニズムをそなえるべきである。

第2節 生協との提携 農業振興に准組合員の参加を 三瓶壮文 JAはだの 改革推進室長兼組織部長

 はじめに

 今回の農協改革では、准組合員がJAを必要としているかではなく、農業者つまり正組合員がJAを必要としているかが重要と国は言っている。正組合員が納得する事業展開がなされなければ准組合員利用制限をかけるということだ。これに対抗するには農業振興に准組合員が関わる仕組みを拡大することだと考え、さまざまな仕掛けを行っている。
 アクティブ・メンバーシップは、地域農業の振興と協同組合の理念を共有し、意識を持って活動に参加し、事業を利用することを強調し、訴えなければならない。このためには総会、座談会、訪問日など対話活動と教育文化活動などの学びを通じた組合員主役の組織運営を追求したいと考えている。
 准組合員との繋がりの基本的な考えは、正・准区別のない組合員対応だ。近年、農業の応援団とかパートナーなどと言っているが果たして応援団なのか。准組合員も組合員であり、主役でもあると思う。
 JAはだのでは、1975(昭和50)年に正・准の割合が逆転した。1982年に開催された協同組合研究者や全国の組合長の有志による「JAの准組合員対策討論会」に参加した、当時の組合長の言葉を紹介する。「准組合員対策というのはそのまま正組合員対策であって、正とか准とかで区別すること自体に問題がある。協同活動の中にどのように組み込んでいくかが大切だ。
 事業利用のみを接点とする対応にとどまることなく、運営参画あるいは意思反映の面で具体的に対応していきたい」と語っている。以降、正・准区別のない組合員対応が本格的に行われてきた。その年に開催された第16回全国農協大会で、准組合員対応策が決議された。
 JAはだのでは、総代会ではなく全組合員を対象とする総会を行っており、准組合員にも参加を呼びかけている。准組合員からも賦課金を徴収している(一律500円)。市内120ある生産組合には准組合員も加入しており、市内83会場で春・秋開催する座談会に准組合員の参加を呼びかけている。出席率は20%を超える。毎月26日と27日に全ての組合員宅を訪問しており、今年で51年目となった。さらに、組合員教育事業で准組合員を対象とした講座がある。

一、新規就農者を准組合員に

 また、農業への関心を高めようと、さまざまな仕掛けを行っている。特定農地貸付法の制度を活用した「さわやか農園」や市民農業塾を開設し、農業者の担い手づくりと農産加工の起業者の育成を行っている。市民農業塾は、新規就農、基礎セミナー、農産加工企業セミナーの3コースがあり、新規就農コースは2006年に開始。今までに85人が修了し、70人が就農した。全体で約12 haを経営し、今では秦野の農業を立派に支えている。
 修了者は、ほとんどが組合員に加入。特に新規就農コースの卒業者は、全て正組合員となっている。また、「さわやか農園」の利用をきっかけに准組合員に加入する人も多い。さらに、観光農業や体験型農業への取り組みを積極的に行い、農業の果たす役割など実際に農業に関わることにより農業への理解者を増やしている。
 また、JAと秦野市、そして農業委員会がワンフロアで秦野市の農業に関する業務を行う、はだの都市農業支援センターを2005年に開設した。秦野市における農業に関する一体的な取り組みと効率化が図られている。組合員は、今までは、相談したいことがあってもたらいまわしにされたが、便利になったと評価している。
 取り組みの例として「はだの農業満喫CLUB」を紹介する。都市農業を生かすために、担い手不足や荒廃農地対策のために、観光農業を振興することとした。農業者が減少する中、地域農業の衰退を防ぐために、ひとりでも多くの消費者に農業を体験することで農業の魅力を感じ、地域農業の発展を担ってもらおうと企画した。2009年に設立し、現在会員は649人となっており、春と秋に開催するイベント案内を会員に通知する。一人でも多くの人に「農業や食」の大切さを広めていく活動に力を入れている。

二、パルシステムとの連携

 次に生協との連携を紹介する。2019年3月13日に包括協定を結んだばかりで、具体的な取り組みは今後協議していくが、提携先は生活協同組合パルシステム神奈川ゆめコープ。相互の事業を通じ、組合員および地域住民の暮らしに貢献し、一層の地域活性化に資することを目的にしている。
 JAはだのでは、1987年(昭和62年)から生協や森林組合との協同組合間交流を始めた。国際協同組合デーでの研修会、協同組合フェスタのほか、生協への農産物出荷や体験ほ場など様々な交流を行ってきた。
 自己改革を実践するなかで、赤字が膨らむ経済事業、特に生産資材と生活資材について検討した。生産資材は量販店との連携を模索し、JA水戸やJA御殿場を視察するなど現在研究中。生活資材は、取り扱いが減少している女性部の共同購入に着目。現在、女性部員は1000人いるが、共同購入を利用している部員は300人と少ない。取扱高は、平成5年の3億2000万円をピークに2018年度は1600万円まで落ち込んだ。以前は共同購入が主な活動だったが、現在は趣味グループの部員が大きく上回っている。女性部のあり方について見直さなければいけない時期となっているのが現状だ。
 座談会で、組合員から「買い物困難者」対策を講じて欲しい、移動購買車を復活して欲しい、宅配事業を開始して欲しいなど意見、要望が寄せられた。組合員のニーズに応えようと検討した結果、パル生協の取り組みに注目し、話し合いをすすめた。
 パル生協を選んだ理由は、店舗を持たない宅配専門の生協である、個人宅への配送のほかグループでもよい、生活班を継続できる、女性部員だけでなく全ての組合員に呼びかけることができる、週1回の配達や食の安心安全を重視している、SDGs達成にむけて積極的に取り組んでいる、食や農をテーマに様々な活動を行っていることなどだ。

三、農業との関係性保つ

 農産物の販売や宅配など、単なる事業連携は全国でも増えているが、今回、連携するのは、「農や食」の取り組みを中心とした協同組合間連携、協業を目指す包括協定とし、8つの項目の実現に向け連携していく。具体策は、これから協議するが、イメージとして生協組合員用の農園開設、地場産農産物を使った料理教室の開催、「はだの農業満喫CLUB」への加入、生協組合員のJA組合員加入、イベントでの交流、「じばさんず」利用呼びかけ、秦野産の農畜産物や加工品の販売などがある。なお、宅配事業の協業を2019年4月1日から始める。
 幅広い交流を行い、消費者として「農業」と関係を持てるよう進めていきたい。今後は、代表者による定例会で連携項目を決定し、連携項目ごとにプロジェクトを立ち上げ実現していこうと考えている。
 JAはだのでは、3年前(2016年)の第53回通常総会の特別決議で「JAはだのみんなで地産地消運動」に全ての組合員が取り組んで行くことを決めた。内容は、全ての組合員が、一日一品以上地場産の農畜産物を食する。また定期的に地場産の花を家庭に飾り、心身ともに健康で明るい生活を送ろう! というものだ。組合員一人ひとりがこの運動を広げて行こうと呼びかけている。この取り組みが市民運動になるようがんばっている。
 総合JAは必要不可欠なもので、仮にこの仕組みが壊されれば、地域における助け合いの協同組合組織は消滅し、農業振興をするどころか地域はますます疲弊することになる。農業振興は、食や地域に関連する人々とともにあることを明確にしなければならない。このため、JAを農業者・農家で構成する組織から農業者・農家および農業を支える者で構成する組織へと意識の転換をはかる必要があると考える。
 それには、一人でも多くの組合員とふれあい、対話活動による「小さな協同活動」や「教育文化活動」が重要であり、これからも知恵を出し合い協同組合への結集を広めていかなければならない。同時に、JAは農業振興・農業所得確保において、今後より一層の努力を傾注し、農業協同組合としての社会的役割を果たしていかなければならないと考える。
 JAは今、厳しい情勢に置かれているが、農協改革は政府や安倍晋三首相のため、アメリカのための改革ではない。日本の農業や食、そして組合員のために改革するのだ。全国全てのJAが同じ条件で運営しているわけではない。646のJA、そして連合会がそれぞれの特徴を生かした改革が必要である。
 私たちJAは、組合員や地域に信頼され、必要とされる「農業協同組合」でなければならない。今、まさに正念場。それぞれの立場で、全力で自己改革に取り組む必要がある。

第3節 准組合員の新たな位置付けを提案 畑と食卓をつなぐ運動へ ―新世紀JA研究会企画部会・小委員会報告― 荒川 博孝 JA東京中央 経営企画部経営企画課長

一、現状と経過

 1976年JA全中総合審議会では准組合員の加入について「農協が農民を基礎においた組織であることを踏まえ、協同組合運動に共鳴し、安定的な事業利用が可能な者」と位置付けている。1986年JA全中総合審議会では、正組合員の一戸複数正組合員化が提唱され、准組合員対応については1976年の総合審議会の内容を踏襲している。
 2015年の第27回JA全国大会では准組合員を「地域農業や地域経済の発展を農業者と共に支えるパートナー」「地域農業振興の応援団」と位置付けている。以前から准組合員の対応策や位置付けはあったが踏みこみが弱かった。このままでは准組合員の事業利用規制に対して有効な策にはならない。
 全国のJAでは准組合員に対し、食や農の観点から各種取り組みが行われている。一見したところいずれも准組合員の位置付けがあいまいな印象を受ける。しかしながら、既存の取り組みについては、JAの将来像を踏まえた准組合員の位置付けが明確になれば准組合員対策として有効である。

二、問題の所在 問われる組織の性格

 (1)正准組合員数逆転の下でのJA組織のあり方(約10年前に准組合員数が正組合員数を上回った事実)、(2)新しい農業振興のあり方の提示(生産者だけで農業振興ができるのか。消費者あっての農業振興ではないか)、(3)組合員に関する基本的対策がなければ常に危機にさらされる(准組合員の位置付けが明確でなければ危機は乗り越えられない)、(4)政治力には限界があり、JA自らの対策を提示することが得策(JA自らの意思がなければ誰も助けてくれない)、(5)ピンチをチャンスに変える(今ならできる。今しかできない)。

三、基本方向 1千万人のJA運動へ

 (1)農業振興は「生産の主人公たる正組合員」と「食の主人公たる准組合員」でという新路線の確立。
 (2)食料・農業・農村基本法に定める基本理念の追求(1000万人のJA運動)。
 2014年の「食料の供給に関する特別世論調査(内閣府)」によると83%が食料供給に不安を抱いている。

四、准組合員の位置付け 畑と食卓の両面から

 農政の憲法と言われる食料・農業・農村基本法に鑑み、農協法第一条の達成を目指す。
 JAでは准組合員を消費者の代表と捉えることができる。重要なのは、生産者に対する消費者という対義ではなく、消費とは「食」を表し、いわば畑と食卓の両面から地域農業振興に貢献する者をJA組合員と定義することである。

五、基本的な活動の提案

 基本的には、准組合員も正組合員と分け隔てなく対応し、JA活動に参加することとするが、准組合員独自の活動として、以下の取り組みを進める。

 1.食を通じた地域農業振興への貢献
 (1)管内農畜産物の買い支え、(2)食に関する意見具申、(3)料理教室への参加、(4)体験農園への参加、(5)援農に関する取り組み、(6)食農・学童教育への参加と意見具申、(7)モニターとしての参加。

 2.JA活動を通じた地域農業振興への貢献
 (1)准組合員による部会組織として「農業振興クラブ」(仮称)を設置、(2)事業利用における農業振興対策、(3)経営面における対策として理事への登用など、(4)運営面における対策として制限付議決権(意思反映のための議決権)の付与。

 3.准組合員の加入促進
  農業振興貢献の意思を文書等で確認する。

 4.准組合員による「農業振興クラブ」の結成と推進

 5.JA活動の補完としてJA版eコマース(全国連の既存サイト活用)

六、農業振興クラブ・共通の願い農業振興

 准組合員の自発的かつ持続可能な活動とするためには、組織化が必要である。そのための規約例を示す。(規約例は省略)
 特徴としては、(1)准組合員のうち規約に示す目的に賛同する者が加入すること(准組合員の自主管理)、(2)会費負担(1200円/年)を求めることである。具体的な取り組み事項や会費負担について、全て会員の自主判断のもとに行う。会費の徴収は会員の自覚を促す大きな力として活用する。
 准組合員の位置付けを「食とJA活動を通じて農業振興に貢献する者」と明確にすることで、「農業振興」が組合員の共通の願いとなる。食べてくれるから生産できる。生産してくれるから食べられる。そのような畑と食卓をつなぐ活動ができるのはJAである。

第4節 「食」で農業支える准組合員 強み生かし事業モデルを 志村 孝光 JA東京みなみ 常務理事

 准組合員対策についての新世紀JA研究会企画部会・小委員会に委員として参加した一人ですが、食と農の協同組合として、農業を支援する者の組織として准組合員の農業振興クラブを位置付けた場合、どのようなビジネスが考えられるかについて検討してきました。
 いま、事業計画を検討しているが非常に厳しい状態にあります。低金利のもと、信用事業が難しくなっており、経済事業でいかに収益を確保するかが最大の問題です。低金利はボディブローのように効いています。
 そのような環境のなかで、JA東京みなみでは、農産物直売所を軸とした准組合員への対応を検討してきました。准組合員は2014年から5年間で2000人増えています。貯金残高は、准組合員とその家族で、全体の約1690億円のうち46%を占めています。これは0・2%の金利上乗せと、准組合員の出資金が1000円以上で加入し易いことから、実質的には金利のため准組合員になる人が多いのが実態です。
 従って、協同組合運動に共鳴するとか、農業振興の応援団になるとかいう気持はまったくないといっていいでしょう。そのような准組合員にいかにアプローチするかですが、もし准組合員の利用がいまの半分に規制されると貯金高は500億円の流出になり、JA経営の根幹を揺るがしかねません。
 そうならないためには、准組合員のあらたな定義付けが必要だと思います。その定義をJAの将来像に置き換えて事業戦略を描くと、農業振興は、生産者が主役の正組合員、消費者が主役の准組合員、この両者による「農と食の協同組合」ということになります。農業生産の拡大はこれまで正組合員を対象に取り組んできたことであり、もう一つの消費者および准組合員に対する何らかの新しい施策が必要となります。

 それはJAの強みを生かした事業戦略です。都市部のJAでは消費地を抱えているということです。具体的には「食」から農業生産を支えることです。それが、小委員会が提案する「JA農業振興クラブ」です。あらたに准組合員の「顧客」を創造するビジネスモデルとして考えています。それは直売所を軸としたメンバーシップ戦略です。
 農業振興クラブは、「食」によって地域・国内農業を支えようという意志のある組合員の組織です。年会費1200円払ってまで参加してもらうには、それなりのインセンティブがなければなりません。それを直売所から発信しようということです。
 その例として、会員割引や商品券、ポイント加算などがあります。つまり事業の利用を通じて運営参画や意見具申できるようにすることで、これを准組合員の意思反映のモデルとして考えることができます。

 このモデルのポイントは何点かあります。まずは会費の使途ですが、クラブの会員が自ら決めることです。半面、この面でコストコホールセールジャパン㈱のビジネスモデルをベンチマーク(基準)にできないかと考えています。
 次に加入のメリットです。インセンティブはつまりメリットで、経済的メリットは会員制度や商品券などです。農業振興の主役として積極的に応援したいという准組合員の思いは心理的メリットです。それにはポイントカードなど、貢献度が見えるようにする必要があります。
 3つ目は直売所のブランド化で、コストコホールセールが参考になります。つまり、そこでしか買えない商品です。「そこでしか」の差別化で、直売所のブランド化を高める必要があります。JA東京みなみでは、2018年11月に新しく直売所をつくりましたが、都市部で地場産の農産物で全てを賄うのは無理です。大消費地にあるJAの役割として、全国の農畜産物を扱うことも必要です。
 4つ目は運営参画です。将来的には「食と農」を支えてきた准組合員への議決権の付与、理事への登用の動きは自然に出てくるもので、いきなりトップギヤでなく、まず料理教室や直売所運営への参加などのプロセスを経ることが重要です。
 5つ目は組織化の展開です。農業振興クラブは、その地域だけの組織ではなく、都道府県全国段階に広げ、600万人の准組合員を組織化し、共通の規約に基づいて運営するという考えです。

 参考までに、コストコは低価格商品販売戦略の会員制小売業モデルです。年会費は約4200円。1年ごとに更新で会費は戻ってきません。コストコの粗利益率は10%ちょっとで、一般の小売業の20から30%に比べてかなり低い水準です。それを補うのが営業利益と会費収入となっています。一般に小売りはコストが掛かりますが、会費は元がほとんど掛かりません。それが低価格戦略を支えているのです。このモデルをJAの直売所で使えないかと考えています。
 また、JA東京グループは今回のJA大会で、「直売所ブランドの構築」を決めました。現在あるJAの52直売所をチェーン化し、それによって、ブランド品をつくろうということです。その中には、直売所をJAと切り離し、法人による運営方法もあると思います。
 農業振興を通じ正組合員、准組合員が一緒にという発想でないと、これからのJAはないと言ってもいいのではないでしょうか。それに基づいて、准組合員を、食を支える消費者として位置付けるなら直売所がビジネスモデルとして最適だと思います。

第5節 正准一体で農業振興 新たな事業モデルを 福間 莞爾 新世紀JA研究会 常任幹事

 准組合員対策を考える場合に、これを全体としてどのように捉えればいいのか。これを「准組合員対策の基本構図」として図式化した(次頁)。図表では、この問題を大きく3つに分けた。

一、問題の所在と認識

 この問題の発端は、2014年の5月に規制改革会議の農業ワーキンググループが「農業改革に関する意見」で准組合員の事業利用は正組合員の2分の1を超えてはならないとしたことにある。
 その後、政府の「規制改革実施計画」で、准組合員の事業利用について、「正組合員の事業利用との関係で一定のルールを導入する方向で検討する」とされ、2016年4月施行の改正農協法では、附則で准組合員の事業利用規制の在り方については、施行の日から5年間(2021年3月まで)、政府が実態調査を行い、検討を加えて結論を出すことが明記された。
 では、この問題の所在と認識についてどのように考えればいいのか。この問題を官邸によるJA潰しの一環として捉えることは容易だが、その背景に総体として准組合員の数が正組合員数の数を上回ったという事実がある。
 この事実から、JA組織の基本的性格が問われているとする認識と、准組合員は制度として認められているから、いくら准組合員が増えても何ら問題はないとする認識に分かれる。
 この点について、今回の政府提案は、准組合員の制度そのものを改変する意図のもとに行われており、JA組織の基本的性格が問われ、戦後JA運動の総括を伴う重大問題とみるべきだろう。
 なお、この問題に対する自民党の対応は、JA信用事業の代理店化と同じく組合員の判断とするから安心しろというものだが、これはもちろん選挙対策用のもので額面通りに受け止めるわけにはいかない。
 このようなJA運動にとっての最重要課題を自民党まかせにし、組織の既得権益を守ることに腐心することは良い結果を生まないし、自主・自立の協同組合運動の趣旨にもとる。何より、自民党の選挙対応以降、議論放棄の雰囲気が生まれていることに危機感を持つべきだ。

二、運動の基本方向

 以上の状況を踏まえ、基本方向は二つに分かれる。一つは、環境変化を踏まえ正・准組合員が一緒になって農業振興を支えるという新しい総合JAビジョンを確立し、そのもとで国民運動としての新たなJA運動を展開するという方向と、もう一つは従来方針を踏襲し、職能組合と地域組合の二軸論による運動を継続していくことだ。
 だが、後者の従来方針の踏襲たる二軸論(現在のJA自己改革路線)は、国会審議を通じ、また農協法改正で完全に否定されたのであり、その事実に向き合わなければ将来展望を切り開いていくことは難しい。また、准組合員問題について政府・自民党を頼りにするとしても、そのバックには国民世論があることを肝に銘ずべきだ。

三、准組合員対策の確立

 准組合員対策は、もちろんそれ自体単独で論じられるものではなく、これからのJA運動展開の方向と一体となって考えられるべきものだ。ここで重要になってくるのが、准組合員の位置付けである。
 JA運動の基本方向を新総合JAビジョンの確立と見る立場からは、准組合員を「食とJA活動を通じた地域農業振興の貢献者」と位置付けるという新たな発想が出てくる。
 これに対して、旧来の地域組合路線による准組合員の位置付けは、「協同組合運動に共鳴する安定的な事業利用者」(全中総合審議会答申1986年)というもので極めて漠然としたものだ。
 一方、現実問題として、准組合員の加入推進は主に信用・共済事業における員外利用制限回避のために行われてきたのであり、極論すれば准組合員対策はその方便として考えられてきたとさえ言ってもよい。
 またこうした考えの背景にあるのは、地域インフラ論だ。今も全中は、これを論拠にしており、衆参の農水委員会でもその重要性が決議されている。だがこの論拠は、今の時代には全くそぐわない。今や多くの地域で銀行、保険会社、量販店、コンビニエンスストア等がひしめき合い、JAがなくてもこと足りる。
 したがって、この地域インフラ論は逆に、多くの地域において准組合員の事業利用規制に有力な根拠を与えることに注意が必要だ。現に農水省は、平成31年度予算1200万円を使い、「農協の准組合員の事業利用規制の在り方の検討に資するよう、各地域における生活インフラの利用実態について現地調査を行う」としている。この調査の趣旨から、事業利用規制の有力な根拠を地域の生活インフラの整備状況としていることがはっきり読み取れる。
 JAグループは、総合事業とともに准組合員制度があることによって、営農・経済事業の赤字を信用・共済事業の収益で補填するというビジネスモデルを構築し組織として大きく発展してきた。
 だが、政府から准組合員の事業利用規制という問題を突き付けられ、これまでのような主張は続けられなくなっている。JAグループは今こそピンチをチャンスに変え、正・准組合員が一体となって農業振興に取り組むという新たなビジネスモデルを構築していくことが重要である。
 そこで、今後の准組合員対応の具体策としては、(1)今までの准組合員対応を農業振興への寄与という観点から検証し、新たな対応策として確立していくこと、(2)准組合員の中核組織として、農業振興クラブ(仮称)構想を実現して行くことが考えられる。
 そうすることによって、正・准組合員1000万人を核とした食料主権の国民運動の先頭に立つことができるし、これから困難が予想されるJAの経営危機にも准組合員600万人のメンバーシップを確立することで、事業推進上のアドバンテージを得ることができる。
 JAは総合事業と准組合員制度によって、組織として大きく発展してきた。だが今回の農協改革は、JAに対して、これまでの成功体験からの脱皮と農業振興のための新たな総合JAビジョンの確立を要請していると捉えるべきであり、まずはそのための意識改革・転換が求められている。
 農業振興クラブの結成については、初めてのことで戸惑いもあろうが、目標ははっきりしており、その気になれば新境地を切り拓くことは可能であろう。JAの底力に期待したい。

意見交換会 「振興クラブ」具体化を SDGsの視点も加え

 萬代(新世紀JA研究会) 新世紀JA研究会の小委員会の報告、「JA農業振興クラブ」の内容を初めてうかがった。全国650JAはそれぞれ環境が違うが、准組合員の問題は、そろそろ形として結果が求められる時期にきていると思います。農業振興クラブは、できるところはもう一歩進めて具体化していただきたい。
 福間(新世紀JA研究会) 准組合員を、農業振興を担う一員として位置付けることで、今のJAの事業との関連を意味付けできるようになるのではないか。
 岩堀(神奈川県中JA改革対策部) 准組合員といっても一括りできず、さまざまな人がいます。正組合員に近い人もおり、固定的に考えるのは難しい。その辺はどのように議論したのか。
 志村(JA東京みなみ) 小委員会の提案は准組合員をそのままスライドするのではなく、農業に理解と関心のある人に働きかけて組織化するというスキームを考えています。
 三瓶(JAはだの) 准組合員はまさに多様です。JAはだのは長年、組合員7000人の時代があり、そのとき正組合員が3000人で、准組合員が4000人でした。そのころは地域に密着した准組合員がほとんどだったので、一緒に協同活動ができました。
 しかし、その後、組合員増加運動を展開し、貯金やガソリンスタンドだけ利用する組合員が増えたので、教育活動を強化し、座談会などに参加するよう声を掛けるようにしてきました。20%くらいの参加率ですが、徐々に増えています。こつこつやるしかないと思っています。食と農に関心のある人が多い生協とのつながりも重要です。
 福間 農家ではない600万人の准組合員について、国民目線で質問があった場合、どう答えたらいいのか。農業・食料という国民的関心の高い価値観を前面に出していかないと、准組合員問題は押し切られてしまうのではないか。
 安部(JAあおば) JAあおばは正組合員2700人、准組合員2万7000人で、貯金残高約5000億円のうち60%を准組合員が占めます。准組合員の関心は金利だけです。いま議論になっている利用規制について関心を持つ准組合員がどれだけいるでしょうか。
 ゼロベースで新しい関係をつくらなければなりません。2700人の正組合員も本当に農家かという疑問もあります。これは都市JAだけで考える問題ではないと思います。
 ただ、都市型農協には大消費地に近いという強みがあります。県内自給率100%を超える県のJAの農産物を扱うなど、力を合わせることも考えるべきです。
 小林(JA東京むさし) 准組合員の考えが、なかなか分かりません。組合員との対話運動の一環として組合員家庭訪問活動を行っています。対話によってJAの価値を訴える必要があります。
 三瓶 職員のあいさつが悪いとか金利が安いとか、ほんとうに細かいことについて、本音を聞けるのが組合員訪問です。
 小林 「農業振興クラブ」は、その目的と方向性について十分説明し、理解を得る必要があるのではないでしょうか。
 髙以来(JA長崎県央) JA東京みなみの、コストコホールセールジャパン㈱の話、参考になります。准組合員をメンバーとする「農業振興クラブ」の年間1200円の会費は、メンバーに受け入れてもらえるのでしょうか。
 志村 准組合員にとって、出資金以外の会費ということには抵抗があるかもしれません。ここで必要なのはインセンティブです。JAの直売所の場合、そこでないと買えない品物を揃え、サービスを提供するという差別化戦略が必要です。最初は会費なしで始めるなど、やり方は、さまざま考えられます。
 中原(協同組合懇話会) 「農業振興クラブ」は、理念の共有化がポイントになると思います。それが「食で農業を支える」では、少し弱いのではないか。
 持続させるには、国連の定めた「SDGs」(持続可能な開発目標)の枠のなかで、協同組合に何ができるかについて、准組合員や地域の人と生活に近いところから一緒にやろうということで理論構成するべきだと思います。
 白石(東京農業大学) JA福岡市は農と食をつなぐ考えから、災害時には准組合員に食料の供給を保障するなど、「食と農に貢献するもの」として、准組合員を巻き込み地域活性化を実現しています。その取り組みに学ぶべきだと思います。
 竹下(JAあいら) 准組合員の定義を変える場合、定款を変える必要はないのですか。
 荒川(新世紀JA研究会) 定款変更は考えていません。解釈変更でいいと思います。「農業振興クラブ」は排除の議論ではないので、地区外でも組合員になれるという考えも出ています。
 竹下(JAしまね) 利用権設定などで農地がなくなると、准組合員に変更せざるを得ない状況もあり、准組合問題は、農地法と併せてもっと深掘りする必要があります。引き続き、新世紀JA研究会や小委員会の中で、全国組織を巻き込んで検討していただきたい。

【コラム・覚醒】 福間莞爾 新世紀JA研究会 常任幹事

位置付けを明確化 「地域農業振興に寄与する者」

 新世紀JA研究会では、3月15日に開いた課題別セミナーで「新たな准組合員対策」をテーマに検討を行った。このセミナーで、同研究会の企画部会小委員会(委員長・JA東京中央経営企画部課長・荒川博孝氏)から「新たな准組合員対策」について報告が行われた。
 このなかで注目されるのは、新たな准組合員の位置付けである。言うまでもなく准組合員問題は、今回の農協改革における最重要課題であり、その事業利用規制のあり方は、2021年4月以降に結論が先送りされている。准組合員対策についてはJA全中でも取り組みの進め方が示され、各JAでも様々な対策に取り組んでいる。
 だが、全中が示す取り組みの進め方やJAでの取り組み状況を見ても、今ひとつ説得力のある対策が行われているようには思えない。このことについて小委員会の議論で、この対策のポイントは准組合員の位置付けにあることが明らかにされた。混迷する准組合員対策について、その核心部分の影の正体“龍の目”を初めてとらえたといってよい。
 准組合員の位置付けは、これまで全中の総合審議会答申で行われてきている。いささか古い話になるが、1986年の全中総合審議会答申では、准組合員の位置付けを「協同組合運動に共鳴し、JAの事業を安定的に利用できる者」としている。
 この位置付けはどのような背景のもとに行われてきたのか。それは、准組合員が農協法で制度として与えられており、協同組合運動に共鳴する者であれば、農家でなくとも地区内に住所を有する者は基本的に准組合員として受け入れが可能であったからだ。
 だがこうした位置付けは、今後の准組合員対策に有効性を持たないばかりか、対応の妨げになるといってよい。その理由は大きく二つある。その一つは、これまでの准組合員対策では、准組合員を協同組合運動に共鳴する者としているが、どのような具体的目標・組合員のニーズをもって准組合員を組織するのかが明確になっていないことにあった。
 このため、これまでの准組合員対策は、准組合員としてJAに加入してもらうこと自体を目的としており、准組合員対策として実体のあるものではなかったと言える。極論を恐れずに言えば、員外利用制限を回避し、主に信用・共済の事業を伸長するという目的のために行われてきたのであり、実体がなくてもそれが准組合員対策となり得たのである。
 JAの諸活動において最先端とされる、正・准分け隔てなく対応するという取り組みも、参加する准組合員の具体的な目的や思いはそれぞれであり、それから先に進むことができないでいる。協同組合の活動は、組合員のニーズ・目的が明確でなければワークしない。もちろん、これまでの准組合員対策は、JA運営への理解、協力を求めるという点において効果があったことについて異論をはさむつもりはないが、同時にそれは大きな限界を持つものであったのである。
 つまるところ、JAとして准組合員になってもらえれば、員外利用規制はなくなるのであり、准組合員の存在理由などは何でもよく、耳障りのよい「協同組合運動に共鳴する者」ということになったというのが実情であろう。かくして、結果として600万人を超える膨大な数の意思なき准組合員が存在するという事態になった。
 また、これまでの准組合員対策が有効性を持ち得ないもう一つの理由は、JAが自己改革のなかでうたっている、JAは職能組合であると同時に地域組合であるといういわゆる〝二軸論〟が、今次の農協改革における国会審議や農協法の改正において完全に否定されているということである。
 地域組合論を掲げ、JAは農協であると同時に、信用組合や生協の役割を果たしているのであり、そうした人たちを准組合員として組織化したいと言えば、その部分はどうぞ別の組織に移行してくださいということになる。
 こうした事態を招いているのは、これまでの准組合員対策の要である准組合員の位置付けを旧態依然の「協同組合運動に共鳴し、JAの事業を安定的に利用できる者」としていることにあった。
 直近の全中による大会議案などでは、准組合員は「地域農業や地域経済の発展を農業者とともに支えるパートナー」、「地域農業振興の応援団」、「地域振興の主人公」であり、JAは、准組合員のメンバーシップ強化について、「食べて応援」「作って応援」に取り組むとしているが、准組合員の存在をあくまで地域の面から考えている点において、旧来の考え方を踏襲している。
 これに対して、今回の小委員会は、新たな准組合員対策における准組合員の位置付けを、「食とJA活動を通じて地域農業の振興に寄与する者」とした。この准組合員の位置付けは、今後の農業を、生産者・正組合員と消費者・准組合員の両者で支えるという、新総合JAビジョン確立の想定のもとに行われている。
 ここにJAビジョンを掲げることの重要性がある。JAは新総合JAビジョン確立のもと、准組合員の位置付けを「食とJA活動を通じて地域農業の振興に寄与する者」とすることによって初めて、有効な准組合員対策を確立することができる。
〈追記〉
 准組合員の事業利用規制問題について、2018年6月7日のJAグループ政策確立大会で、自民党の二階俊博幹事長が、「准組合員の事業利用規制やJAが行う信用事業の代理店化について、押し付けるつもりはない。組合員が判断すればよい。しっかりと党として約束をしておく」と述べた。
 この発言以降、JA内には一種の安堵感だけでなく、この問題はもはや終わったかのような雰囲気さえ漂うこととなった。二階幹事長の発言は、2019年夏の参議院選挙に向けたリップサービスの感が強いものだったが、選挙の結果をみると、JAや自民党の意向に反して准組合員問題は必ずしも選挙の争点にはならず、当選した山田俊男議員の獲得票も22万弱に止まり、自身が敗戦の弁さえ述べることになった。
 こうした経過を踏まえ、政府の規制改革推進会議は、2020年7月2日に、農業分野での農産物検査規格の見直しや農協改革の着実な推進などについて、安倍晋三首相に答申した。この中で准組合員の問題については、JA自己改革の中で「准組合員の意思をJA経営に反映させる方策」を検討するとし、9日の政府による規制改革実施計画では、その方策の作成を2021年4月を目途とした。
 准組合員の事業利用規制問題について、当初自民党は、「組合員の判断」と言い、それが今回の答申では、「准組合員の意思をJA経営に反映させる」となった。この間の事情は一切説明がなく、また、「組合員の判断」と同じく「准組合員の意思をJA経営に反映させる」ことについても内容が全く不明である。この点について、JAグループ関係者は、今回の答申が事業利用規制のあり方に触れなかったことを好意的に受け止めつつも、「真意を見極めたい」としているという。
 今次農協改革で最大の問題とされた准組合員の事業利用規制問題について、はたしてこのような取り組みでよいのか。JAグループは、早急に自主・自立のJA運動に立ち返り、この問題を自分の頭で考え、議論していくことが何よりも重要となっている。

第6章 農業への直接参入による農業振興について
第25回課題別セミナー・2019(令和元)年5月23日

第1節 農協出資法人は経営継承の切り札 担い手確保 遊休農地防止にも 谷口 信和 東京大学 名誉教授

 はじめに

 日本農業の担い手問題は新しい局面に入りつつある。それはすでに地域農業の中で担い手と認知されている大規模な農業経営が、家族経営や法人経営では後継者が、集落営農では新たな構成員が確保できず、経営継承に困難を抱える事態が各地で発生しているからである。
 そこでは、小規模経営から大規模経営までが農地(農業資源)の提供者とならざるをえない事態が水田農業から畑作・果樹・施設園芸などの耕種部門全体に及ぶだけでなく、畜産・酪農など全農業部門に広がりつつある。
 こうしたなかで、地域農業の持続的な発展を保証するためには、単に優良農地だけでなく、条件不利農地や耕作放棄地をも含めて地域農業資源を余すところなく活用することを重要なミッションとした農協による農業経営(中心は農協出資型農業法人)の存在意義が従来にも増して大きくなりつつある。
 水田農業などにおいては農協出資型農業法人が1年に新規借入する面積が10 haを超えるばかりか、30 ha超に及ぶ場合すら発生しており、大規模な法人経営の存在が地域農業の存続にとって不可欠となっている。

一、農協直営型の経営も

 一方で農協による農業経営は、1988年の第18回全国農協大会で農協が「農用地利用調整」に積極的に取り組むことを決議するとともに、1989年から農地保有合理化事業(賃貸借のみ)に着手し始めたことを契機とし、他方で1992年の新政策で農業法人化が構造政策の目標の一つとして位置付けられ、1993年の農地法改正と農業経営基盤強化促進法により、農業生産法人への法人としての農協の出資が法認されたことを起点として本格的に始められることになった(農地の権利取得を伴わない農業法人化に対して農政は積極的な関心を示してはこなかった)。
 当初はもっぱら農協出資型農業生産法人として設立され、2009年の農地法改正によって農協直営型経営が新たに登場することになったが、中心はあくまで前者にある。2018年末現在でほぼ300程度の農協で合計724の農業経営が取り組まれているが、このうち農協主導型法人(農協の出資割合50%超)が229、非農協主導型法人が434(うち一般経営159、集落営農型275)、農協直営型が59となっている。

二、地域農業には不可欠

 農協出資型法人では経営面積が100haを超える経営が48経営(全体の12・8%)、売上高1億円以上の主導型法人が33経営(25・0%)あり、全体としては日本の大規模経営のほぼ3%を占める存在となっている。そこでは、一方で耕作放棄地の復旧に重要な役割を発揮するとともに、他方では新規就農者研修事業等を通じて、地域農業の多様な担い手を育成する「半公共的な役割」をも担い、地域農業の維持・発展にとって不可欠の意義を有している。
 こうした役割を担うことから多くの出資型法人は設立から3、4年目までは赤字経営を余儀なくされることが多いが、初期投資に基づくファームサイズと経営実績を示すビジネスサイズが照応してくる4年目以降に収支均衡から黒字に移行する傾向を有している。

三、高まる総合性の意義

 今日の地域農業においては、(1)耕作放棄地、(2)新規就農者育成、(3)直売所、(4)耕畜連携を軸とした地域農業の総合化という4つの課題をめぐって家族経営の危機を主内容とする担い手問題が存在している。農協による農業経営は家族経営の補完・支援・代替機能を担いながら、これらの4つの課題に総合的に取り組むことを要請されている。
 これらの課題に果敢に挑戦してきた先進的な法人の経験=歴史の波頭を整理する形で出資型法人の展開過程をまとめれば、以下の6つの局面が指摘できる。
 ▽第1局面=水稲作を中心とした水田農業経営から農業内のあらゆる部門への進出。
 ▽第2局面=農作業受託から農業経営への移行(「地域農業の最後の担い手」の位置付け)。
 ▽第3局面=本来の農業経営から耕作放棄地復旧・再生、新規就農研修といった地域農業資源(土地と人)の再生・創出という新たな課題への挑戦(「地域農業の最後の守り手」の位置付け)。
 ▽第4局面=小規模家族経営の経営代替・継承問題から大規模家族経営の経営代替・継承問題への対応という課題の深化(法人経営を創出する新規就農研修の登場。「地域農業の最後の攻め手」の位置付け)。
 ▽第5局面=自治体から始まり、地域に存在する多様な農業関連企業(農家)へと出資者の枠を大きく広げたJA出資型法人への移行。
 ▽第6局面=地域農業の担い手問題への部分的な対応から総合的な対応へ(耕種部門内における多数の農業部門への進出から始まって、畜産でも複数の部門を擁する事例が出現し、直売所支援と新規就農研修事業の結合がみられる)。
 こうして、今や農協による農業経営は「地域農業発展の総合的拠点」の地位を獲得するところにまで至りつつある。こうした展開を支えるには単協が総合事業展開をしていることが極めて重要であろう。

第2節 農業を〝面〟で支援 生産から販売・人材確保まで 鹿児島銀行のアグリビジネス 馬門 孝幸 鹿児島銀行 自然部主任調査役

一、農業金融への支援強化

 平成15年に「アグリクラスター構想」を掲げ、本格的な取り組み体制の整備に着手。「アグリクラスター」とは、農業の「アグリ」に、「房」の意味の「クラスター」を加えた造語。農業を含めた一次産業を「点」で支援するのではなく、それらを取り巻く産業群全体を「面」で支援していくというのが「アグリクラスター構想」の概念。
 ・平成16年に当時の農林漁業金融公庫と「業務協力協定」を締結。民間金融機関として協定締結第1号。
 ・同年、鹿児島県庁農政部に1年間行員を派遣。
 ・平成18年に行内の体制整備を行い「アグリクラスター推進室」を設置、その後、平成30年4月に「自然部」へ昇格。現在、県庁OBの2人を含めた8人体制。
 ・平成22年、畜産業者との取引強化に向けABL(動産担保融資)管理システム「アグリプロ」を開発、運用開始。
 ・平成23年から県内の畜産会社へ行員を派遣、現在6人目。畜産業以外では、平成27年から県外の中央卸売市場に行員を派遣、現在3人目。

二、農業向けの融資972億円

 耕種農業・畜産業に製茶業、いも焼酎などの酒類製造業、肉製品加工業を加えたアグリクラスター関連業種の融資残高は平成31年3月末で972億円。

三、畜産向け融資を拡大

 棚卸資産(牛)に担保設定し運転資金(ABL)の対応を検討。
 日々変動する担保物件の管理に苦労した経験から、担保物件である棚卸資産の動きや、価値などをリアルタイムに把握できる仕組みを検討し、管理システムである「アグリプロ」を開発。
 取引先は在庫の現在価値や借り入れ可能額などをリアルタイムに把握、資金計画作成にも活用。当行は担保管理の省力化、取引先のさまざまな兆候察知に活用、スピーディな経営支援態勢を構築。畜産ABLによる融資実績は、平成30年9月末で融資先84、融資額334億円。

四、地元企業と農業法人

 平成28年9月に、地元企業と共同で農業法人「株式会社春一番」設立。農業従事者の減少・高齢化、耕作放棄地の増加など、農業を取り巻くさまざまな課題解決に取り組み、農業を魅力ある産業へ発展させ、地域雇用の創出と農業の裾野を拡大することが設立目的。
 スタッフは全員、農業経験ゼロの銀行員で構成し、現在、社長を含め5人。極早生タマネギ、オクラ、パプリカなどを生産。今後、卸売部門の事業拡大で生産者の所得向上にも積極的に取り組む。

五、畜産の経営改善支援

 経営改善局面において牛肥育農家、飼料メーカー、食肉加工メーカー間で経営支援契約を締結し、経営改善・安定に向け三者が密に連携して取り組むスキームを構築。三者と当行で定期的に経営実績報告・検討会を開催、業況等確認し、必要に応じて対策を講じることで改善の実効性を高めている。
 各種ファンドを活用した取引先支援も実施。新たな品目の取り扱いを始める。農水産物等の輸出拡大、新たなバリューチェーンの構築などによる地域振興、事業承継、牛管理システムの普及による農家所得の向上を目的として、これまでに計8社に投資。

六、オリーブ事業に着手

 平成24年5月、日置市と当行は「包括的業務協力協定」を締結。立地、歴史的背景、需要増加、雇用創出可能性などの理由からオリーブ事業を選定。イタリア・スペインに行員を各2か月間派遣、収穫作業、搾油、テイスティング等の経験を蓄積。
 当行、地元企業数社で「鹿児島オリーブ」を共同設立。イタリア・スペインから上質なオリーブオイルを輸入し、エクストラバージンオイルとして販売。他に日置市のオリーブの葉や地元の温泉水を使った石鹸や化粧水なども直営店・ネットを通じて販売。
 平成29年12月、搾油工場を建設。少量ではあるが念願の日置産のオイルを搾油。
 将来的には、日置市内の農家・市民が育てたオリーブの実を買い取り、加工品を製造・販売する計画。今後、レストラン・物販施設を設ける計画もあり、最終的に50人の雇用創出を目指す。

七、外国人実習生に対応

 近年、労働者人口の減少で人手不足が深刻化し、働き手の確保は事業者にとって大きな課題となるなか、外国人技能実習生の受け入れを目的とした「九州アジア人財開発協同組合」を設立。当行は幹事へ就任。
 発起人企業に弁護士法人、社会保険労務士法人を抱え法務面、労務面でのフォロー体制に強み。農業を含む地域産業が抱える「人材」の課題解決に向け支援を実施し、地域産業の活性化に取り組む。
 当行は今後もさまざまな分野に挑戦し、多種多様な分野の専門家と連携し、基幹産業である農業の発展に取り組み続ける。

第3節 「樫山農業」で世界を幸せに 担い手・JAと循環システム 樫山 直樹 (有)樫山農園 代表取締役

一、父の思い聞いて就農

 徳島県にある国立阿南工業高等専門学校の建設システム工学科を1年留年し、21歳の時にアメリカへ2年間の農業研修に行きました。土木が専攻だったのに農業を志したきっかけは両親への恩返しです。留年した当時、自分の道に迷って音楽の道に進もうと決心して父に相談したとき、初めて父の思いを聞くことができました。
 「誠実であること」「自分の人生を使って誰かの役に立つこと」「農業を通じて夢を、不可能を可能にすること」などを聞いた時、かっこいいと思い、また自分もそうなりたいと思いました。
 実はもともと農業というより虫がとても苦手で、それで農業も嫌いだと思っていました。しかし父の話をきっかけにやってみようと決意できたのです。
 一度は他に出て勉強もしてみたい。そう思い、どうせ出るならできるだけ遠いところということで、2年制のアメリカ農業研修に行きました。
 現地では大規模な農業法人で実際に働き、メキシコからの密入国者などによってアメリカ農業の現場が成り立っていることや企業的な農業経営を学び、2002年に帰国。帰国と同時に就農し、その時に父が言っていた農業実現を目指し一緒に法人化しました。
 アメリカの農業は大規模で効率的です。しかし、そこで育てていたトマトを食べる気にはなれませんでした。
 真っ青の状態で収穫したトマトをワックス剤のプールに漬け込み、労働力できれいに磨いて箱詰め、その後パレットごと真空にした状態で冷蔵庫に1か月以上保管し、出荷時にエチレンガスで追熟して出荷。安全なのかどうか当時の僕には全くわかりませんでした。
 日本の農業、特に父がやっていた農業は、コンピュータを使って環境制御し、手作業でていねいに育て、まるで我が子のような扱いでした。安全性やこだわり、品質・農法においては日本の方が優れていると帰国して感じました。しかし、非効率な面も多々あり、そこはアメリカを見習うべきとも思いました。
 以上の経験から、私にとっての第3の農業の形を目指すようになりました。
 簡単に言うと「こだわり農業の効率経営」です。経営理念にもそれをうたい、目指すべき「樫山農業」として表現しています。当農園の栽培部門は、フルーツトマト、水田、有機葉物野菜、菌床シイタケの4つです。
 この4部門それぞれに責任者を配置し、連携しながら人員配置や作業管理を行っています。また各部門が関連性をもっているのも特徴です。
 元々トマト栽培がメインでしたが、収穫後の植物残渣(さ)を、以前は産業廃棄物処理業者にお願いして処理していました。しかしコストがかかることもあり、水田に鋤き込んで肥料にできないか、ということで水稲栽培を始めました。

二、農地委託全て引き受け

 17年前は水稲が60aだけでしたが、現在は80 haです。いつの間にか地域の耕作放棄地になりそうな水田のほぼ全てを管理するようになりました。しかし地権者からお願いされる土地は、水田もあれば畑地もあります。
 こうして農地は全て受け入れていますが、これまで、水稲を大規模にやっている人が高齢化で、引退の時期が迫っており、JA東とくしまと共同でライスセンターを新設したり、農地中間管理機構の相談を受けたりしています。JA、行政、民間が手を組んで取り組まなければならないと感じています。
 また畑作では、JAの事業を利用し、ビニールハウスを25棟建てました。そこで有機の葉物野菜を栽培するようになったのです。有機栽培に必要不可欠なのは良質な堆肥です。
 徳島県はシイタケの生産量が日本一だったこともあり、友だちにたくさんのシイタケ農家がおり、そこから廃菌床の堆肥をいただいていましたが、最近になって廃菌床堆肥の人気が出て品薄になり、手に入らなくなったのです。だったら自分でということで、菌床シイタケの栽培も始めました。
 それぞれの部門が微妙に農繁期・農閑期のズレがあり、そこで作業分散も図りながら、一年中仕事が途切れないようにして正社員の雇用が可能になりました。

三、海外でもJVで農業

 また、外国人技能実習生にも協力してもらっています。しかし私が参加した派米農業研修とは違い、彼らは出稼ぎにきているだけだということが分かりました。そうではなく、人材の循環として、帰国後に働ける場所ができればキャリアが活かせ、彼らの人生にとってもメリットがあるのではないかと思うようになりました。
 理念にあるように、関わる人を自分の人生や仕事を通じて幸せにしていくのが私たちの目的です。そこでJICA(国際協力機構)の事業を活用して3者でJV(共同企業体)を形成し、ベトナムでの農業も模索し始めました。
 また、タイにおいても現地の大手企業と組み、農業生産に取り組んでいます。
 世界では人口はどんどん増えており、食料不足になる事が懸念されていますが、私たちの力でできることを使って、生命の源である農産物の供給を通じて、人々が安全に、おいしく、健康になれるよう事業を展開していきたいと思っています。

第4節 規模のメリット追求 小規模・非農家ぐるみで 熊谷 健一 農事組合法人となん 代表理事組合長

 はじめに

 農事組合法人となんは平成25年の3月に設立し、現在、米、小麦、大豆、米粉用米、加工用トマトなど1004haを経営しています。法人の理事は12人、監事3人、4人の作業員を含む職員9人の体制です。作業員のうち2人は、新規就農のための研修「農の雇用」です。今年4年の研修期間を終えました。「となん」から30 haを分け、農機具を貸すなどで支援しています。
 「となん」の設立趣意は「地域農業が抱える諸課題の解決を図り、地域農業を次世代にうまくバトンを渡す役割を果たしていく」です。そして経営理念の一つは「人と農地と組織を活用し、担い手の育成に努める」ですが、もう一つの理念「地域の営農と豊かで住み良い地域社会づくりに貢献します」は、「なぜ農事組合法人が地域社会に貢献しなければならないのか。法人は農地の管理だけでよい」などと、当初猛反対されました。
 日本の農業、農村は小規模の農家が頑張っており、大規模一辺倒では地域社会が崩壊します。農家は小さくても大きくても地域の一員です。一方、20 haや50 ha、100haの大規模農家は法人に入れるなという声もありました。しかし、こうした農家がいないと農地を集積しても、それを使う農家がいないことになってしまいます。
 「となん」は盛岡市にあり、管内には約5万5000人が住んでいます。旧学校区単位に15の営農実践班を組織し、農地、作物を管理しています。集落数は42、戸数は1500。水田は1432haで畑が約1000ha。9割近い水田を「となん」が押えています。
 平成19年から農地・水・環境保全向上対策が始まり、約1900haが対象になり、毎年1億~1億3000万円の交付金が入り、それで非農家も取り込んだ農地管理、水路、草刈り、道路の整備などをやってきました。重要なことは、いかに国の事業と非農家の労働力を活用し地域を元気にするかだと思います。

一、現場乖離の集積事業

 農地の集約は必要です。しかし農地中間管理事業は誰が考えたのでしょうか。スタートしたとき、これで農地集積が進むと期待し、2年間苦労して600haを集積しました。せっかく集積しても受け手がないとどうしようもありません。そこで貸し手と受け手を対(つい)で申請したところ、受け手が決まっているのは利用権設定ではないとして受け付けてもらえませんでした。現場が分かっていません。「農地中間管理機構」と難しい言葉を使っていますが、要は農地を管理できない人が、管理できる人へ農地を預けるのであって「農地貸し借り安心機構」とすべきだと思います。
 「となん」の10年を振り返ってみると、農家の所得向上につながるスケールメリットはあったと思っています。平成28年で農産物販売額約6億4000万円、それに交付金等6億1000万円を合わせて約12億円、交付金は1農家平均60万円です。
 平成29年からの第2次中期3か年計画では、(1)農地利用、(2)生産販売、(3)生活とくらしの活性化の3つを掲げました。農地・作業の集積、遊休農地化防止、独自の軽微な農地改良、農業機械・労力銀行の育成、営農実践班の法人化などに取り組んできました。生産販売では農協との販売連携、野菜の直営事業、米の輸出、米粉の加工委託と販売、農業体験の受け入れ事業などです。

二、2000ha―将来誰が管理

 現在「となん」の水田は全作業受託を約80人、自己完結農家を約150戸、3作業受託を約100人で管理しています。毎年20、30 haの作業依頼がありますが、対応しきれなくなっています。生産者が高齢化するなかで2000haもの優良農地を将来誰が管理するのか。2、3年後にはその構想を立てなければなりません。
 農地集積は受け手農家の作業・経営の効率化のためです。1か所で最低でも10 haなければ効率は上がりません。そのため平成30年までに農地耕作条件改善事業で70 ha実施しました。また200haの県営圃(ほ)場整備事業も予定しています。
 いずれ受け手農家だけで農地の管理は難しくなるでしょう。そこで出し手農家、あるいは地域の非農家の労働力が必要になります。管内にはそのための集落組織はあり、地域ぐるみの農業を考える必要があります。

三、農地管理株式会社も

 農地の管理では「農地管理株式会社」の構想を持っています。農協、行政、法人、土地改良区、農業委員会などが話し合って、2000haの農地をどう管理するかです。その中で、関係する組織のワンフロア化は当然です。人の確保も含め、今年からスタートさせたいと思っています。
 これまでの経験から、水田農業の大規模化一辺倒は日本農業、集落を崩壊させるのではないかと思っています。法人は儲けなさいと言われるが、文化、自然、「結い」の心、つまり助け合いの精神が大事です。農協もそうで、この考えが無くなると、農協は地域から離れてしまうでしょう。次の世代に問題を残さないようにしていきたいと思っています。

意見交換 参入は地域に合わせ 基本は農家の手助け

 白石(東京農業大学) JA信州うえだは、耕作放棄地を新規就農者に利用してもらい、研修期間が終われば利用権を設定してそのまま就農するというやり方ですが、これなどはJAによる担い手の育成ではないでしょうか。
 谷口(東京大学) 耕作放棄地の一般論ではなくて、その地域で何が適切な作物かを考えなければいけません。JA信州うえだの有機栽培のワインづくりなどは地域の人の理解も得られるし、そんなに大規模でなくてもやれます。
 福間(新世紀JA研究会) JAは農業生産についてどのように責任を持てばいいのでしょうか。JAが農業生産に取り組めば農家と競合するという意見もありますが。
 熊谷(農事組合法人となん) 理論的にこうあるべきだというようなものはないでしょう。JAは組合員・農家が困っていることを手助けするのが基本で、JAがどこまでやるかは地域の判断です。
 白石 鹿児島銀行は農業融資を1000億円、それに農林公庫資金1000億円の融資をしていますが、公庫資金との関係について聞きたい。また技能実習生の取り組みはどのようなものですか。
 馬門(鹿児島銀行) 気を付けているのは、JAが行っていることを横取りするようなことはしないことです。あくまでも農家の皆さんのニーズに応えるということで取り組んでいます。けんかはしていません。それぞれができること、できないことを補完し合う関係です。
 長期資金の場合、政策資金が絶対によい。低利・固定金利、期間は25年です。公庫とは常に意見交換して取り組んでいます。その結果が2000億円超の農業融資です。技能実習生については管理組合をつくって対応しています。鹿児島、宮崎県に加えて沖縄県でもやりたいと思っています。
 白石 樫山農園はどうですか。また農園とJAの関係はどうなっていますか。特に農地の中間管理機構について。
 樫山(樫山農園) 技能研修生は10年前から管理組合で対応しています。彼らは借金をして日本に来る場合が多く、学ぶというより出稼ぎです。
 中間管理機構は全く機能していません。農地の集積率は全国最低です。説明に回っていますが、結局は地域の話し合いしかありません。特に農家から信頼されているJAの役割が大きい。
 熊谷 JAないし市町村を中心にやればよい。なぜ県の公社がやらなければならないのか。それでは1年以上かかります。
 JAや市町村が、農地の出し手と受け手を調整して申請すればそれで済むことです。そうすると公社の仕事がなくなりますが、そんなことさえ分かっていません。
 谷口 そもそも中間管理機構の考えは、これまでのように地域で話し合いをするからダメなので、全国一本の不動産管理会社をつくって全国的に農地流動化を進める考えに立っています。これまでの取り組みと合わないのは当然です。
 福間 「となん」における「農地管理株式会社」はどのようなことを行うのですか。
 熊谷 これから担い手がいなくなります。そういうところを農地管理会社で人を雇い、農業機械を効率的に利用して管理する。それで水田・畑地を合わせて2000haの農地管理しようと考えています。
 樫山 それを狙っていますが、中山間地帯などもあり、地域にあったやり方が必要です。地域によっては、水田ではなくキュウリや菌床シイタケなどで1億円を売り上げている農家もあります。そうしたところを含めて地域全体のマネジメントが必要です。
 熊谷 生産法人にとっても、農家組合等の集落組織が基礎となっており、農家だけでなく地域の皆さんと一緒に取り組むことが不可欠です。
 馬門 鹿児島銀行は輸出関連の会社を持っているので、特に需要の強い有機抹茶についてJAと連携しています。漁協との連携もハマチの養殖等でJFと話し合って進めたい。また畜産、特にブランド牛の台湾進出を考えています。
 秋山(JA常陸) 畑の受託(25 ha)を行ったが採算が取れません。有機は補助金がつくのでやりたいが、JAにノウハウがない。そこで、業者と連携して経営を任せたいのですが。
 樫山 当法人のハウスはJAと連携して、そのような形をとっています。特に有機は人気が高い。
 杉山(JA静岡県中央会) 外国人の就農は短期の収穫作業の需要が強い。この点、鹿児島銀行は通年で取り組んでいるのでしょうか。
 馬門 通年が基本です。単に管理会社だけではなく、長期的にみて現地に日本の会社をつくり、日本で学んだ人を雇用するなど腰を据えた取り組みが必要だと思っています。今回の入管法改正で新たな在留資格「特定技能」の農業では派遣もできるようになったのではないですか。そうした派遣の相互活用などが考えられないでしょうか。
 八木岡(JA水戸) 受け入れ70人のうち半分が留学生でレベルが高い。JAとしては技能実習では監理団体と農作業請負方式技能実習の実習実施者を同一組織ではできないこと、また、新たな在留資格「特定技能」の受入機関となって派遣を行うことの両方はできないので、整理して進める必要があります。

【コラム・覚醒】 GAPと農作業安全対策 経営改善運動に繋げて
白石正彦 東京農業大学 名誉教授

 農林水産省の資料によると、平成29(2017)年の農作業中の事故による死亡者数は304人となっている。同年の就業者数10万人当たりの死亡者数を見ると全産業は1・5人、建設業は6・5人であるのに対し、農業は16・7人(全産業比で11・1倍、建設業比で2・6倍)と高い水準にあり、農業における労働安全対策が他産業に比べてきわめて貧弱である点をJAグループの共通認識とする必要がある。

一、低いJAの問題意識

 その理由は、JAグループの農作業安全にかかる取り組み状況(平成30年全JA調査、25年との比較。JA全中の調査)では、「農作業安全年間取り組み計画の策定」を実施中のJA割合は5年間で17・9%から31・8%と増大し、今後計画する割合が平成30年で30・2%あるのは評価できる。しかし、平成30年で「計画・予定なし」が38・1%と4割弱ある点を問題とすべきである。
 JAグループの農業労働安全対策は、(1)農業者の労働安全、(2)農産物の安全性、(3)環境保全の3分野を包含した持続可能な農業経営実践の取り組み(GAP=農業生産工程管理=の概念)を明確に位置付けて取り組むことが重要である。現実にはGAPの概念が十分に認識されていない点も背景にある。
 東京農業大学の門間敏幸名誉教授は今年5月の日本農業労災学会シンポジウムで「労働安全のビジョン実現のために戦略的な経営を実践するマネジメントシステム」について話し、その目標はGAPによる持続型農業経営・産地の実現である点を強調した。JAグループは担当部署のみでなく、JAグループトップ役職員の根幹的理念としてこのようなGAPと労働安全のビジョンの共有化を期待したい。
 GAPには3分野を包含して「農業経営を実践する」のが第1段階である。第三者(認証機関)のチェックを受け「見える化」するのが第2段階である。このためGAPイコール第三者認証ではない。
 前述のシンポで、小野正一氏(JAいわて平泉「金色の風栽培研究会」会長)によると、JAいわて平泉を事務局とする、県、農業普及センター、全農本所、JA全農岩手県本部、JA県中央会を包含したネットワーク的支援で、JAいわて平泉「金色の風栽培研究会」の農業者組織の傘下にある「ASIAGAP(ブランド米部会)」、「いわて県版GAP(ブランディング部会)」が団体認証を取得した。具体的には農作業事故防止とJAいわて平泉の米ブランド化に意欲を高め、産地形成と農業経営の改善、オリンピック・パラリンピックへの食材供給や輸出等の可能性向上を目指している。
 そしてGAP手法による経営改善ツールとして、(1)計画P(農作業の計画を立て、点検項目を定める)→(2)実践D(点検項目を確認しながら農作業を行い、記録)→(3)評価C(記録を点検し、改善できる部分を見つける)→(4)改善A(改善すべき点を見直し、次回の作付けに役立てる)というPDCAサイクルの実践の意義を強調している。
 大都市近郊の神奈川県秦野市の伊藤隆弘氏(秦野いとう農園)は、同シンポで東京オリンピック・パラリンピックを視野に選手村への食材供給を目標に掲げ、2019年にASIAGAP(青果物)の認証を取得した。この取り組みの効果として、(1)作業場、農場が整理整頓されすっきり、(2)農場管理記録の文書化で経営状況の見える化が向上、(3)農機具、工具類、資材類の不具合減少、(4)農場管理マニュアルの導入でルールの共有化を実現し、経営のリスク低減、気持ちよく作業ができる点を強調した。

二、低負担の認証取得を

 今後の課題としては、(1)低コスト・低負担で継続できるGAP認証システムの構築が必要、(2)団体認証を利用した複数農家で認証取得することも効果的だと指摘。労災防止への取り組みとして、ヒヤリハットカードの習慣化(農園メンバー全員がリスク管理意識を持つことができている)、リスク情報を共有化でき、効果的な改善手段も提案。
 さらに、(3)農機格納庫の整理整頓と清掃(農機の出し入れ時の不測の衝突や転倒の防止。鎌や鍬、包丁などの保管場所の明示。しまう場所などルールを共有。農機農具、使用後の洗浄と、定期点検による使用直前の不具合減少)、(4)農場管理ツール(アグリノート)の活用(衛星写真上で、圃場周辺のリスク評価と管理が効率的に実施できる。ヒヤリハットカードで提案された改善項目の逐次更新)の取り組みは高く評価できる。
 JAグループは、以上のようなGAPを取得して実践している先進的な実態における(1)農業者の労働安全、(2)農産物の安全性、(3)環境保全を総合した農業経営改善とブランド化の効果と直面する問題点、課題の「見える化」を行うと共に、高齢化した農業者を含む集落組織単位でのGAPの協同活動としての実践を各JAの支援で促進するための「親密に仲間で導入可能なGAP(とくに農作業事故対策)活動冊子」をJAグループで作成し、学習活動を行うことも効果的だと考えられる。
 GAP=認証や、GAP=農産物の安全性という固定観念から脱却して「労働安全を土台とし環境保全、農産物の安全性を結びつけた農業経営改善運動」であり、その結果、GAP認証への2段階目に向かうことも可能である。就業者数10万人当たり死亡者の他業態水準、とくに建設業比での死亡者数の格差圧縮を重視し、さらに農産物のブランド化を実現し消費者への信頼やオリンピック・パラリンピックへの食材供給、輸出にも弾みがつくJAグループの戦略的展開を構築すべきである。

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