地域の農業をどう作り上げるのか

秋田県農業問題解決研究会
主宰 小田嶋 契
1.はじめに
○JA自己改革とは「原点に帰る」という話にすぎない
農協は、戦後に食糧管理法・農協法・農地法に基づいて誕生した。農協が誕生した時代と現在では生産現場・地域社会や流通も大きく変わり、農業自体も変わってきている。
JA自己改革とは、その当時から大きく変化した環境変化の中でどう進化し、協同組合本来の役割を果たすのか、環境変化に合わせて組織を進化させることである。少し具体的に言えば、農産物の有利販売、生産資材の有利調達、経済事業への人的資源のシフトであるが、これらは農協が果たすべき本来の使命ではないかと考える。言わば原点回帰するということである。
真の生産性は農家・生産者が担うが、農業において農協が最も存在感大きい農業団体である。農協の在り方、改革が農業に及ぼす影響は非常に大きい。そして、その評価は地域の生産者・組合員が行うものと考える。
私が、組合長在任中にもっとも残念に思ったことが、組合員から「農協さん」という呼び方をされた時であった。「農協さん」と呼ばれたときに「組合員の、組合員による、組合員のため」の農協であるはずが、何時の間にか「農協の、農協による、農協のため」の農協になってきているのではないかと思うことが度々あった。
私は農協の役員は組合員と職員が良好な関係を築けるようにすることが役割だと思っている。「農協さん」と言われたときに、役職員は協同の精神がJAの事業存続のための精神論に陥ってはいないか、自らの姿を鏡に映して見直さなければならないと考える。
○農家と農地のあり方から考える
農協の自己改革が順調に進んだ場合、何が実現されるべきかについて考察する。
JA自己改革が進み、農業者の所得増大・生産拡大が実現した先にあるものは、耕作放棄地の増加が抑止され地域の農地が守られていることでなくてはならない。農業所得が増え生産が拡大したとしても、作付けされず荒れた農地が増えてしまっては、地域にとって何の意味もないものとなってしまう。地域の農業の目指す姿は、その地域で様々な姿が考えられるが、全国に共通して目指すべき指標は耕作放棄地をこれ以上増やしてはならないということである。
どの地域で誰がどんな作物を作るか、という点は生産振興にとって大きな課題である。ただ、「品種に勝る技術なし、適地に勝る品種なし」と言われるように、適地適作の考え方が基本になる。
しかしながら何を作っていくかという課題も重要であるが、耕作放棄地を増やさないためには、担い手の育成と農地の集積について考えなければならない。
現在の状況では、経営感覚を持った担い手が育ったとしても、農地の集積は進んでも集約は進みにくくなっている。このままでは、小さな農家が全て離農した時にその農地を引き継いで耕作していく担い手が現れる可能性は少ない。現状では地域農業が維持できるとは思えない。
自分が頑張れるうちは自分の農地を耕すという考えは尊いものと思うが、自分がリタイアした後のことについても農地を所有する人は考えを持たなければならないのではないか。
農家を育てることと地域を維持することは、本来は同じことである。自分の住む地域の将来を考えることは、意欲ある担い手を育てることと同じと考えるべきであろう。
担い手の育成と併せて、農地の集積・集約を進めていくことが、地域の農業を作り上げていくための最重要課題と考える。
そのためには、人・農地プラン、地域営農ビジョンの実効性と農地中間管理機構の機能発揮である。
2.人・農地プラン、地域営農ビジョンの再起動
○「人・農地プラン」が形だけのものになるのはなぜか
人・農地プランは、基本となる人と農地の問題を一体的に解決して、持続可能な農業を実現することを目的としている。効率的営農体制の創出という構造改革を進めるために、農地中間管理機構の機能発揮と地域での徹底した話し合いをもとに人・農地プランを作成することとされている。しかし、実態は形だけのものになっているケースが多い。これはJAの地域営農ビジョンについても同様である。
これは、話し合いが形式的なものであったことが原因と思われる。
農業は長い間、天候や自然災害に苦しめられてきた。さらに政治や政策にも振り回されてきた。農業者の責任と言ってはいけないが、形だけになってしまうのは農業界に存在する人任せの気質に由来すると考えられる。ここで言う人任せの気質とは、天候が悪い、農協が悪い、連合会が悪い、政治が悪いなどの言葉が出てくる天動説的な考えのことである。また、地域の担い手の話になると誰かを頼りがちになってしまう。
人・農地プランや地域営農ビジョンについて、地域で話し合いを持とうとすると、誰かに任せるような話になり、形だけになってしまう例が見受けられた。話し合いが意味のある話し合いになるための重要なポイントは参加する人の当事者意識であろう。前述のような気質が話し合いに参加する人たちの何処かに潜んでいるために形式的なものになりがちと考えられる。参加者が主体的に話し合えるようにするためには、話し合いの単位を工夫する必要がある。そこで、品目ごとや年代ごとの話し合いの場を作ってみてはどうかと考える。
私は組合長在任中に、地域農業振興計画策定にあたって、組合長と生産部会の役員とで徹底的な話し合いを行った。また生産部会のみならずJA地区運営委員会においても同様に取り組んだ。生産部会の会議や地区運営委員会に自らが出席し参加者に問題提起を行い、課題を皆で話し合い、課題解決の手法の検討を行った。その話し合いを基に生産者自身が主体的に自らの経営計画をたてる。こうして作成した計画を地域農業振興計画・経営計画に反映させた。
その結果、人・農地プランや地域営農ビジョンが実効性をもつためには、話し合いの持ち方が重要であることが判明した。その解決のためには部会を牽引していくコア・メンバーの育成が必要である。
3.農地中間管理機構の役割
○農地中間管理機構は不動産屋ではない
地域の農地を誰が管理するのかから考えてみる。
本来は耕作する農家が管理するのであるが、使われていない農地を誰が管理するのか。本来は国が世話しなければならないのではないか。しかしながら、国が管理するという話は現実的なものとは言えない。
集落営農・農業法人の設立時や基盤整備事業の際にも必ず同様の話は出てくるものの、自分の所有する農地への拘りが強く農地の集積・集約が進まない。しかし、農業者の減少は確実であり、大量リタイアのリスクは大きい。農地中間管理機構は農業の生産性を高めるために、意欲と能力のある担い手に農地の集積・集約を図ることを目的とした国の制度である。従来の農地流動化の施策は農地の斡旋が中心であったが、農地中間管理機構の方式では農地集積がある程度進んだ段階で農地の転貸による集約が可能になる。
JA秋田ふるさとで農地中間管理機構の業務を行っているが、その内容は斡旋が中心であり、まだ不動産業に近い状態にある。農地をすべて農地中間管理機構に預けもらい、再配分することができれば農地の集約が大きく進むのではないかと考えている。今後は、農地の集積・集約を進めるために、さらに踏み込んで農地のデベロッパーに進化していかなければならない。そのためには農業委員会や土地改良区などとの連携を強めることが不可欠であり、農家の意識を変えていくことに努めなければならない。
4.既成概念を取り払う
○流通販売の現状と課題の認識
現在の米卸や青果市場はもはや物流センターであり価格形成に対する影響力は弱くなってきており、JAは単に集荷・分荷しているだけであると言っても過言ではない。
現在の農産物流通制度は、生産量が不足していた時期に形成されており、足りないものを均等に流通させることを目的としている。そのため、現在では価格形成の機能が無くなってきている。価格は小売りが決めているので、共販は現在の商流の中で価格形成の影響力も弱くなっている。その中で農協は、量販店の棚と産地をマッチングさせるところから始める必要がある。
商流の見直しは、所有権移転をどこで行うか、いかに取引コストがかからないように仕組みを作り、農家の販売代理店の役割を誰が担うのかについて考えていかなければならない。価格変動リスクを誰かが流通の中でコントロール、ヘッジする必要がある。委託販売はそのリスクをすべて農家に押し付けているのではないか、再び考えなければならない。
需要に応じた生産という言葉が出てきて久しいが、国内需要が縮小していく環境下で需要に見合った生産を行うことは、生産が縮小に向かっていくことになってしまう。一方で産地には安定供給が求められている。安定供給のためには需要が供給を上回っていなければならない。余った農産物をどうするのかが、生産振興するうえで解決すべき重要な課題であり皆で考えていかなくてはならない
農産物が余らないようにする仕組みも流通の中で検討していかなければならない。消費地から遠く生産者が点在している産地において、野菜の安定供給技術の開発とインフラの整備が秋田県の大きな課題であり、冷蔵・冷凍施設がある物流拠点を県内3か所程度つくる必要がある。
また、農産物の消費量は年々減ってきているが、すべての品目にわたって家庭消費は減少し、外食・中食の占める割合が増えてきている。産地は需要をどこに見るのか、自分たちは何をターゲットにしていくのかという意味のマーケティングが重要である。
加工用は規格とロットが重要であるため、産地でないと対応は難しい。
5.農協が担う役割
○農家の持つ多様性を認めるところから始まる
これまでは、JAが主導した産地づくりは、皆が同一であることが重要だった。共同販売は農産物のブランドを形成する役割があり、加工用などの多様化する販売チャネルへの対応にも必要であることから否定はしないが、若い農業後継者が馴染みにくい方式でもある。今までのJAのやり方はあまりにも囲い込み的ではないか、自主自立を妨げる行動をJAはとってきたのではないか、今一度考える必要がある。JAが地域を守る農家をどう育てるのかという時に、対象はJA利用者とは限らない。
今必要なことは生産部会での生産技術向上を目指すことではないか。
○秋田県は稲作専業農家が育ちにくくなっているので、育てていかなくてはいけない。
稲作は一人当たりの耕作できる面積はいくらなるのかわからない。様々な条件によって経営規模の限界が左右される。園芸や果樹はほぼ決まっている。
全国的にみると、様々な品目において主産地ほど経営体の転換が進まない傾向がある。
秋田県は他産地に比べると大規模生産者の割合が少なく、稲作専業農家や法人の育成が大きな課題である。
また、稲作を選択している理由が、米は楽だからやっているという感覚の持ち主が少なくない。地域農業発展のカギは稲作農業をどうするかであり、稲作農業の発展のためにはそういった感覚を無くし、大変かもしれないが稲作で生計を立てていくという強い気持ちを持った農家の育成が必要と考える。
一方、もう一つ農地利用の課題は果樹である。果樹(リンゴ)は50a/1人で、手作業が多く、1人当たりの面積を簡単には増やせない現状にあり、水田と異なり担い手の協働が不可欠である。生食だけにこだわっていては、規模拡大は難しい。今後は前述の通り、需要を捉えた生産振興が必要となってきている。
すべての品目において1人当たりの生産量を増やすために必要なことは発想の転換とイノベーションを起こす役割を農協が果たしていかなければならない。
○農業者本来の姿を追求する
JA秋田ふるさとでは、農家は技術者、その集合体である農協はメーカーという位置づけをしている。
平成30年に大幅に販売数量を増やすことができたのは、販売力によるものでなくメーカーとしての技術力に対しての評価と考えている。
あきたエコらいすをアレンジしたふるさとecoライスは、従前から取り組んできた安心安全システムと併せて産地の取り組み姿勢が数値でわかるため、評判が良い。米価が60㎏当たり8,500円の時に取り組んでもらったので組合員から理解を求めることに労力は要したが実需者からの評価の良い取り組みであった。
産地と店の棚を結びつけるために、播種前契約については10年ほど前から取り組んできた。現在は制度別から種類別の共同計算に変更し概算金制度の運用についても見直しを行った。今後は買取販売の手法も含め契約栽培について検討を行う。
以上の取り組みをさらに進めるために、「農家に失敗させない・不安にさせない営農指導」を営農指導の指針としている。
稲作の場合、長年続いた生産調整政策のもとで農業者が持つべき倫理観や行動規範が薄らいできているように感じられる。本来は適正な作型を追求し、安定した収量と品質を追い求めなければならない。しかし、現実には経営面積が大きくなれば反収が低くても当然というような考えが定着してしまっており、粗放栽培に近いような圃場も散見される。しかしながら安定した農業経営の実現のためには規模の大小にかかわらず、失われつつある米作りの本来の姿を追求することが重要と考える。そのため、営農指導において、以下の3点を重要視している。
(1)量・品質の確保のためには、必要な資材は必ず使う。投入量を減らして収量や品質が低下しては意味がない。
(2)農業機械の操作技術ではなく、適期を逃さず作業をする技術を身につけなければならない。「適期」は観察能力の問題であり農業者にとって重要な能力である。
(3)JA秋田ふるさとでは経営が上手くいかない農家に対して経営支援を行っている。その経営再建支援対象者には共通することがある。その対象者について失敗した原因を分析すると「言い訳」「乱雑」「無駄なことをする」等々の共通した特徴が見受けられる。その特徴について、チェックリストを作成し対応策を講じてきたが、それは考えてみるとGAPの裏返しであった。GAPの重要性や今後の営農指導における必要性についてはすでに議論されているが、JA秋田ふるさとでは、GAPの認証をとることでなく、GAPを行うことを目的に行動規範の作成を検討している。
6. むすびに
○病気を克服するために必要なこと
どんな組織でも必ず解決していかなければならない課題を抱えている。それは組織が生きているからである。その課題は他から指摘されるものもあれば、自ら気が付くものもある。組織が良くなるためには、それを認め解決しようとする気持ちが必要であるが、往々にして課題から目を背けたり、認めたがらないこともよくあることである。
そこで、農業の抱える諸課題=病気と考えてみる。
病気や体の異常について、自覚症状があるか、健康診断で見つかるか、家族や周囲の人たちから指摘される。そのうえで、自らが抱える病気を自覚し、治癒する気持ちを持ち、医師の診断を受け治療を受ける。
病気を自覚することから逃げてしまえば、治らない。また、自覚したとしても治癒する気持ちを持たない限りは病気を克服することは困難である。
他者から指摘されたものであったとしても、課題から決して目を背けたりして農業が良くなることはない。農家および農協自身がしっかりした現状認識と課題設定をすることが何よりも重要であろう。
また、何かやる前から言い訳がましいことを言って挑戦をあきらめる気質も大きな問題であろう。いつの時代においてもチャレンジは必要である。大潟村の「タマネギ」はたいへんだろうけど頑張って欲しい。秋田県の稲作が「花開いた」のは、あきたこまちが登場してからである。
かつて秋田県は全国の中でも低収量の産地であったが、それを克服してきた。その後も品質評価の低い産地であったが、努力を重ね、あきたこまちを誕生により今日の主産地としての地位を築いてきた。長い間の挑戦の結果である。
これからも、研究会の活動を通じて農家の意識が前向きになるように、あらためてチャレンジする気持ちを持って、地域農業振興に取り組んでいきたい。