杉山大志著『「脱炭素」は嘘だらけ』

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その35

杉山大志著『「脱炭素」は嘘だらけ』令和3年6月22日、産経新聞出版、1,540円
著者の杉山大志(すぎやまたいし)氏の略歴は、次の通り。
「キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。東京大学理学部物理学科卒、同大学院物理工学修士。電力中央研究所、国際応用システム解析研究所などを経て現職。IPCC(気候変動に関する政府間バネル)、産業構造審議会、省エネルギー基準部会、NEDO技術委員等のメンバーを務める。産経新聞「正論」欄執筆メンバー。著書に『地球温暖化問題の論考-コロナ禍後の合理的な対策のあり方』『地球温暖化のファクトフルネス』『地球温暖化問題の探究-リスクを見極め、イノベーションで解決する』(以上、アマゾン[amazon.co.jp]他で電子版及びペーパーバックを販売中)。」(奥付より)
チンパンジーは、この本の著者が農業会にとっては応援真逆のキャノングローバル戦略研究所の主幹であることに強い抵抗を持っているが、先輩から読めと渡されたので読んでみた。
以前紹介した、渡辺正著『「地球温暖化」狂騒曲一社会を壊す空騒ぎ』(2020年2月第5刷、丸善出版)と同じく、データに基づき地球温暖化に疑問を突き付ける科学者の一人であった。渡辺さんも東大出身の科学者であったが、今回の著者も東大出身の科学者である。NHKの温暖化・脱炭素特集番組を見るにつけ、脱炭素・地球温暖化の真実はどうなっているのかと思ってしまう。世の中は脱炭素にシフトし、先月は新世紀JA研究会でも「みどり戦略セミナー」を開催したばかりだというのに。コロナ禍で浮き彫りになった同調圧力と相互監視の状況に似ていると感じるのはチンパンジーだけだろうか。
例によって、チンパンジーがここは面白いと感じたところを抜粋しておきます。
「いま必要なことは、過去30年の知見の蓄積を科学的に(政治的にではなく)踏まえて、「物語」を修正する試みである。すると、新しい「物語」はこうなるだろう。
①地球温暖化はゆっくりとしか起きていない。
②温暖化の理由の一部はCO2だが、その程度も温暖化の本当の理由も分かっていない。
③過去、温暖化による被害はほとんど生じなかった。
④今後についても、さしたる危険は迫っていない。
⑤温暖化対策としては、技術開発を軸として、排出削減は安価な範囲に留めることが適切だ。
科学者は科学を貫いて、時には一身を賭して権威・権力と対決しなければならないことがある。それが長い目で見て人類の繁栄をもたらした。ガリレオもダーウィンも然り。御用学者として既存の「物語」を疑わずにぶら下がり、安逸をむさぽるのは科学に対する犯罪である。」(序章 グリーンバブルは崩壊する、P30~31)
「共産党政府には、彼らの中国での活動を監視し、コントロールする権限があり、環境運動が政府への批判や民主化運動に転じることを阻止している。
環境運動家は、中国が「地球を救うという大義」を掲げさえすれば、南シナ海での中国の侵略や本土での人権侵害に目をつむってしまっている。諸外国から非難を浴び続けている中国にとって、環境運動家が好意的であり賞賛を惜しまないことは、貴重な外交的得占稼ぎになっている。
つまり、環境運動家は、共産党の応援団となっており、その危険性から注意をそらすのに役立ってしまっている。だからこそ、中国は欧米の環境運動家を喜んで受け入れている。
レーニンはかつて「共産主義者ではないのに、本人も毎自覚の内にコントロールされて共産主義者の役に立ってしまう者」のことを「使える愚か者」と言った。日本でも中国の環境対策をやたらと持ち上げる報道が多いが、いままさに、環境運動家は中国共産党の「使える愚か者」になっている。」(第1章 「CO2ゼロ」は中国の超限戦だ、P53)
「温暖化対策というと、世界全体が心を一つにして、地球環境を守りましょう-という綺麗ごとがよく言われる。
だがあいにく、現実の世界はそのようなものではない。人権や民主主義などの普遍的価値を自由諸国と共有しない中国は、権威主義的な諸国の支持を集めて国際的な影響力を高めている。
以前、太平洋の島嶼国が「水没の危機」にあるという報道をよく見かけた。
だが最近では、ほとんど聞かなくなった。なぜか。間違いだったことが分かったからだ。こうなると、メディアは謝罪も訂正もせず、単にだんまりを決め込んで他の話題を流すのがお決まりのパターンである。
水没が懸念されていたのは海抜が数メートルしかないサンゴ礁の島々だった。だがサンゴは動物であり、海面が上昇するとその分速やかに成長するので、水没はしない。航空写真で計測しても、島々の面積が減っていないことは10年も前に判明している。
現実に太平洋の島嶼に襲いかかったのは、温暖化ではなく中国の外交攻勢だった。
2019年、ソロモン諸島とキリバスが相次いで台湾と断交し、中国と国交を樹立した。中国は近年、10年間で2000億円に上る潤沢な援助、インフラ整備、資源開発、農産物・海産物の輸入、中国人観光などの経済関係をテコに、太平洋島嶼国との関係を深め、政治力を高めてきた。
また防衛省の報告にもあるが、中国はフィジー、パプアニューギニアといった地域の大国と友好関係にあり、この両国は一帯一路構想に沿った経済協力を深めている。
さらに、最近になって、中国がキリバスにおいて国際貿易港を建設するという引画が持ち上がった。キリバスの首都タラワ島は海抜が僅か3メートルしかないが、そこに土地を造成して建設する模様だ。技術的には南沙諸島に人工島を造ったものと同じ技術でできると見られる。
港は民生用とされているが、やがて軍事用に転用される危険を孕む。現に、南沙諸島における人工島も、民生用と言い続けていたが、今では軍事用になっている。
キリバスは太平洋戦争における日米の激戦地であり、軍事上の要衝でもある。そこに中国海軍が現れる日が近いとなると、心穏やかになれない。」(第1章 「CO2ゼロ」は中国の超限戦だ、P60~61)
「CO2をゼロにするという急進的な環境運動は今や宗教となり、リベラルのアジェンダに加わった。それは人種差別撤廃、貧困撲滅、LGBT・マイノリティの擁護等に伍して、新たなポリティカル・コレクトネスになった。
CO2ゼロに少しでも疑義を挟むと、温暖化「否定論者」というレッテルを貼られ、激しく攻撃される。この否定論者(ディナィアー)という単語は、ホロコースト否定論者を想起させるため、英語圏では極悪人の響きがある。
日本のNHK、英国のBBC、ドイツの公共放送、米国のCNNやABC等の世界の主要メディア、そしてGAFA(グーグル、アマゾン、フェィスブック、アップル)などの大手IT企業もこの環境運動の手に落ちた。彼らは不都合な観測データを隠蔽し、不確かなシミユレーションを確実な将来であるがごとく報道し、単なる自然災害を温暖化のせいだと意図的に誤解させてきた。異論は封殺し、急進的な環境運動を支持するよう諸国民を洗脳した。
彼らの手段は宗教的な映像と物語だ。テレビではおどろおどろしい災害の映像が次々に流れる。そして「洪水も山火事も台風も温暖化のせいで激甚化した、地球環境はすでに壊れている、世紀末には大災厄が訪れる、気候危機だ」と恐怖を煽る。だが彼らはこの物語に合わない災害の統計を悉く無視する。これはもはや科学とは一切関係のない宗教になっている。
温暖化物語はさらに続き、「規制や税でCO2を削減すべきで、大きな政府と国連への権力委譲が必要だ」とする。これもリベラルの世界観にぴったりだ。国際環境NGOらは資本主義を嫌い、自由諸国の企業や政府に強烈な圧力をかける。その一方で、国家権力による経済統制を好み、中国政府の温暖化対策を礼賛し、中国企業は攻撃の標的にしない。
もし本気でCO2を減らしたいならば、自由な経済活動によって科学技術全般のイノベーションを促すことが絶対不可欠だが、彼らはそれを否定し、生活を統制し耐乏生活を強いることを望む。
中世の宗教が近代になって滅び、代わって共産主義が台頭したが崩壊した。だが巨大な権威と一体化し、そこで権力を振るい社会を計画し管理したいという願望は潰えず、環境運動がその後を継いだ。環境運動はCO2ゼロという最も急進的な形でリベラルのアジェンダに加わったことで、政治的な成功を収めた。今はその絶頂にある。」(第4章 気候危機はリベラルのプロパガンダ、P198~199)