「始まっている未来-新しい経済学は可能か」宇沢弘文・内橋克人著、2009年10月14日、岩波書店

始まっている未来

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その36

お二人の対談集であり、最後に梶井先生の司会による対談も収録されている。宇沢先生が、一定の条件を具えた専業農家に1戸当たり年間100万円程度を出す定額支給の給付金制度を考えていたことを初めて知った。

宇沢先生は2014年9月18日86歳、内橋先生は2021年9月1日89歳、梶井先生は2019年7月2日93歳でお三方とも逝去されている。梶井先生、内橋先生と相次いで良心的支柱を失い愕然としたものだ。今や新自由主義に異を唱え、正論を主張されている先生方は森島先生、鈴木先生他少なくなってきた。

お二人の略歴を奥付から引用しておきます。

「宇沢弘文:「1928年烏取県に生まれる。1951年東京大学理学部数学科卒業。専攻は経済学。現在、日本学士院会員、東京大学名誉教授。1997年文化勲章受章、2009年地球環境問題の解決に向けて貢献した個人や団体に贈られる「ブループラネット賞」を受賞。『自動車の社会的費用』『社会的共通資本』『地球温暖化を考える』『日本の教育を考える』『ケインズ「一般理論」を読む」など著書多数

内橋克人:1932年神戸市に生まれる。1957年神戸商科大学卒業。神戸新聞記者を経て,1967年から経済評論家。2006年宮沢賢治・イーハトープ賞、2009年NHK放送文化賞受賞。『内橋克人同時代への発言』(全8巻)『共生の大地-新しい経済がはじまる』『規制緩和という悪夢』(共著)『悪夢のサイクル-ネオリベラリズム循環』『共生経済が始まる-世界恐慌を生き抜く道』など著書多数。」

例によって、チンパンジーが注目したところを抜粋しておきます。

「水や大気、教育とか医療、また公共的な交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場と自由貿易を追求していく。社会的共通資本の考え方を根本から否定するものです。パックス・アメリカーナの根源にある考え方だといってもいいと思います。市場原理主義(Market Fundamentalism)は、この新自由主義の考えを極限にまで推し進めて、儲けるために、法を犯さない限り、何をやってもいい。法律や制度を「改革」して、儲ける機会を拡げる。そして、パソクス・アメリカーナを守るためには武力の行使も辞さない。場合によっては、水素爆弾を使うことすら考えてもいい。ベトナム戦争、イラク侵略などの例が示す通りです。」(第1回 市場原理主義というゴスペル、18頁)

「構造改革に名を借りた、一種のマフィア=私的なコネクションがつくられ、さらに次なる知人を呼び集めていく。「私的」と称しながら、それらの機関がいつの間にか「公的」な強い力を発揮し始める。いずれも時限爆弾のように社会に仕組まれ、いまや次つぎと爆発の時期を迎えています。彼らに共通して観測されるのが、1960年代後半からの時代、アメリカのビジネス・スクール、あるいは大学に留学して、まさにフリードマンの“フリー・トレイド・フェイス”(自由市場信仰)の洗礼を受けた人々であったということです。留学先でのテキスト・ブックを教典とし、帰国後、それを下敷きに経済学の入門書のようなものを書いてベストセラーをものにした人もいます。とりわけフリードマンがノーベル経済学賞を受けた1976年、翌七七年からテレビ番組「選択の自由」が全米に放送された時代、さらに1981年からのレーガノミクスの時代ですね。日本経団連は安倍政権の「美しい国・・・」にはやばやと呼応して、「希望の国、日本」という大判の冊子を出しましたが、その「序」の言葉で、会長の御手洗冨士夫氏は自ら「私は、1966年から89年までを米国で過ごした」といい、レーガン、ブッシュ両大統領を口を極めて絶賛しています。政治、経済、社会のあり方にとどまらず、 ひろく文化、ジャーナリズムの領域にまで、同様の“フリードマニズム”はひろく、深く浸透していったと思います。そうした人々の間には奇矯な同志意識が感じられますね。」(第2回日本の危機はなぜこうも深いのか、47~48頁)

「ある種の作為を持って審議会や規制改革会議をつくり、気に入った人々を集め、情報公開もないまま、異議を唱える者には守旧派だ、官僚の味方をするのかと糾弾する。規制緩和の日本における進め方は世界に類を見ないものであり、「失われた20年」として歴史的に総括されるべき、と思います。」(第2回日本の危機はなぜこうも深いのか、52頁)

「内橋 今回、いろいろ問題になっている派遣にしても、労働の規制緩和は八代尚宏・現国際基督教大学教授らが中心になって進めてきている。現実社会でいま起きていること、自身が主張してきた論理、両者の関係について何ひとつ省みることなく、同じ主張をメディアでくり広げている。経団連などからすれば、これほど頼りになる代弁者もいないでしょう。

宇沢 戦後、有沢広巳先生とか東畑精一先生が審議会の会長になられたけれども、それは戦後の非常に混乱した時代だった。その後は官僚なり政権政党が自分に都合のいい人を選ぶという、これほど国民を愚弄した政策決定のプロセスはない。特に最近になって、完全に官僚が隠れ蓑として都合よく利用している。」(第2回日本の危機はなぜこうも深いのか、53頁)

「宇沢 いまの経済学は、これまでのケインズとも違うし、あるいはマルクス経済学とも違う。経済学の原点を忘れて、その時々の権力に迎合するような考え方を使っていて、その根本にあるのが、やはり市場原理主義というか、儲けることを人生最大の目的にして、倫理的、社会的、あるいは文化的な、人間的な側面は無視してもいいという考え方がフリードマン以来大きな流れになっている。」(第4回新しい経済学の息吹、98頁)

「内橋 農村の崩壊というのは社会の共同体の崩壊と同じ歩調で進行していく。これまでは、何とか共同体を支える努力が辛うじてなされてきました。しかしため池を退治するなどといわれると、それは日本農業だけでなく社会全体にとって歴史の逆行です。進歩や前進などとは到底いえません。

梶井 それを典型的に示すのは、耕地の利用率低下です。1950年頃は全国平均で150%くらいでしたが、今は100%を切っています。飯沼さんはこう強調しています。日本の農法の本来的な発展方向は東南アジア全体と同じように集約的な方向であるのに、旧農業基本法以降は欧州の乾地農法をまねして、労働生産性の追求一本槍になってしまった、これがそもそもの間違いだ、というのです。

内橋 大規模化追求一本槍で進んでいるわけですね。

梶井 いまもそればかり追いかけています。本来の日本の土地に合った形の生産力の発展方法は追求していません。

宇沢 晩年の東畑先生は、旧農基法づくりの責任は調査会の会長だった私にある、ところがその後、旧農基法のもたらした害毒によって日本の農業は崩壊しつつある、先を読めなかった自分は農政学者として失格だ、といわれました。

梶井 私も聞きました。「自分は今後、農政について口は出さない」ともいわれました。地価のことを一番の問題にされていました。

宇沢 東畑先生は当初、飛行機で種をまくような米国式の大規模農業を導入しようと考えた。それに対する深刻な反省の弁に私は共感を覚えました。そのころ私は、近代化の幻想は自然と人間を破壊しつつある、それは農村で顕著だ、これでは日本国家の存続は難しいと考えていました。私がここでいう国家は統治形態ではなく、自然と、そこに住み、生活している人々の総体をとらえたNationです。アダム・スミスは経済学の原点である『国富論』の中で、くり返しこの言葉を使っています。

梶井 宇沢さんは一定の人口を農村に定着させる提案をされましたが、具体的にはどういう内容ですか。現実には山村の集落がなくなりつつあります。

宇沢 文化功労者には年金が出ます。山村の定住者には農山村文化功労者年金ともいうべきものを支給すればよい。 一定の条件を具えた専業農家に1戸当たり年間100万円程度を出す制度です。ウルグアイ・ラウンドで米価補助金が問題になっていたから、それを年金に回して財源とすることを考えました。支給対象は約60万戸、予算総額6,000億円というのが当時の試算で、予算は米価補助金と同程度でした。相談したら大蔵省はOKだったので技術会議で提案しましたが、農林官僚は反対でまったく議題にしてくれませんでした。

梶井 山村に住んで地域を守っている、そのことに価値があるという考え方ですね。」(補論1社会的共通資本としての農の営み、132~133頁)

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