鈴木宣弘著『協同組合と農業経済-共生システムの経済理論-』2022年1月20日、一般財団法人東京大学出版会、4,400円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その48

鈴木宣弘著『協同組合と農業経済-共生システムの経済理論-』2022年1月20日、一般財団法人東京大学出版会、4,400円

新世紀JA研究会のホームページで「キリンのささやき」として投稿いただいている鈴木教授が出版したばかりの著書です。

宇沢弘文の社会的共通資本、金子勝のコモンズに通ずる「共」を鈴木教授が計量経済モデルに取り込み、実証研究を重ねてきた成果が満載です。農業と農業協同組合を理論的に支援し、応援する本になっています。計量経済が好きな方は、付録で各種の行動モデルが展開されているので御覧下さい。

鈴木教授の略歴は、次の通り。

「著者略歴

1958年三重県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻教授。1982年東京大学農学部農業経済学科卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。 1998~2010年(夏季)コーネル大学客員教授を兼務。2006~2014年学術会議連携会員、食科・農業・農村政策審譲会委員(会長代理、企画部会長、畜産部会長、農業共済部会長)。財務省関税・外国為替等審議会委貝、経済産業省産業構造審議会委員、JC総研所長、国際学会誌Agribusiness編集委員長を歴任。2021年からNPO法人[農の未来ネット]理事長も兼務。

主要業績

『農業消滅一農政の失敗がまねく国家存亡の危機』平凡社新書、2021年。『貧困緩和の処方箋一開発経済学の再考』筑波書房、2021年。『農業経済学第5版』共著、岩波書店、2020年。『食の戦争一米国の罠に落ちる日本』文春新書、2013年。『寡占的フードシステムへの計量的接近』農林統計協会、2002年。New Empirical Industrial Organization and the Food System, co-edited by H. M. Kaiser, Peter Lang Publishing, Inc., 2006。」(奥付より)

いつものように、チンパンジーが注目した個所を引用しておきます。少し長くなりますが、興味を持たれた方は是非とも本冊をお買い求めの上お読みください。

「現在.我が国では,いまだに.貿易自由化を含む規制撤廃が経済政策の方向性の主流を形成しており,その主張はシカゴ学派に代表される市場原理主義経済学の「すべての規制の撤廃か経済利益を最大化する」という命題に立脚している.「私・公一共」のフレームで述べると,それは,「公」と[共]をなくし,「私」だけにするのかベストということになる.

忘れてはならないことは,「すべての規制の撤廃か経済利益を最大化する」という結論は,誰も価格への影響力をもたないという「完全競争」の仮定で成立しているということである.しかし,現実の市場には,市場支配力(価格を操作する力)をもつ主体が存在する「不完全競争」が蔓延しており,近年,不完全競争の度合いは一層高まっている.

価格を操作できる企業は,労鯒や原材料を買い叩き,製品価格を吊り上げて販売して利益を増やすことかできる.また.その資金力で,政治一行政・メディア・研究者などを動かして,規制緩和・貧困緩和の名目で,自身の利益を一層増やせる制度変更を進めようとする(レッド・シーキッグ)ため,「オトモダチ」への便宜供与と国家の私物化か起こる.

こうして,「公」と「共」を岩盤規制や既得権益だと批判して.「私」が「公」を「私物化」し,「共」を弱体化し,さらなる富の集中,格差が増幅されるのは現在の経済システムか持つ「必然」的メカニズムともいえる.これが,「規制改革」[自由貿易]の本質である.農地,種,海,山を既存の農林漁家から奪ってオトモダチ企業の利益の源にしていこうとする一連の法改定,また,農協の共販・共同購入を弱体化する農協法改定や畜安法(畜産経営の安定に関する法律)改定などは,こうしたメカニズムの結果だと考えるとよく理解できる.

不完全競争によって市場成果が歪められるのは,公共経済学でいう「市場の失敗」の典型であり,政府が全体の利益でなく特定分野の利益に資する政策を行ってしまうのは[政府の失敗]の典型である.それにもかかわらず.シカゴ学派経済学は,「利他性も結局は利己的動機で説明できる」,「不完全競争は一時的な現象で考慮の必要はない」という基本姿勢を変えていない.現実を説明するのが理論なのに,現実を歪めて無理やり「理論」に押し込めようとするのは本末転倒である.人間行動を利己的動機に矮小化し,現実と乖離した「完全競争」の仮定の下で,単純化された利潤最大化問題の解として導かれる規制緩和,自由貿易万能論は,社会に対する正しい処方箋なのだろうか.

このことを検証するためには,lつには,[完全競争]という架空の仮定を,現実の不完全競争を前提にした分析体系に変更する必要かあった.しかし.「理論的」といわれる既存の寡占モデルのどれも,現実の不完全競争を説明できない.現実と乖離した「理論的」モデルをいくら精緻化しても,現実的な処方箋は導けない.そこで,我々は.現実を説明できる不完全競争モデルの構築に取り組み,研究成果を積み上げてきた.

もう1つ,従来の経済分析体系に「私」と「公」は紐み込まれていたが,利他的行動原理をもつ協同組合などの[共]の機能は明示的に組み込まれていなかったので,これをどう解決するかという問題があった.

我々は長年.農業協同組合に着目して,農家から販売委託された農産物を売上高が最大になるように各市場に販売し,その売上げを平等に再配分するという「二重構造寡占」モデルによって,「共」の組み込みに成功した.

さらに.売手(協同組合)と買手(メーカーや小売)の双方がある程度の市場支配力をもち,双方の取引交渉力のバランスで現実の取引が成立しているという「双方寡占モデル」を構築することにも成功した.」(序章 P2~3)

「なぜ日本政府は,ここまでしてアメリカの特定企業への便宜供与を続けるのだろうか.それは,TPP合意において日米問で交わされたサイドレターにも示されている,これに関する国会質問(20166年12月9日I)で,「TPPが破棄されたのだからサイドレターも破棄されるのか」という問いに対して,岸田外務大臣(当時)は「サイドレターに書いてある内容は日本が「自主的に」決めたことの確認であって,だから「自主的に」実施して行く」と答えた.

日本政府が「自主的に」と言ったときには,「アメリカの言うとおりに」と意味を置き換えると意味がわかる.つまり.今後もTPPがあろうがなかろうが,日本政府はアメリカの要求に応え続けるということだ.サイドレターには規制改革について「外国投資家その他利害関係者から意見及び提言を求める」とし,「日本国政府は規制改革会議の提言に従って必要な措置をとる」とまで晝かれている,その後の規制改革甚進会議による提言は,種子関連の政策を含め,このサイドレターの合意を反映しているということである.

アメリカに従順に従う日本は,グローバル種子企業のラスト・リゾートになりかねない.日本が民問活力の最大限の活用をと旗を振って,民営化と企業参入を推し進めているうちに,気が付いたらグローバル企業に国を乗っ取られているかもしれない.」(第5章 民間優先のための種子をめぐる法改定、P53~54)

「以上のように,既往研究における他の作物と比較しても,コメ市場では小売が産地に対して圧倒的に強い収引交渉力をもつと推察される.さらにこのとき,農協共販が存在しない場合に比べて.現状の農協共販の存在は経済厚生の回復においてその意義があること,コメ市場において農協共販を促進し,小売に対する産地の収引交渉力をある程度まで強化することにより,生産者の農業所得が上昇するとともに消費者余剰も増加し,社会全体の経済厚生の損失を抑える可能性があることが実証され,農協共販制度を強化する必要性が示されたのである.

一方,メーカーVS流通・小売業者との価格交渉力のパワー・バランスは,我々の研究では,ほぽ互角に近い推計結果が多く得られ,パワー・バランスが拮抗している現実が実証されている点も興味深い(表7→6).」(第7章 理論モデルの構築と実証分析、P87)

「筆者らは,これまで経済モデルに組み込まれていなかった「共」の存在を明示的に組み込む方法に,特に,農業協同組合を対象として取り組み,新たなモデル開発と実証成果を生み出してきた.その結果,協同組合による共販がなかった場合に比べると,寡占的な「私」(小売)の利益追求で歪められた市場を,「共」(農協)の力で改善している事実を数値で示すことができた.たとえば,コメについては生産者米価と小売米価の差を60 kg当たり約3,000円も縮めている可能性がある.こうした検証を様々な品目に広げていけば,より広範な農協共販の効果が明らかになっていくだろう.

ただし,現状は,協同組合の拮抗力は「私」の寡占力に押されており,たとえば,コメ市場では.そのパワー・バランスがほぼ1対9と.圧倒的に「私」が市場支配力を有しており,協同組合による共販の一層の強化が,生産者と消費者と流通業界を含む社会全体の経済的利益の増加につながることが示された.筆者らのモデルは,たとえば,パワー・バランスが3対7になれば,生産者価格がどれだけ上がり,消費者価格はどれだけ下がり,小売マージンは減るが,社会全体としてどれだけの利益が増えるかが推計できる.

つまり,独占禁止法の適用除外を解除すべきという指摘は,「私」の市場支配力をさらに商めて,生産者のみならず消賞者と社会全体にも不利益をもたらすことになる誤った政策であることがわかる.逆に,「私」への拮抗力としての協同組合を強化することや,小売の優越的地位の濫川が行われていないかどうかを検証する必要性の方が高いのである.」(第7章 理論モデルの構築と実証分析、P87~88)

「しかし.PPP(コメ担保融資制度(Paddy Pledging Program),引用者注挿入)の我々の検証から,市場原理主義経済学の「常識」が覆されることか判明した.再掲すると,

①政府の政策は市場を歪めるので、市場歪曲を改善する唯一の処方箋は規制緩和である.
 →寡占市場では政策によって市場歪曲を緩和できる場合がある.

②農業政策は農家の利益を高めるが,消費者は損失を被る.
 →寡占市場では農業政策によって消費者の利益も増える場合がある.

③社会的余剰は政府の政策がない場合に最大化される.
 →寡占市場では政策コストが低ければ政策により社会的余剰が増える場合がある

したがって,途上国の農家収奪や貧困問題を解決する本当に有効な処方箋は,自由貿易でも規制撤廃でもなく.市場の不完全競争構造の改善,すなわち農産物の[買手寡占]と生産資材の「売手寡占」の改善にもっと焦点を当てることである.買手寡占と売手寡占の実態を数値で可視化した我々の一連の研究は,協同組合の強化や損失補填政策の根拠としてはもとより,グローバル企業に対する競争政策(独占禁止政策)の強化の根拠としても,もっと活用されることが期待される.」(第10章 買手寡占・売手寡占の実証分祈、P130~131)

「理論は実証によって検証される.「規制緩和を徹底すれば.貧困は緩和する」という「理論」は,現実がそうなっていないことによって,その「理論」そのもの,ないし,その「理論」が成立する前提条件の妥当性を疑わざるを得ない.

経済学者の一部は,自分がテキストで学んだ「理論」が実態に合わないと,無理やり実態をねじ曲げて,非現実的な仮定で「理論」に押し込もうとする傾向がある,そもそも,理論は実態を説明するために形成されたものだから,現場の実態に合う理論を再構築する必要があるのに,自分か教え込まれた固定観念を「教義」のように信奉する「(開発)経済学」は,現場の状況を改善するのでなく.むしろ悪化させる危険がある.こうした思考回路に陥らず,頭をほぐすことが肝要である.

途上国の独占や寡占を取るに足らない事象とし,あるいは,独占であっても潜在的競争にさらされているとして巨大企業の市場支配力を放置し,相互扶助のルールや組織の必要性を否定する市場原理主義経済学は,一部の人々には都合がよい「理論」である.途上国農村における貧困緩和の処方箋についても,生産者に対する農産物の買い叩きと生産資材価格のつり上げの問題をないがしろにし,規制緩和の徹底を繰り返す「(開発)経済学」は,本当に途上国農村の貧困緩和をめざしているのかが問われる.誰のための支援なのか,政策なのか,そこに隠された意図を見逃さないようにしないといけない.経済学が極めて「政治的」な学問であることを認識せざるを得ない.

規制緩和が正当化できるのは,市場のブレイヤーが市場支配力を持たない場合であることを忘れてはならない.一方のマーケットパワーが強い市場では,規制緩和は,一一方の利益を一層不当に高める形で市場をさらに歪め,経済厚生を悪化させる可能性があり,理論的にも正当化されない.我々の実証研究からも,買手のマーケットパワーに対するカウンターベイリング・パワーとなる政策や組織が機能すれば,生産者(売手)の価格が向上できるのみならず,買手のレントの縮小は消費者価格の低下につながることが示されている.つまり,逆に言えば,そうした政策や組織を規制緩和として撤廃することは.生産者のみならず.消費者も含めた社会全体の経済厚生の悪化につなかってしまうのである.

農産物の買手と生産資材の売手の市場支配力が強い市場での規制緩和は,競争条件の対等化でなく.一層不当な競争に農家をさらし,日本の農山漁村の持続的発展にも,途上国農村の貧困緩和に逆行することは確かであり,競争市場を前提とした規制緩和万能論はまやかしである.すなわち.アメリカなどがIMF(国際通貨基金)や世界銀行の融資条件〔conditionality)として,貧困緩和を名目にして,アメリカや特定の多国新企業の利益のために,関税撤廃や国内政策の廃止に加えて農民組織の解体まで強いてきた処方箋から,真に途上国の国民のための貧困緩和の処方箋を抜本的に見直すことが不可欠である.

我々の一連の研究は,「公」と「共」をなくして「私」だけにすればよい,あるいは,「公」を取り込んで「私」が「今だけ,金だけ,自分だけ」を追求するのを正当化する市場原理主義経済学の理論的間違いを明確にし,誤った前提を改め,蔓延する不完全競争の存在をモデルに現実的な形で組み込み,かつ,「共」の役割・効果を明示的に組み込むことで,公共政策の意義,協同組合の意義を,数値で可視化し,本来のあるべき問題解決の方向性・処方箋を提示してきた.この試みか.経済学の活用を改善することに多少なりとも貢献したとすれば幸いである.

しかし,実際問題として,こうした経済学的研究成果(買い叩きなどの「証拠」)が(グローバル)企業に対する競争政策(独占禁止政策)の強化の根拠として法律論の世界で活用されることは,特に日本では極めて少ない.経済学的「証拠」を法律解釈に活用していく働きかけも不可欠である.そのためにも,ともに研究してきた後輩たちが,さらに研究を理論的かつ実践的な而でも深化してくれることに期待したい.

その場合の大きな課題の1つは.セカンド・ベスト解は何かということである,取引交渉力のパワー・バランスを推定し,[公]や「共」が機能して,買手に偏ったパワー・バランスを是正することで,社会全体の経済厚生が向上できる可能性は示せたが,誰も価格への影響力はないという「完全競争」が実在しない中で,拮抗力(カウンターベイリング・パワー)の形成によって到達しうる,ある意味.セカンド・ペストの妥当な水準というのはどのように定義できるのか.単純に, 0.5対0.5のパワー・バランスというのでは根拠が不十分である.この点についても,さらなる理論的,実証的な研究展開が待たれる.」(終章 P147~149)

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