トマ・ピケテイ著 山形浩生・守岡桜・森本正史訳『21世紀の資本』2014年12月8日、みすず書房、6,050円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その49

トマ・ピケテイ著 山形浩生・守岡桜・森本正史訳『21世紀の資本』2014年12月8日、みすず書房、6,050円
フランス人の経済学者の著書に接するのは、学生時代以来40年ぶりだろうか。マンデルの現代マルクス経済学をフランス語の読書会でかじったことがあった。
r>g (rは資本の収益率、gは経済成長率)が本書を通じて分析のKPIとなる。国民所得に対する資本の割合もあちこちで分析比率として出てくる。主要先進国を中心に、経済格差が拡大している状況を鮮明にあぶりだす。著者の提言は、資本課税であるが実現には、大変な困難があると思われるだけに、現実的な対抗手段は見つけにくいか。
著者略歴
「Thomas Piketty 1971年.クリシー(フランス)生まれ.パIJ経済学校経済学教授.社会科学高等研究院(EHESS)経済学教授.EHESSおよびロンドン経済学校【LSE】で博士号を取得後,マサチュ-セッツ工科大学(MIT)で教鞭を誚る.2000年からEHESS教授.2007年からパリ経済学校教授.多数の論文をthe Quarterly Journal of Economics ,the Journal of Political Economy, the American Economic Review, the Review of Economic Studiesに発表.著書も多数.経済発展と所得分配の相互作用について.主要な歴史的、理論的研究を成し遂げる.特に,国民所得に占めるトップ層のシェアの長期的動向についての近年の研究を先導している.」(奥付より)
いつものように、チンパンジーの備忘録として幾つか抜粋しておきます。
「根本的な不等式をr>gと書こう(rは資本の平均年間収益率で、利潤、配当、利子、賃料などの資本からの収入を、その資本の総価値で割ったものだ。gはその経済の成長率、つまり所得や産出の年間増加率だ)。これは本書できわめて重要な役割を果たす。ある意味で、この不等式が私の結論全体の論理を総括しているのだ。
資本収益率が経済の成長率を大幅に上回ると(19世紀まで歴史のほとんどの時期はそうだったし、21世紀もどうやらそうなりそうだ)、論理的にいって相続財産は産出や所得よりも急速に増える。相続財産を持つ人々は、資本からの所得のごく一部を貯蓄するだけで、その資本を経済全体より急進に増やせる。こうした条件下では、柑続財産が生涯の労働で得た富より圧倒的に大きなものとなるし、資本の集積はきわめて高い水準に達する-潜在的には、それは現代の民主社会にとって基本となる能力主義的な価値観や社会正義の原理とは相容れない水準に達しかねない。」(はじめに、P28~29)
「第一に、歴史的な低成長レジームへの回帰、特にゼロあるいはマイナスの人口増加は、論理的に資本の復活をもたらす。低成長社会が非常に大きな資木ストックを再構築するという傾向はβ=s/gの法則で表され、これをまとめるなら、停滞社会では過去に蓄積された富が、自然とかなりの重要性を持つということだ。
ヨーロッパでは現在、資本/所得比率は、すでに国民所得およそ5-6年分に上昇しており、これは18世紀、19世紀紀、第一次世界大戦直前まで観測されていた水準にほぼ等しい。
世界的に見ると、資木/所得比率が21世紀中にこの水準に達する、または超過することも十分に可能だ。貯蓄率が現在およそ10パーセントで、成長率が超長期的に約1・5パーセントで安定した場合、世界的資本ストックは、必然的に所得6、7年分に増加する。そして成長率が1パーセントに下落した場合、資木ストックは所得10年分にまで増加しかねない。
国民所得や世界の所得における資本シェアは、a = r×βで求められる。経験的に見て、資本/所得比率は上がると予想されても、それで資木収益率が大幅に低下するとはかぎらない。超長期で見ると資本の使い道はいろいろある。この事実は資本による労働の長期代替弾力性が、おそらく1より大きいことに注意すればわかる。したがって最も可能性が高いのは、収益率の減少が資本/所得比率の増加より小さく、資本シェアが増加するという結果だ。資本/所得比率7-8年分、資木収益率4-5パーセントでは、世界の所得に占める資本シェアは30パーセント、あるいは40パーセントに達する叮能性がある。これは18世紀、19世紀の水準に近く、もっと上昇しかねない。
先述の通り、超長期で見ると、技術の変化が資木よりも人間の労働にわずかに有利に働く可能性があり、そうなれば資本収益率と資本シェアは低下する。だがこの長期的効果の規模には限界があり、逆方向に向かう他の力にかき消されてしまう可能性がある。そうした力としては、ますます洗練された金融仲介システムの構築や、資本をめぐる国際競争などが考えられる。」(第6卓21世紀における資本と労働の分配、P242)
「同様に、もしも米国(あるいはフランス)が、良質な専門教育と高等教育機会への投資を増やし、もっと幅広い層がアク七スできるようにしていたら、下層から中間層の賃金を増やし、賃金と全所得におけるトップ十分位のシェアを減らす最も効果的な方法になっていたはずだ。他に比べ賃金格差が小さいスカンジナビア諸国でのあらゆる証拠を見ると、賃金格差の小ささは主に教育システムが比較的平等で包括的であるおかげが大きいようだ。教育投資の資金をどう捻出するか、特に高等教育投資の資金をどうするかという問題は、どの国でも21世紀の重要な課題となっている。残念ながら、米国とフランスの教育費用とアクセスの問題に取り組むためのデータは、とてもかぎられている。両国とも社会モビリティの発展に、学校と職業訓練が果たす中心的役割を非常に重視しているが、教育問題と能力主義に関する理論的考察はしばしば現実から乖離している。特に多くの研究は、有名校の多くが特権的社会背景を持つ学生を好む傾向にあるという事実を無視しがちなのだ。これについては第13章で再び論じる。」(第9章労働所得の格差、P319)
「これまで、18世紀以来の富と所得の分配動学をめぐる歴史的知識の現状を示してきたし、この知識から今後の世紀のための教訓もいろいろ引き出そうとしてみた。
繰り返そう。本書が利用した情報源は、これまでの著者の誰がまとめたものよりもずっと包括的だが、それでも不完全だし不十分だ。私の結論はすべて、本質的に仮のものであり、疑問視して論争されるべきものだ。社会科学研究の目的は、各種の意見がすべて代表された、オープンな民主論争に取って代わるような数学的確実性を作り出すことではない。
資本主義の中心的な矛盾―r>g
本研究の総合的な結論は、民間財産に基づく市場経済は、放置するなら、強力な収斂の力を持っているということだ。これは特に知識と技能の拡散と関連したものだ。でも一方で、格差拡大の強力な力もそこにはある。これは民主主義社会や、それが根ざす社令正義の価値観を脅かしかねない。
不安定化をもたらす主要な力は、民間資本収益率rが所得と産出の成長率gを長期にわたって大幅に上回り得るという事実と関係がある。
できるのは先をゆく経済に追いつこうとしている国だけだ
不等式r>gは、過去に蓄積された富が産出や賃金より急成長するということだ。この不等式は根木的な論理矛盾を示している。事業者はどうしても不労所得生活者になってしまいがちで、労働以外の何も持たない人々に対してますます支配的な存在となる。いったん生まれた資本は、産出が増えるよりも急速に再生産する。過去が未来を食い尽くすのだ。
これが長期的な富の分配動学にもたらす結果は、潜在的にかなり恐ろしいものだ。特に資本収益率が、当初の資木規模に直接比例して増えるということまで考慮するとその懸念は高まる。そして、この富の分配の格差拡大は世界的な規模で起こっているのだ。
この問題は巨大だし、単純な解決策はない。もちろん教育、知識、非公害技術などに投資することで成長を促進はできる。でもこのどれも、成艮を年率4-5パーセントに引き上げたりはしない。歴史的に見て、そんな勢いで成長できるのは先をゆく経済に追いつこうとしている国だけだ-たとえば第二次肚界大戦後30年間のヨーロッパや、現在の中国など新興国だ。世界の技術最前線にいる国にとって-そしてつまりはいずれ全世界にとって-どんな経済政策を採用しようとも、成艮率が長期的には1-1.5パーセントを超えないだろうと考えるべき理由はたくさんある。
平均資木収益率4-5パーセントだと、21世紀にはまたもやr>gが普通になる可能性が高い。第一次世界大戦前夜までは、それが歴史を通じてずっと普通だったのだ。20世紀になって、過去をぬぐい去り資本収益率を人幅に引き下げ、資本主義の根本的な構造矛盾(r>g)が克服されたという幻想を作り出すには、二回の世界大戦が必要だった。
たしかに、資本所得に重税をかけて、民問資本収益を成長率より下げることはできる。でもこれを無差別かつ強硬に実施したら、蓄積の原動力を殺しかねず、成長率をさらに引き下げかねない。すると事業者たちは不労所得生活者になる暇がなくなる。もう事業者もいなくなってしまうからだ。
正しい解決策は資本に対する年次累進税だ。これにいより、果てしない不平等スパイラルを避けつつ、一次蓄積の釿しい機会を作る競争とインセンティブは保持される。](おわりに、P601~603)