窪田新之助著『農協の闇(くらやみ)講談社現代新書 2673、2022年8月20日、333頁、1,210円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その65

窪田新之助著『農協の闇(くらやみ)』講談社現代新書 2673、2022年8月20日、333頁、1,210円
新聞記者出身者の筆使いは、独特ですね。また、狙った獲物は絶対に外さないという執着心が人一倍強い気がする。
著者は、日本農業新聞で8年間記者として活躍し、2012年からフリーランスの農業ジャーナリスト。大手出版社に勤める似たような経歴の方を思い出しました。
前半は、共済推進のノルマについての取材記事が続きます。後半で、経済事業改革の参考になりそうな取材が執筆され参考になります。JAがホールディングカンパニーになるというところは、思わずうなりました。
著者が記者を辞める契機は、次の通りらしい。
「私が価格カルテルの疑惑を報じた後、JAの関係者が圧力をかけて、続報を握りつぶしにきた。とくに強硬だったのは、当時、地元「JA紀南」(和歌山県田辺市)の組合長を務めていた中家徹氏(現「JA全中」会長)だ。第一報を載せた直後、私の携帯に電話をかけてきて、「続報は出すな」と牽制してきた。無視して続報を記事にすると、私では埒が明かないと思ったのか、今度は会社に圧力をかけてきた。
「日本農業新聞」は、全国各地のJAが営業活動をしている。県内のJAに対して指導的役割を果たし、広報活動もする「JA和歌山中央会」の副会長でもあった中家氏は、その立場を使って、同紙の営業をやめることをほのめかしてきたのだ。そして、実際にそれを強行した。
中家氏は、組合員である農家の利益に反する行為に目をつぶり、さらにそれを明らかにする報道を握りつぶそうとした。そして、その人物が、やがて「JAグループ和歌山」のトップを経て、JAグループを統率する「全国農業協同組合中央会(JA全中)」の会長にのし上がっていく。しかも、彼は、在任期間中の2020年に、役員の定年をそれまでの[70歳未満]から「70歳以下」に変更させ、当時70歳だった中家氏はぎりぎりのところで二期目の続投を果たした。これにより、2023年まで会長職を務めることになっている。
農家や組合員への裏切りが常態化しているだけでなく、そうした行為を黙認して、あまつさえ圧力をかけるような人物がグループのトップに居座り続けるJAとは、いかなる組織なのか。この巨大組織は、どのような不都合な真実を隠しているのか。協同組合という仮面を外した素顔は、どのようなものなのか。こうした間いが、本書を執筆するに至った動機である。」(はじめに、P6~9)
例によって、チンパンジーがなるほどと思ったところを引用しておきます。
「不祥事第三者委員会は、こうした営業について次のように断罪している。
「生命共済も建物更生共済も、本来は長期契約であることから考えるならば、これだけ短い期間で解約されているということは、それらの多くが、本来、契約者にとって不要な契約であったということが窺われる」
「顧客本位の共済契約の促進が行われていたとは言い難い」
当然の帰結として、同報告書は、職貝による不祥事の再発を防止するには「ノルマの見直し」が急務と指摘している。
「現行のノルマを現実的な数値にするように見直すとともに、本来業務の妨げにならないようなシステムに再構築することが必要であると考えられる。
職員にとって、JAという職場自体がつらいものになってJAを愛する気持ちが低下すると、不祥事を起こす可能性は高まる。また、そのような職員の心持ちは、新規採用にも影響して、優秀な人材の確保が難しくなるという悪循環をもたらす」
この指摘も、JAの職員を長年取材してきた者として、まったく同感というほかない。過大なノルマをなくさない限り、不祥事はなくならず、人材は集まらないのだ。」(第1章 不正販売と自爆営業、P131)
「加えて合併の呼び水になりそうなのが、地銀の再編を支援する「特別当座預金制度」が、地域のJAにも適用されることだ。日銀は2020年11月、経営統合する地銀を対象に、日銀に預ける当座預金に年0.1%の金利を上乗せすることを発表。2021年3月から申し込みを受け付けている。
そして、この制度は、地銀だけでなくJAの合併も対象としている。ただし、この制度の適用を受けるには、2023年3月末までに合併を決定しなくてはならない。経営状況が悪化しているJAにとっては、どうせいずれ合併するなら、ぜひ欲しい支援だろう。」(第2章 金融依存の弊害、P188)
「関連して、國廣氏は監査という「外の目」を用いて、不正の予防や発見をすることが効果的であると説く。
現実的なリスク管理という観点からは、不正をしても発覚する、不正をやりたくてもできないという「仕組み」を整備することのほうが合理的だ。
日本企業は、リスク管理や監査といった間接部門に経営資源を出し惜しみしてきた。このことが、現在の状況を生み出した大きな要因になっている。今後は、持続的成長のためにはリスク管理が不可欠という現実を認識し、この分野にヒト・モノ・カネを十分に投入していかなければならない。」(第四章JAはなぜ変われないのか、P290)
「同JAでは、民間の損害保険を2016年8月から同JAの子会社である「株式会社コープたけふ]で、2017年1月からは同JAの店舗でも扱い始めた。さらに2019年6月からは、生命保険の販売も同JAで手がけている。そして2021年度には、これらの保険の代理店としての収入が7500万円に及んだ。同JAにいるLAの人数は27人で、「LAの年収のおよそ半分を保険の収入でまかなえている」。
こう話すのは、同JAの冨田隆組合長だ。2010年から組合長として同JAを引っ張ってきた冨田氏は、さらに次のように主張する。
「全国的なJAの共済事業の落ち込みは、損保と生保を扱うことで埋めれる」」(第4章JAはなぜ変われないのか、P299~300)
「こうした状況の変化を受け、JA越前たけふが悩みぬいて出した結論こそが、「組合員の満足度を高めるための選択肢の拡大」である。そのために、「損害保険ジャパン株式会社」と「SOMPOひまわり生命保険株式会社」(いずれも東京都新宿区)の代理店となった。冨田組合長は、「買い物をしていても品揃えが少ないと寂しいのと同じで、共済と保険を比較しながら、いずれかを選択してもらえるようにしたかった」と振り返る。
では、JAの共済商品と民間の保険商品の両方を扱うようになったことで、収入はどう変化したか。保険商品の収入が新たに発生し、しかもそれが毎年伸びているのは、先述のとおりだ。
さらに、そのせいで共済商品の売り上げが落ちたかといえば、そんなことはないという。これは、共済商品だけを扱っていたときには取りこぼしがあったと見ることができる。冨田組合長は、「選択肢をつくることで利用者の満足度が高まり、全体の底上げにつながっている」と強調する。(第4章JAはなぜ変われないのか、P305~306)
「では、JA伊豆の国では、どのようにして、直接販売事業を拡大しようとしているのか。答えはデータを活用した取り引きの促進にある。
「産地の信頼は、正確な情報を取引先に渡せるかどうかにかかっている。このツールを使えばそれができると思った」。蜂屋部長がこう評価するのは、ECサイト「Tsunagu Pro(ツナグ・プロ)」である。農業資材の販売を手掛けてきた「株式会社Tsunagu」が、2021年7月から開始したサービスだ。
農産物の直接取り引きを促すECサイトの多くは、売り手として農家を、買い手として個人や飲食店など小口の事業者を対象にしている。一方、Tsunagu Proでは、売り手としてJA、買い手として青果卸や量販店、学校給食事業者など大口の事業者を対象としているのが大きな違いだ。(第4章JAはなぜ変われないのか、P311)
「JA伊豆の国でも、生産部会を通じて、作付けの実績やその後の生育状況などの情報を収集し、時期ごとの収穫量を予測。そのデータをTsunagu Proで取引先に公開して、買い手を募集する方法に変えた。つまり、Tsunagu Proを使うのはJA伊豆の国で、農家にはデジタル対応の負担をかけないようにしたのである。」(第4章JAはなぜ変われないのか、P312)
「経済事業の赤字を金融事業で補填するという甘えを捨てたJAとしてもう一つ、先述のJA越前たけふがある。同JAが思い切っているのは、経済事業を切り離し株式会社化したことだ。すでにJAの量販店「Aコープ」の事業は別の子会社に譲渡済み。続いて2024年度をめどに、経済事業のなかでも穀物の集荷や乾燥、選別、貯蔵をするカントリーエレベーターや水稲の育苗施設の運営、農作業の受託などの農業関連事業を、すべて子会社の「株式会社越前たけふファーム」に譲渡する。JA本体には管理業務と金融事業だけを残して、ホールディングス(持ち株会社)化する予定だという。」(第4章JAはなぜ変われないのか、P316~317)
「経済事業のなかでも卸売市場や量販店に農畜産物を販売したり、農家に農業資材を供給したりする事業については、2013年度に別の子会社である株式会社コープ武生に譲波済み。初年度から黒字化を達成している。
全国のJAで、ホールディングス化するのはJA越前たけふがおそらく初めてだ。同JAの独立採算で各事業を自立させながら連携するという新しい仕組みは、全国の注目を集めている。」(第4章JAはなぜ変われないのか、P321)