気持ちはわかるが意味のない努力(コモディティの価格形成)小田嶋 契

20年ほど前、全中から要請等をふまえて全農が、「価格形成のあり方」研究会を立ち上げ検討したことがありました。そこでは、集められた有識者、経験者によって、卵、牛乳、豆など農産物の取引・価格形成も参考にして3カ月間ぐらい議論されたと聞いております。
コモディティの価格形成においては 需給(作付け、作柄、在庫)はもちろんですが、市場の競争度合い、プレイヤーの数、支配力=シェアが影響してきます。コモディティの価格のリスクヘッジには先物取引が有効ですが、先物取引が有効に機能するための前提は、「自由な市場」であることが、基本です(サミュエルソンの経済学=自由貿易、資本主義説)。
自由な市場とは、「生産調整がなく、自由貿易」が前提になりますので、JAグループとしては決して譲れないというスタンスを取ったそうです。
その後の米政策改革議論においても、JAグループが強く要請したことにより、現行の米政策・制度の下では、「需要に応じた生産」が基本ですが、作付けガイドラインが国から都道府県に示され、その下、配分は地域再生協議会他に委ねており、強制ではないものの交付金とリンクする形で縛りとなり、結果、統制的な側面を持つことになりました。
つまり、JAグループは、米政策改革議論後も、米の市場は「自由な市場」ではないとの認識は変わらなかったと思料されます。
米の先行きが不安視されているなか、全中が系統以外の生産者にも米の需給調整に協力を呼びかける気持ちもわかりますが、意味のある努力になるでしょうか。
必要なのは、現実の米市場が「自由な市場」であるのか、もしくはそのあるべき姿が「自由な市場」なのか、JAグループ以外の意見を交えながら議論することだと思います。