平成経済衰退の本質

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その23
金子 勝著、 2019年4月、岩波新書(新赤版)1769、902円
最近出版される本は、どうしても現政権の批判につながる。ここまで批判が続くと、現政権の良いところを列挙する本がもしあれば、読みたくなる(笑)。
金子氏の略歴は次の通り。
「1952年東京都生まれ、経済学者、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、東京大学社会科学研究所助手、法政大学経済学部教授、慶鷹義塾大学経済学部教授などを経て、現在、立教大学経済学研究科特任教授。専門-財政学,地方財政論,制度経済学、著書-『市場と制度の政治経済学』(東京大学出版会)『新・反グローバリズム』『原発は火力より高い』『逆システム学』(共著)『日本病長期衰退のダイナミクス』(共著)『悩みいろいろ』(以上、岩波書店)『長期停滞』『閉塞経済』『経済大転換』(以上、ちくま新書)『資本主義の克服』(集英社新書)『負けない人たち』(自由国民社)ほか」(奥付より)
いつものように、ポイントを抜粋しておきます。
「日米半導体協定以降、政府が先端産業について本格的な産業政策をとることがタブーとなり、「規制緩和」を掲げる「市場原理主義」が採用され、すべては市場任せという「不作為の無責任(責任逃れ)」に終始するようになった。価格を通じた市場メカニズムが一定の調整機能を持つことは確かだが、市場メカニズムに任せれば、新しい産業が生まれるなどという根拠のないイデオロギー的な言説がふりまかれた。すべては市場任せで決まるというイデオロギーは、産業戦略を持てない経営者や監督官庁が責任を免れるのに極めて都合良い。実際、構造改革特区も国家戦略特区も、画期的な新しい産業を生み出したという話は聞いたことがない。それどころか、「規制緩和」 は利益政治の道具となってきた。その行き着いた先が加計学園の獣医学部新設問題だったのである。こうしたプロセスをたどってIT革命に乗り遅れて電機産業が国際競争力を失っていった。
つぎに、2010年3月東日本大震災によって福島第一原発事故が引き起こされた。にもかかわらず、1990年代の不良債権処理の時と同様に、その責任を回避することに執心して、原発の再稼働と原発輸出に突っ込んでいった。それが重電機産業の経営を困難に陥れている。」(第1章 資本主義は変質した、P22~23)
「戦争責任を暖味にしていった過程で、こうした「無責任体制」はイデオロギー的に補強されてきた。それは、前述した新自由主義のイデオロギーに加えて、安倍晋三政権の誕生とともに公然たる「歴史修正主義」となってますます強まっていった。
修正するのは歴史的事実だけではない。いまや官庁が公然と政権に都合のよいように公文書や政府統計を改窟するようになっている。森友学園への国有地売却の大幅値引き問題や加計学園の獣医学部新設問題において、安倍昭恵夫人や加計孝太郎加計学園理事長をはじめ重要人物の国会証人喚間は拒否され、ついに財務省は公文書を改窟し、国土交通省(国交省)は写真データをごまかした疑いが出ている。加計学園の獣医学部新設問題では、文部科学省(文科省)が文書を隠し、内閣府の国家戦略特区ワーキンググループが議事録を改窟した。厚労省は「働き方改革ー法案の基礎となる裁量労働制に関する調査データを恣意的に作り、賃金統計では2018年1月にサンプリングを一部変更して賃金上昇率が上がったように見せかけ、毎月勤労統計も不適切処理を行っていたことが露呈した。GDP算定基準の改訂に関しても水増し疑惑が出ている。法務省は失跨した外国人労働者の調査では誤ったデータを国会に提出した。これではいくらひどい腐敗や政策の失敗が生じても、公文書や政府統計を改鼠してしまえば、責任を間われないですんでしまう。そして、それが新たな誤りを生んでいく。まるで大本営発表と同じである。
官庁だけではない。かつて生真面目さで物作りを支えてきた民間企業でも、東芝の不正会計が露呈して経営危機に陥り、三菱自動車、旭化成建材、東洋ゴム工業、神戸製鋼、日産自動車、スバル、三菱マテリアルの子会社二社、三菱アルミ、三菱電機子会社、東レ子会社、KYB、クポタ、IHIなどで検査データなどの改鼠が次々と起きている。官も民も改窟が当たり前の社会になった。
政治家は不正疑惑があっても、誰も罰せられなくなった。森友問題や加計問題だけではない。甘利明は大臣室で現金を授受して経済再生担当大臣を辞任したが、不起訴。小測優子は地元後援会の政治資金規正法違反で経済産業大臣を辞任したが、ドリルでハードディスクを破壊して不起訴となった。その後、政治資金規正法や公職選挙法違反が疑われる数多くの閣僚が次々と出ても、謝罪ですむようになった。戦後70年を過ぎて、戦後日本の「与えられた民主主義」の底の浅さが露呈してきている。」(第1章 資本主義は変質した、P40~42)
「「新自由主義」イデオロギーをバックにしたグローバリズムが、周回遅れで日本経済の 「改革」のイデオロギーとして前面に出てきたのである。バブルとバブルの崩壊で行き詰まったのは、日本の「護送船団方式」に原因があると見なされ、「グローバリゼーション」に乗って規制緩和でこうした仕組みを壊せば、日本経済は再生できると主張された。そして本格的な不良債権処理策はとうとう採用されずに終わった。
実は「新自由主義」が、「無責任の体系」と親和性を持っていたのである。すべては市場原理が決めるという論理は、何もしない 「不作為の無責任」を正当化してくれる。失敗しても、それはあくまでも市場(という自動調整メカニズム)の働きの結果であり、自己責任ですまされる。責任を問われるべき経営者や監督官庁にとって、これほど都合のよい政策イデオロギーはなかった。そして、周回遅れの「新自由主義」は取り返しのつかない格差社会を産み落としてしまった。政策の結果、格差が拡大して貧困に陥っても、それも自己責任なのである。」(第3章 転換に失敗する日本、P94~95)
「安倍政権のポピュリズム(衆愚政治)は、内政では失敗の検証を受けないように次々と政策スローガンを並べ立て、国内で不正疑惑や法案の欠陥を追及されるたびに、外交でも次々と失敗を検証されないように「外遊」を繰り返して“やっている感”を見せかける手法を用いている。しかも、外交も成果がほとんどなく、失敗を重ねている。」(第3章 転換に失敗する日本、P135~136)
「行政府の官僚制も、公安警察出身の杉田官房副長官が局長を務める内閣人事局が600名あまりの官僚の人事権を握ったために、官僚は政権への忖度を行うようになった。それは公文書改竄にまで及んでいる。森友問題では、佐川宣寿理財局長(当時)は公文書改窺に深く関わっていると疑われており、しかも近畿財務局職員の自殺まで引き起こしながら国税庁長官に昇進し、責任を問われることなく退職金を得た。国交省の提出した写真データは地中の深さが異なるとの指摘がなされている。加計問題では文科省が文書を隠し、内閣府の国家戦略特区ワーキンググループの議事録改鼠が起きている。働き方改革関連法では、厚労省は裁量労働制の調査データを窓意的に作り、賃金統計も政権に都合が良いようにサンプリングを変えた。そして毎月勤労統計でも不適切処理が行われていたことが発覚している。入管難民法改正案に際しては、法務省によって外国人技能実習生の失綜者調査のデータが作り変えられている。日銀から内閣府にGDP統計について疑義が出されている。公正な行政という観点から言えば、官僚制は実質的に壊れてしまったと言える。もはや政府発表は大本営発表と変わらない。実際、公文書や統計データを改鼠することができれば、いくら政策が失敗してもごまかすことができるのである。
検察行政は、福島第一原発事故を引き起こした東京電力経営陣に始まり、大臣室で現金を授受したけ利明経済再生相(当時)をはじめ、不正・腐敗を行った政治家・経営者を次々と免罪していった。そして、閣僚による政治資金規正法違反、公選法違反は当たり前となり、一昔前には辞任に追い込まれたのに、今は謝罪会見と返済で終わりになる。これにつれて、法務省において検察と人事交流が行われて、裁判所にも忖度が波及するようになっている。
こうした状況の下では、大臣がいくら不正をしても「またか」、官庁が公文書やデータをごまかしても「またか」、まともに審議せずに国会で欠陥法案を強行採決しても「またか」になり、慣らされていく。それによって諦めとニヒリズムというマイナスの感情が引き出される。さらに、沖縄では辺野古新基地建設に反対する候補が知事選で勝とうが、衆議院選挙で反対派が勝とうが、県民投票で七割が反対しようが、安倍政権は沖縄県の民意を無視して、移設工事を強行する。投票も議会も事実上必要ないことに人々を慣らしていくプロセスが進められている。一つーつは 「小さな出来事」 のように見えて次があると思っているうちに、引き返せなくなっていくのである。」(第3章 転換に失敗する日本、P137~139)
「安倍政権の 「成長戦略」は、実際には情報通信やバイオ医療やエネルギー転換など新しく伸びている産業に向かわず、原発や大規模公共事業など後ろ向きの古い産業の救済ばかりにお金を注ぎ込むだけである。その背景には、安倍首相の「お友達」に資金をばらまく縁故資本主義(クローニーキャピタリズム)がある。縁故資本主義とはしばしば開発独裁国家に見られるように縁故者や仲間うちで固めて国家運営に当たり、国の事業に伴う権益をばらまく経済体制をさす。」(第5章 ポスト平成時代を切り拓くために、P199)
「地域の基盤産業である農林業も、食の安全と環境を守るという点では、もはや大規模専業をモデルとする「集中メインフレーム型」の時代は終わった。小規模零細の農業を基盤に安全な農業こそ先進的なものである。しかし、コストが高く、収入が上がらない。それを六次産業化とエネルギー兼業でカバーしていくのである。ここでもIoTやICTの情報通信技術でネットワークを構築することが不可欠になる。
こうして電力システム改革を突破口にして、持続可能な発展を実現するため、地域から逃げない資源や人間のニーズに基礎を置いた産業(エネルギー、食と農、福祉)において雇用を創出する。それを基礎にして、インフラ、建物、耐久消費財などでイノベーションを引き起こすのである。
① 食の「安全と安定」を高めるために、環境と安全の規格・基準を強化する。そのために農業は、消費者ニーズに応えつつ、地域単位で生産、流通、加工を結びつける「六次産業化」と、再エネを生み出す「エネルギー兼業」を軸に「儲かる農業」にしていく。そのために、表示・トレーサビリティ(追跡可能性)の構築を前提に、直売所のネットワーク化や産直の仕組みを整えていく。
② 貿易政策との関わりでは、長期的な農家経営の展望が持てるようにWTOルールに従って個別所得補償制度の充実をはかり、とくに中山間地には環境保全型農業を振興する。」(第5章 ポスト平成時代を切り拓くために、P204~205)