制度環境の変化と農協の未来像-自律への道を切り拓く-

チンパンジー

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その28

編著者 増田佳昭、昭和堂、2019年2月、2,200円

農業開発研修センター設立50周年記念の本であり、同センターに関わりのある研究者によって執筆されている。増田先生、石田先生はじめJAグループを暖かく、時に厳しく叱責していただいてきた先生方の久々の共著である。日本協同組合学会会長の重責を担う増田先生が編著者となっている。
先の農協法改正を受けて、研究者たちの思いが伝わってくる。石田先生の中央会制度についてのアドバイスは有難い。協同組合に対する独禁法適用除外の不当な動きについても、摂津先生が分析している。

編著者 増田佳昭 滋賀県立大学名誉教授、農業開発研修センター副会長、立命館大学招聴教授
執筆者 田代洋一 横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授、北川太一 福井県立大学経済学部教授、小池恒男 滋賀県立大学名誉教授、農業開発研修センター会長、津田 将(すすむ)農業開発研修センター理事・事務局長、青柳 斉(ひとし)元新潟大学農学部教授、小松康信 岡山大学大学院環境生命科学研究科教授、西井賢悟 一般社団法人日本協同組合連携機構主任研究員、仙田徹志(てつし) 京都大学学術情報メディアセンター准教授1、高田 理(おさむ) 神戸大学名誉教授、瀬津 孝(せつたかし) 農業開発研修センター常務理事・主席研究員、京都大学農学部食料・環境経済学科非常勤講師、石田正昭 重大学名誉教授、龍谷大学農学部教授

いつものように、ポイントを抜粋しておきます。

「制度的垂離の解消に向けた当面の努力としては、系統農協組織が協同組合運動の中で地域組合化への制度改革を継続的に模索していくとともに、それぞれの農協の「経営理念」において地域組合化の方向を掲げ、現行法に抵触しない限りで、「地域組合型総合農協」への自己改革を実質的に進めることであろう。その具体的取り組みの第一歩は、下記のような准組合員対策と考える。
第1に、既存の准組合員に対して、また、非農業者への組合加入時に農協の理念・目的を明確に提示し、営農活動重視の財務政策について理解と賛同を求める。
第2に、営農指導及び農業関連事業に対して事業収益ないし剰余金の一定割合の支出義務を定款等で明示する。併せて、信用・共済部門による農業関連部門等の損失補填の実態について、准組合員に対して情報開示と説明責任を果たす。
第3に、准組合員に対して一定の範囲内で理事・総代選出枠を設ける。
なお、制度改正を含めて本来の農協改革は、政府がプランを描き、その指示で実践するものではなく、協同組合理念ないし組織目的に賛同した組合員の意思に基づくべきである。その意味で、准組合員利用規制に関する政府の検討を目前にして、上記の准組合員対応を欠く疑似「地域組合」の現況からどれほど脱皮できるかが、「地嘉組合型総合農協」 の展望を決すると思われる。」(第5章 信用事業分離論と総合農協経営の展望(青柳斉)、P124~125)

「イコールフフッテイング要求を、「次は日本です」といわんばかりの姿勢で突きつけているのが、米国多国籍保険会社の期待を背負って前述の意見書を発出してきた在日米国商工会議所(ACCJ)である。
「外資系を含む保険会社と共済等が日本の法制下で平等な扱いを受けるようになるまで、共済等による新商品の発売や既存商品の改定、准組合員や非構成員を含めた不特定多数への販売、その他一切の保険事業に関する業務拡大および新市場への参入を禁止すべきである」という厳しい提言ではじまる、15年12月に出された意見書では、まず安倍政権が大規模な農協改革を実行したことを高く評価した上で、最終的には共済事業の優位性を改善する提案が盛り込まれなかったため、JA共済と保険会社(とくに、外資系保険会社)の平等な競争環境確立をめざして、「不特定多数に対する商品の提供」「共済連から単協に支払われる報酬への消費税免除」「生損保兼営」の三項目その撤廃または縮小を要望している。いずれもJAや共済事業の歴史的経緯やわが国の規範に照らし合わせれば問題ない事項である。しかし、協同組合そのものへの無理解と自国保険会社への利益誘導を大前提としているため、協同組合保険の存在意義と独自性を認めぬ姿勢にたち、金融庁監督下で対等な事業展開をすぺきであると主張している。
“郷に入ればわが郷に従わす”という姿勢で市場開放を迫る やっかいな外患そのものである。」(第6章 総合事業と共済事業のあり方(津田将・青柳斉)、P140~141)

「問題は、「組合の行為」の適用除外を受ける範囲である。これをめぐっては、大きく二つの対立する見解がある。
一つは、組合の行為を内部行為と外部行為に区別し、適用除外は内部行為(但書の場合を除く)に限定し、外部行為には直接独禁法が適用されるとする見解(「内部行為適用除外説」)である。組合の行為は、内部行為=組合員との関係(組合の結成、組合と組合員との取引などの内部的行為)と、外部行為=組合と取引相手との関係(外部関係)に区別でき、前者を適用除外の範囲とする見解である。
もうーつは、内部行為と外部行為に区別することは困難であり、組合の行為はすべて第22条の「組合の行為」に取り込み、適用除外とする見解である。立法時は後説に拠っていたが、その後、学説と事例の共に前説が解釈の主流とされており、運用上、多くの問題をはらんでおり、次項で検討したい。
「組合の行為」の適用除外をめぐるもうーつの大きな論点として、但書との関係がある。
但書前半は、不公正な取引方法を用いる場合は「組合の行為」から除外され、適用除外が解除される趣旨である。但書後半は、 一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引き上げることとなる場合にも適用除外が解除されるとし、この「不当に対価を引き上げることとなる場合」の解釈は、実際の引き上げは必要なく、そのような危険を持つようになる行為類型で足りるとされている。
この「組合の行為」と但書の関係については、コインの表裏のような議論がなされているとされている。競争の観点から弊害をもたらすような行為はもともと「組合の行為」ではないといった議論で、その延長線上で、「組合の行為」の範囲を限定する、あるいは狭く解釈する傾向にあるとされる。」(第11章 農協の独禁法にかかわる諸課題(瀬津孝)、P248)

「安倍政権がつくり上げたレトリックは、全国津々浦々の地域農協を支配しているのが全国中央会であり、その東縛、呪縛を解かないかぎり、農業者も、地域農協も自らが主役となって活動できないし、事業も展開できないというものである。
実際に、農水省のホームページ上でも全国中央会・都道府県中央会の改革については「会員農協による徹底した話し合いが大前提」という見出しのもと、「地域農協の自由な活動を適切にサポートするために」中央会改革を行うと説明している。
その理由として農水省が指摘するのは、①中央会制度は農協経営が困難な状況にあった昭和29年(1954)に導入された、行政に代わって農協の指導・監査を行う特別な制度、②かつて1万を超えていた地域農協も、中央会の指導の成果で約700に減少し、1県1JAも増加、③JAバンク法に基づき信用事業については、農林中金に指導権限が付与されている-などである。ここで強調されているのは「指導」という用語である。
一方、改革の方向については、都道府県中央会は「経営相談・監査、意見の代表、総合調整などを行う農協連合会に移行」、全国中央会は「意見の代表、総合調整などを行う一般社団法人に移行」と記述している。ここで「指導」に代わって強調されているのは「調整」という用語である。
では、指導と調整はどう違うのか。われわれの日常生活では強く意識しないけれども、旧農協法がいう「指導」とは、農協法によって「指導権限」が与えられたところの指導である。地域農協や連合会・連合組織が中央会から「こうしなさい」といわれたとき、その背後には行政が控えていて、その指示には逆らえないという意味を持っている。こうした強い指導権限を可能にしていた根拠は、中央会が「特別民間法人」(2002年4月までは「認可法人」)であったことによる。
今回の改正農協法で中央会はこの「特別民間法人」たる地位を失った。このため、中央会から「こうしないさい」といわれても、地域農協や連合会・連合組織はそれに従う必要がなくなる。一つの提案ないしは助言を受けたことになるだけである。何をどうするかの判断と責任は地域農協や連合会・連合組織が負う。その意味で中央会が行う指導は農協法に基づく「指導」ではなく、相互の意思疎通のうえに築かれる「調整」というべきものである。
いいかえれば、中央会は行政の代役を演じる必要がなくなったことを表しており、個人(市民)が草の根レベルから組織する協同組合の立場からすれば望ましい方向に修正されたといってよいであろう。」(第12章 中央会制度の改変と新たな展望(石田正昭、P258~259)

「地域と事業の枠を超えて連帯する農協の結集軸たる役割は全国中央会が果たしていかなければならない。というよりも全国中央会でしか果たしえない。この姿は従来と大きく変わるものではない。
では、指導権限を失った地域農協(以下JA)に対する新中央会の経営指導はどうあるべきなのか、この点を考えてみよう。現在、経営指導からJA支援へと呼称変更が進められているが、その場合に注意すべきことはJAの経営成長とともに新中央会に対するニーズが変わってくることである。その変化は急速なものかもしれない。新中央会にとって、その変化をいち早く捉え、的確に対応することが必要である。また、その変化の方向も一様ではないので、各JAの実情に応じたきめ細かな支援が必要となる。」(第12章 中央会制度の改変と新たな展望(石田正昭、P262)

「JAグループは「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」を自らの使命としているが、そのなかには、どのようにすればJAグループが公共圏における「未来の創造者」となれるのかという問いかけの部分が含まれていなければならない。たとえば、①地域のお年寄りたちの「困りごと」を、地域の私たちの「できること」にどのようにしてつないでいくのか、②「担い手経営体」「中核的担い手」「多様な担い手」に分化している農業経営ではあるが、これらをどのようにして有機的に結びつけ、地域農業をより深みのあるものにしていくのか、③大きな世代間隔絶(ジェネレーンョンギャップ)が存在するなかで、世代を超えた女性の新しいつながりをどのようにしてつくり出していくのか-などに心を配るようなJAグループであってほしい。事業を通じて個別的に対応するだけではない協同組合らしい新たな取り組みが必要なのである。
重要なことは「JA組織は何のためにあるのか」「JA組織は必要か」を絶えず問いつづけることにある。働き方、生き方が多様化する現代にあって、それぞれの多様性を認め合いながらも、再統合に向けた努力をつづけていくことで協同組合らしさが自然に惨みでてくるようにしたい。中央会がそのけん引役となることを期待する。」(第12章 中央会制度の改変と新たな展望(石田正昭、P270~271)

「政府が主導する「60年ぶりの農協改革」は的外れな改革という意味で評価できないが、 一点だけ評価するとすれば、それは中央会から特別民間法人たる資格を外したことである。産業組合法の成立以来、日本の協同組合法制は政府関与の度合いが強く、途上国型の性格を惨ませていたが、今回その一角が崩れたことで協同組合性を高める結果となった。先進国型に一歩近づいたといってよい。次に必要なことは、協同組合性をより高めるために、農林中央金庫から特別民間法人たる資格を外すことである。ただし、その場合に株式会社化の強制を許してはならないということは強調しておきたい。」(第12章 中央会制度の改変と新たな展望(石田正昭、P271)

「2014年の規制改革会議の提言は、准組合員問題といういわば「パンドラの箱」に手をかけたのであった。「パンドラの箱」を開けることを可能にした状況と、それを開けざるを得ないような状況が存在したということである。箱を開けることのできる状況すなわち准組合員問題を正面から取り上げることができるようになった理由の第1は、政府与党とりわけ政権とJAグループとの力関係の変化であろう。その背景には政権基盤の変化が存在する。小選挙区制のもとで国会議員候補者の選定権が官邸に集中した。また内閣人事局によって官僚人事に関わる権限も官邸に集中した。政策決定過程は、政治家、官僚、関連団体による調整的なものから官邸によるトップダウンシステムへと大きく変容した。そのため、政府与党もJAグループの農村票をあてにする必要がなくなった。このことは、今回の農協改革全般の政治的背景でもある。
 (中略)
逆に、箱を開けざるを得なかった理由は、別の所にある。2014年5月の規制改革会議農業ワーキンググループの意見書とほぼ同時に、在日米国商工会議所の保険委員会と銀行キャピタルマーケット委員会は連名で、農協の信用事業、共済事業を金融庁管轄に移行すべきとする意見書を発表した。その論拠は、わずかの出資金を出せばだれでも准組合員となれる農協の信用、共済事業は不特定多数を対象とした一般金融機関と何ら変わるものではないとの主張である。イコールフッティング論を振りかざして、准組合員制度を正面から問題にしたのは米国の金融機関だったのである。
JAを攻撃する人たちは正・准組合員数の逆転を問題視するが、准組合員の存在が正組合員の不利になるかというと、ほとんどのJAでそうした関係にはない。むしろ逆に、准組合員の金融事業利用による収益が営農経済事業の赤字を補てんし、営農指導員の人件費を支えているのが事実である。そのことについて、准組合員からの批判があるかといえばそうでもない。その意味で、准組合員の利用制限によってトクをするものは、農協の関係者にはほとんどいないのである。准組合員の利用制限を自らの経済的利害と関係させて主張するものは誰かを考えれば、利用制限論の主導的なパワーがどこにあるか想像できるというものである。
「准組合員の利用制限」は、いわば伝家の宝刀、抜かずの剣として、信用事業分離を迫るための脅しとして使われる可能性が高い。だが、上記のようなその推進パワーを考えれば、自国中心主義に傾斜し、各国に貿易摩擦を仕掛ける米国の意向次第では、利用制限がストレートに導入される可能性は排除できないだろう。そうさせないための対応が求められるのである。」(あとがきにかえて(増田佳昭)、P276~278)

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