両角和夫著『合併からネットワークへ-「農協改革」の課題-』2022年12月9日、農林統計出版、248頁3,080円

「チンパンジーの笑顔」雑読雑感 その86

両角和夫著『合併からネットワークへ-「農協改革」の課題-』2022年12月9日、農林統計出版、248頁3,080円
若いころ、三輪先生や著者の両角先生達と勉強会や研究会でお世話になったことを思い出しました。
2015年(平成27年)の農協法改正のいわゆる農協改革についてのリスク認識が少々物足りないと感じました。とくに、中央会制度の法改正については、政府の改正理由を紹介するにとどまっていて、正直がっかりしました。
しかし、本書が合併とネットワークに焦点が当てられており、とくに1県1農協の方にとっては参考になると思います。地域を管轄するセンターの重要性を主張しています。1県1農協も一応、それなりの部署は設置してあるのですがね。
著者の略歴を引用しておきます。
「1947年,北海道虻田郡倶知安町生まれ。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。1972年,農林水産省入省,経済局,農業改善局を経て1980年,農業総合研究所(現,農林水産政策研究所)に異動。1999年,東北大学大学院農学研究科教授, 2012年,東京農業大学教授(~2018年),2013年,公益財団法人日本農業研究所客員研究貝を兼務(~2020年)。この間,国立研究開発法人・科学技術振興機構の再生可能エネルギー・環境問題の関連プロジェクト研究に従事。現在,東北大学名誉教授。博士(農学)
主な著書 今村奈良臣と共著『農業保護の理念と現実一財政と金融の動きを読む』(食糧・農業問題全集15,農山漁村文化協会, 1989年),編著「日本農業の担い手問題と担い手対策」(農業総合研究所,後日「明日の農業を担うのは誰か」として日本経済評論社から出版, 1996年),『農協信用事業をめぐる二つの問題』(農政調査委員会,日本の農業191, 1997年),編著『農協問題の経済分析』(農業総合研究所,後日『農協再編と改革の課題』として家の光協会から出版, 1998年),矢部光保と共編著『コメのバイオ燃料化と地域振興-エネルギー・食判一環境問題-』(筑波書房,2010年),斎藤仁,大鎌邦雄と共編著『自治村落の基本構造-「自治村落論をめぐる座談会記録」(農林統計出版, 2015年)その他。』(著者紹介より)
幾つか抜粋しておきます。
「こうした実態を重大視し,前回の「農協改革」の時点で農協合併のあり方を批判していた三輪昌男(1989)は,従来型の農協合併=「法人合併」に代わって,事業や活動という機能の合併を提案していた。すなわち「機能合併」という新たな視点に立って,新たな農協の組織,事業体制のあり方を考える必要を訴えた。それが「ネットワーク型農協」であり,今日でも,こうした考え方は農協の新たなあり方を考える上で極めて示唆に富むと考えられる。
本書は,こうした三輪の議論を踏まえて,新たに発生した農業問題に対処するために必要な農協の組織,事業体制の大幅見直し,および「ネットワーク型農協」の考え方について発展的に検討することに目的がある。いってみれば,今回の「農協改革」で政府が示した改革の方向とは違う,もう一つの選択肢を示す試みでもある。本書で展開する議論は,未だ試論の域を出るものではない。しかし,農協の新たな発展方向を探る何らかの手がかりを提供できると考えている。」(はじめに、ⅱ頁)
「以上の分析,検討の結果を踏まえ,1県1農協の問題,課題について簡単なまとめを行っておきたい。
一つは,現にある1県1農協の設立過程や現状の課題をみることで特に大きな問題となっているのは,合併前の単協のもつ主体性,すなわち同じ県域にあっても自然,経済および社会条件の異なるそれぞれの地域の主体性,を如何に保証するかにあったと思われる。このため,いずれの場合も,地域本部制をおいて,そこにどのような決定権を与え,あるいは利益の配分を行うか等が検討され,実際にこうした組織を設置した後は,そのあり方をめぐって試行錯誤が繰り返されてきた。現在も地域本部制を採用しているのは,最近設立された2つの1県1農協(JAしまね,JA山口県)であり,他は農協の本部に機能が集中している。また,営農指導体制もほぼそうした経緯を辿っているとみられる。
二つは,現在のI県1農協のみると,依然として信用事業に大幅に依存している。しかし,上にみてきたように,近年では信用事業の収益力が大幅に低下している状況を考えると,1県l農協を設立したとしても,その経営が安定あるいは発展することを期待するのは難しいと思われる。したがって,l県1農協の設立によって経営の安定と今後の発展を考える場合でも,従来のように信用事業に大きく依存するのではなく,他の主要事業あるいは新規事業によって収益の割合を増やす必要があり,そのためにも現在の組織,事業体制の大幅見直しが不可欠である。
三つは,I県l農協の重要な課題は,新たな農業問題発生の下で,地域農業と地域社会の持続的発展に如何に寄与するか,である。しかし現状の1県1農協の組織,事業体制をみるかぎり,相変わらず,農協者の所得の最大化を最重要課題としている。しかも,これらの農協には,地域運営に必要な基本的な対処方針や戦略を中心的に担う部署,すなわち地域運営を担う本部が置かれていない。1県1農協を目指すのであれば,地域農業,社会の持続的発展に寄与する体制の構築についてはもっと真剣に検討すべきであろう。」(第4章 農協合併の推進とI県1農協のゆくえ、124~125頁)
「モンドラゴン協同組合は,この問,地域経済,社会の持続的発展に大きく貢献し,厳しい社会経済情勢の変化に対応してきたが,そこでは多くの協同組合等が参加する巨大な組織体全体の運営に必要な企画,調整などの業務を行うMCCサービスのような本部的な役割を果たす部署の存在が大きいと思われる。
それに対して,わが国のほとんど農協は,第2章で示したように実質的に地域運営の機能を担う専門部署はもっておらず,総合農協のもつポテンシャルを発揮するために必要な各種事業間の相互の協力・連携あるいは調整は不十分と思われる。こうした状況を踏まえると,新たな農業問題の発生に対処して,地域農業,社会の持続的発展に貢献できる農協の組織,事業および運営体制を構築するには,MCCサービスのような機能を果たす部署の設置を考える必要がある。
加えて,今後さらに広域合併が進み,県単位規模の農協が増えることが予想される。その場合,地域の作目構成や農村社会のあり方も多様であり,今後の地域農業,社会の運営においては,地域間あるいは事業間で調整を行う必要がある。このため,各種の事業あるいは各地域の農業や経済の実情に精通した者を,本部に集める必要があるが,MCCサービスの人事の仕組みは大いに参考になる。特に,農協管内が広域に及ぶ場合には,できるだけ各地の産地の取り組みを尊重しつつ産地間の競合を避ける等の調整が必要である。こうした事業間の調整も,複数の類似組合があるモンドラゴン協同組合ではすでに経験しており,そこに学ぶことができる。」(第5章「ネットワーク型農協」とモンドラゴン協同組合、154頁)
「熊本県と北海道の2つの事例について,ネットワーク組織の運営の実態をみると,重要なのは組織の運営を中心的に担う部署の存在であることが理解できる。こうした部署は,管内地域の農業あるいは農村の持続的発展に貢献する方策の策定に関わり,参加する農協に必要な情報を提供し,農協間の利害調整あるいは事業間の相互支援に関わる役割を果たしている。
まず熊本県の事例では,熊本県経済連に設置された青果物コントロールセンターが,出荷する市場の情報等を参加する農協に随時提供し,各農協が出荷する際の調整に関わり,有利な販売を可能にしている。また,北海道の事例では,地域農業の長期振興計画を,オホーツク農協連の農産および畜産関係の委員会および各農協の組合長会が共同で策定し,連合会の担当部課が本部事務局の役割を担っている。
ちなみに,こうした部署では,地域の抱える問題,課題を正確に把握する上で,各農協の役職員の経験や知識を動員する必要がある。熊本県の事例では,各農協の販売担当職員が毎週コントロールセンター集まって情報を共有し,販売戦略の決定に関与している。また,北海道の事例では,農業振興計画の策定においては,現場の実態に詳しい各農協の職員が積極的に関与している。」(おわりに、237頁)